第207話 夢現逃避─ムゲントウヒ─:日常
Side:天霧 英人
窓から差し込む朝日で、俺の意識が覚醒する。
まだ少し眠い目を擦りながら、ベッドから起き上がる。
トレーニング用の上下に着替え、いつものように家の庭へと向かった。
庭へと出ると、先客が居た。
「おはよう父さん」
俺が庭へ出るといつも、必ず先に父さんが瞑想している。
相変わらず早起きだなぁ……
そう思った時、一瞬何か違和感の様なものが頭を巡った。
あれ……いつも通り……
日課の鍛錬に向かうと、必ず父さんが先にいる。
そうだ……いつもの事だ。
そう納得すると、違和感は途端にどこかへと消えた。
すると土の上で胡坐をかく父さんが、徐に目を開けた。
「起きたのか。じゃ、早速始めっか……お? おめえ何泣いてんだ?」
父さんにそう言われて気付いた。
「あれ?」
手で頬に触れると、指先が少し濡れた。
なんで……俺は泣いてるんだ?
「でけえ欠伸でもしたか? ガハハ!」
「ああ、うん……昨日あんまり眠れなくてね」
よくわからないけど、そういうことにしておこう。
「まあいいや。さっさと始めるぞ」
「うん」
返事をした俺は、倉庫から訓練用の木剣を取り出し、父さんと二人で鍛錬を始めた。
鍛錬は素振りから始まる。
「フッ! フッ!」
剣を振り下ろす度、誰かの息遣いが聞こえる。
まあ、多分俺だけど。
父さんは素振り如きではウォーミングアップにもならない。
そんな風に一瞬余計な事を考えただけで、横から檄が飛んで来る。
「集中しろ! ただ剣を振るな! 常に相手を想像して振りやがれ!」
「うっ、はい!」
今まで散々言われた、素振りの注意点だ。
慌てて返事をして、その後は集中して素振りを続けた。
俺が想像するのはもちろん、向かい合う父さんの姿だ。
そうして素振りやら一通りのトレーニングを終えると、一日の楽しみが始まる。
「うし、これくらいにすっか。今日は――」
「今日はどこのダンジョンいく!? なるべく敵が手強いダンジョンがいいな」
早くダンジョンに行きたい俺は、父さんの言葉を遮りながらそう言った。
「お前はダンジョン好きだなぁ。今日はB級ダンジョンだ。ボスはリッチで、魔法をバカスカ撃ってきやがるから気をつけろよ?」
「B級 ! ?」
B級か、一応俺は上級ジョブの「
驚いている俺を無視して、父さんはさっさと玄関に向かった。
「あっ、ちょっと待ってよ父さん!」
慌てて追いかけ、俺は父さんと共にB級ダンジョンへと向かった。
それから俺は父さんと一緒に、B級ダンジョンに潜った。
そして父さんと二人で道中の魔物を倒しながら、ありえない速度でボス部屋までやってきた。
「やっぱり父さんはすごいね。もうボス部屋まで来ちゃったよ」
ボス部屋に入り、父さんと並んでリッチに相対する。
「雑魚は俺に任せろ。お前はリッチに集中していい……魔纏!」
父さんは身体強化を施し、大剣を担いで突貫する。
父さんが走り出すと同時に、リッチの前に立つ5体のリビングアーマーも動き出した。
「オラア!」
――ガシャーン!
大剣の一振りで、2体のリビングアーマーが粉々に砕け散る。
「俺も負けてられないな……魔纏!」
魔纏を発動すると、違和感を覚えた。
あれ……魔纏ってこんなに強化されたっけ?
通常の魔纏よりも、明らかに肉体が強化されているのが分かる。
そんな風に不思議に思っていると、前方から火球が飛んできた。
「うお ! ?」
慌てて横に飛ぶが、想像以上に強化された肉体のせいで、大技を避ける様な大回避をしてしまった。
すると、常に俺を見ている父さんが叫ぶ。
「ビビり過ぎだ! そんくらいの魔法叩き落とせ! てめえは誰のガキだと思ってんだ? ああん!?」
怒られたのに……なんだかちょっと嬉しいというか、誇らしい気分になる。
そうだよな……これくらい虫を払う様に叩き落としてやろう。
今日はなんだか調子が良いし……うん、行けそう。
自分の体を確認し、今度は振り回されない様に気を付ける。
足に力を入れ、地面を思いっきり蹴って走り出す。
「フン!」
自分でも信じられないほどのスピードで、リッチに向かって疾走した。
リッチも黙ってはおらず、火の玉や岩の礫を飛ばしてくる。
父さんに言われた通り、魔法を剣で弾く。
――ボン! カン!
