伝承鬼神編

第208話 決行

Side:天道レイナ

  



 九州奪還作戦決行日の早朝。

 作戦本部が設置された広島県呉市の海上自衛軍基地から、大型魔導輸送機50機が飛び立った。


 一機辺り約百人が搭乗する輸送機には、全国から集められた精鋭の探索者約5000人が乗っている。

 そして50機の内2機だけ、他の輸送機より10分早く先行して飛行している。

 

 先行する2機の輸送機は、それぞれ福岡と北九州を目指して飛行中。

 

 その福岡を目指す機体の中で、私が精神を集中させていると、騒々しく声をかけてくる者がいた。


「よろしく頼むぜ! 天道……副代表? いや、今は作戦中だから隊長か? よろしくな! 天道隊長!」


 グレーの髪が獅子の鬣の様に逆立つこの男は、氷室 戦也せんや

 

 東北を拠点にする氷室兄弟の兄の方ね。


「どっちでも良いからさぁ兄貴、ちょっと静かにしてくんない? 恥ずかしいんだけど」


 氷室戦也をそう言って宥めるのが、弟の氷室和也。


 私が英雄杯で対戦した、あの生意気なガキよ。


「はぁ……弟君の言う通り、どっちでもいいわ。好きに呼んでいいから、静かにしてもらえるかしら?」


 作戦決行直前の会議でも、兄の戦也の方はうるさくて仕方がなかったわ。


「そうか! ならばボスと呼ばせてもらおう!」

 

「……」


 最初の隊長か副代表かって話はなんなのよ……

 

 それを聞いた弟の和也は、他人の振りを決め込んでいる。

 

 そうして元気の良い氷室戦也の相手をしていると、耳に装着している魔道具に通信が入った。


『こちら作戦本部より、本作戦の総指揮を務める海上自衛軍長官の瀬戸貴一だ。輸送機は間も無く目標地点に到着する。降下と共に、第一上陸作戦の開始とする』

 

「「「了解」」」


 瀬戸長官からの通信が入ると、現場に緊張が走る。


 流石の氷室戦也も大人しく――


「おお! スカイダイビングは初めてだな! ワクワクが止まらないぞ!」


――していなかった。


 まあいいわ……全員が緊張していてもあれだし、中には元気な人がいても良いのかもしれないわね。 


 

 そして瀬戸長官の通信から5分ほどで、再び通信が入った。


『こちら瀬戸、着用しているマジック・アイにカウントダウンを表示する。カウントがゼロになると同時に輸送機のハッチが開く、龍の絆を先頭に順次降下せよ。降下後は天道レイナを隊長とし、現場の指揮は彼女に委任する』


「「「了解!」」」


 瀬戸長官の通信の直後、軍から支給されたコンタクトレンズ型魔道具「マジック・アイ」にカウントダウンが表示される。


――00:00:59


 すごいわねこれ……


 この魔道具はアメリカの魔道具会社、レグナ社が開発したらしいわ。

 コンタクトレンズ型の小型の液晶によって、視界の中に直接情報が表示される。


 今の私の視界には、いつもの景色の中で、文字が宙に浮かんでいる状態。

 

 最先端の技術に驚いていると、氷室和也が声をかけてくる。


「ていうかアンタら、マジでパラシュートも何もなしで飛び降りるわけ?」

 

 氷室和也の疑問には、私ではなくアーサーが答えた。


「マジだよリトル氷室……僕らは空を飛べるからね!」

 

「リトル……」


 アーサーは別に、馬鹿にしているわけじゃないわ。

 だからこそ氷室和也も、反応に困っているのだけれどね。

 ちなみに兄の方はブラザー氷室って呼んでたわ。


 弟の和也がアーサーの対応に困っていると、セツナさんが追い打ちをかける。


「仮に空を飛べずとも、不死であるアーサー様は無傷で着地できるのよ」


 妙に誇らしげにそういうセツナさんを、少し離れた場所から父上の雪嶋師範が微妙な顔で刹那さんを見ている。


 今回私が現場指揮を取る部隊には、氷室戦也が代表を務めるクラン「双氷」と、セツナさんのお父様が代表を務める「雪嶋一門」が加わっているわ。

 大きなクランはこの二つのみで、他は中小クランが10個ほど、私の指揮下に入っている。


 そして龍の絆からは、大地、我道さん、未来ちゃんを除くメンバー全員が、この福岡に向かう部隊に参加しているわ。

 全員って言っても、総数で言ったらウチのクランが一番人数が少ないわね。

 鈴たち中学生以下のメンバーは、後方支援部隊に回されているし。


 大地達はと言うと、北九州方面の制圧部隊に振り分けられているわ。


 戦力を均等に分配した結果、人数的には北九州の方が大規模ね。


 こっちは人が少ない分、個々人で戦果を上げる必要がある。


 英人のバカは結局、今日まで目を覚ます事はなかった。

 帰ってきた時に、誰かの死で悲しむ事が無いように、私が頑張らないと。


 そう一人心の内で誓っていると、不意に横に誰かが立った。


「レイナの姐さん。背中は任せてください」


 そう声をかけてきたのは健だった。


「兄貴が居ない今、俺が代わりに姐さんを守りやす」


 この子は変わったわね……


 英人がああなってから、鍛錬も人一倍するし、強い意志を感じるようになった。


「まあ、居ないよりはマシね」


「っ ! ? ひどく無いっすか ! ?」


「冗談よ。頼りにしてるわ」


 そんなやりとりを交わしていると、降下のカウントがゼロに迫っていた。 


――00:00:10


 丁度10秒を切ったタイミングで、通信用魔道具に入電が入る。


『おっす、レイナ! 修二だ。作戦中のサポートは任せとけ!』


 通信は呉市の作戦本部にいる修二からだった。  


 作戦中は現場指揮官の私にだけ、オペレーターが付く。


 戦場の細かい状況を、マジックアイと通信用魔道具を通じてサポートしてくれる。


「頼むわよ」


 そう言った直後、視界に映るカウントがゼロになった。


――プシュー


 輸送機のハッチが開くと機内に突風が吹き、雄大な九州の大地が見えてきた。


 風避けのゴーグルで目を覆い、常に目視が可能な状態を維持する。

 

『第一上陸作戦を開始せよ!』


 瀬戸長官の声とともに、私は大空へと飛び立った。


 

 

 

***

 SIde:「弓聖」ウー・ランジュ(中国)


 


「タオの様子はどうだ?」


 近くにいる側近に、タオの状況を確認する。


「はい。タオ様は現在も、東京にある龍の絆のクランハウスに居るようです」


 タオに動きは無いか……


「よし。そのまま監視させておけ」


「はい、その様に。しかし……よろしいのですか? タオ様がいらっしゃれば――」


 側近の言葉を遮り、私は声を張り上げて言った。


「くどい! タオの追放は国の意向だ。私では無い。あやつは目的の相手を日本で見つけたのだろう? ならば捨てられて当然であろう」


 タオの奴は、「自分より強い男と添い遂げる」と、そんな馬鹿な理想を本気で追い求めていた頭のおかしいヤツだ。


 最初は私も国の上層部も、男避けのための冗談だと思っていた。

 

 だってそうだろう? 私らの様なユニークジョブを持つ人間は、自分より強い異性など数えるまでも無く、存在そのものが疑わしい。


 それを本気で探していると、国が知った時からだ。


 タオは本国の戦力としては認識されなくなった。


 当たり前だ……いつ敵国に渡るかもわからん奴に、国家の未来を左右するタイミングで召集がかかるはずもない。


 そしてタオは、天霧英人という少年を見つけた。

 今ではダーリンと呼び、日夜寝込みを狙っているという。


 バカにも程があるぞ? タオよ……

 

 戦場には来ないでくれると嬉しいぞ。


 そのまま瀕死のダーリンの側で大人しくしていてくれ。


 この手で殺したくは無いからな……


「弓聖様! 間もなく敵国の領海に入ります。領海付近には、日本の艦隊が防衛線を張っている模様。ご指示をお願いします」


 おっと、旧友のことばかり考えている暇は無い様だな。


「構わん、そのまま進め! 一隻残らず海の藻屑に変えてやれ!」

 

 私は合計60隻の艦隊全てに直進の指示を出した。


 

 それから約30分後、ミサイルや砲弾、それから魔力弾まで、あらゆる攻撃が飛び交う激しい戦闘が始まった。

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