驚く程簡単に、魔法を弾く事に成功した。
父さんはああ言っていたけど、これはリッチに対してはかなり有効な手段だな。
リッチは魔法を放った後、次の魔法までのリキャストタイムがあるのか、短い時間だが棒立ちになる。
その僅かなチャンスを逃しづらいという面では、魔法を叩き落として突き進むのは合理的かもしれない。
俺は動きの止まったリッチに、最大までMPを込めた剣術スキルを放つ。
「一閃!」
――パリーン!
俺の剣はリッチの弱点である胸の魔核をあっさり砕いた。
リッチは声を上げる事もなく、静かに魔石へと変わった。
「まあまあだな。にしても、強くなりやがったな……」
後ろからリビングアーマーを倒した父さんが、俺にそう言った。
「へへ、まあね」
表情筋に力を入れ、だらしなくニヤけるのを防ぎながらそう返事をした。
それにしても、リッチを瞬殺してしまったか……何年も父さんと一緒に、毎日鍛錬してきた――
また、頭を違和感が巡る。
毎日……そう、毎日剣を振った。
一日も欠かす事なく。
うん……それのおかげだな。
違和感を気にするのをやめ、俺は楽しい未来を想像した。
次はどのダンジョンに行こうか?
しばらくB級に潜って、いずれはS級ダンジョンに行けるくらいになる。
どんどんランクを上げて、いずれは父さんと一緒に世界中のダンジョンを回ろう。
父さんは日本のダンジョンには精通してるけど、海外のダンジョンには行った事のない場所が多い。
父さんも行った事のないダンジョン……楽しみだなぁ。
父さんと一緒にダンジョンを初見攻略……良いね。
こんな日常が、この先もずっと続けばいいな。
***
Side : 「斧聖」ウラジスラフ・アバルキン(ロシア)
:モスクワから約800km、プレセツク宇宙基地にて
「アバルキンさん、どうしてこんなところに? 俺達日本に行くんでしょう? 宇宙に用はないですぜ」
アホのニコライが、アホな事を俺様に向かって言いやがる。
「頭の回らんやつだ」
俺様はアホな部下に、わかりやすく説明してやる事にした。
「良いかアホライよく聞け? 中国が大艦隊を編成しているのを、ウチの諜報機関が確認している。おそらく弓聖が出張ってくるだろう」
どうやら中華は、海路で攻めるみてぇだ。
「EU連合軍も動き出した。戦闘機をわんさか積んだ空母が、既に九州に向かっている」
こっちはおそらく空路だろう。
「そして東南アジアの連中も、複数の潜水艇を九州に向けて出動させたらしい。って事はつまりだ……海も空も、どこもかしこも敵だらけ」
「はい……まあ確かに、日本の奴ら以外とも戦うのは、少し面倒ですね。こっちの部隊は少ないですし」
だんだん理解してきた様だな。
「だから俺達は……宇宙から攻めるのさ!」
「……正気っすか?」
アホにアホを見る目を向けられる。
「ゲハハ! 大気圏の外からの空挺降下だ! 偵察衛星にも捕まらねえ! 唯一無傷で敵地に上陸できる手段だ!」
世界最大のダンジョン保有国日本、その25%に迫るダンジョンの数々が、九州制圧と共に我が国の物になる。
ロケットを飛ばす費用なんて霞むくらいの、果てしない利益を産む経済圏が丸ごと手に入るんだ。
こんなビッグチャンスを逃す訳にはいかねえのよ!
「えぇ……無傷って、そんな高度から飛び降りたら普通に死ぬんじゃ――あっ」
ニコライが、ようやく自分の役目に気づいたようだな。
「もしかして俺っちが召集された理由って……」
「よろしく頼むぜニコライ? お前がヘマしたら、俺以外の奴らは死ぬんだぜ」
――バン
ニコライの背中を叩いて喝を入れた俺様は、宇宙船へと乗船した。
ゲハハ! 最後に笑うのはロシアだ。
剣聖だろうが弓聖だろうが、全員叩き潰してくれる。
***
あとがき
短い章でしたが、これにて「悪夢の残響」編は終わりです。
次回からは第八章「伝承鬼神」編に入ります!
そして英人Sideのエピソードは、「夢現逃避」というタイトルで投稿します。
次回の「夢現逃避」は、第八章中盤での公開となります。
主人公の登場を楽しみにしていてください!
それでは、第八章公開をお楽しみに!
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