第203話 陥落

Side:天道レイナ




 S級ダンジョンから帰った翌日、仮想戦闘室にてレオナルドに稽古をつけてもらっていた。


「アイスフィールド!」


 レオナルドから10メートルほど距離を取った私は、自分を中心に円状に氷を張り巡らせた。


――パキパキ!


「うん。まあまあうざいかも」 


 レオナルドのユニークスキルは因果の力。

 過程をすっ飛ばし、いきなり結果が現れる。


 おかげで動く挙動は見えても、いつの間にか接近されている。


 だから地面に氷を張り巡らせて、何かしらレオナルドのスキル発動の障害になればと思ったのだけれど……

 

「うざいけど、許容範囲だね」


 一瞬前まで視界にとらえていたレオナルドの姿は見えなくなり、次の瞬間には背後から声が聞こえていた。


「くっ ! ?」


 首筋に冷たい感触がしたと思った瞬間には、私は負けていた。


『天道レイナの致死ダメージを確認。勝者レオナルド・オルティリオ』


 視界が一瞬白くなり、私はキューブの仮想空間から現実世界へと転送された。


「はぁ……」


 これで何敗目よ……勝てる気がしないわ。


 そう連敗に気落ちしていると、レオナルドが声をかけてくる。


「最後のは悪くなかったと思うよ。現に……ソウルだっけ? それをいつもより多く消費した感覚がある」


 ユミレア師匠から、ユニークスキルの燃料となるソウルというエネルギーの話を聞いた。

 ソウルの総量は人によって違うらしいけれど、レオナルドは私よりずっと多い気がするわ。


「次は勝つわ……明日もお願いできるかしら?」


「明日? それは無理だね。俺今日中に国に帰らないといけなくなってさ」


 明日以降も模擬戦の相手をしてもらいたかったのだけれど……残念ね。


「そう……それって絶対帰らないといけないのかしら? 今まで好き勝手にやってきたんでしょう? ちょっとくらい帰国を遅らせたって怒られないと思うわよ」


 ダメもとで、もう少し滞在しろと言ってみた。


 このまま負けっぱなしで帰られたら癪だわ。


「う〜ん。ちょっと緊急っぽいんだよねぇ。俺も英人が目覚めるまではここにいようと思ったんだけどね」


「緊急?」


「ああ。最近アメリカ各地のダンジョンで、上位の探索者の殺害が相次いでいるらしくてね。犯人は相当な手練れっぽいから、俺が呼ばれたってわけよ。あ、これ一応内緒ね」

 

 殺人事件……何やら不穏ね。


 まあ聞いた感じ、魔神軍とは関係なさそうね。


「わかってるわよ。そういうことなら引き留めないわ。さっさと帰りなさい」


「お前……まあいいや。英人が目覚めたら連絡しろよ」


 そう言って、レオナルドは仮想戦闘室を後にした。




 そしてその日の夜、私は代表執務室にて、ジンと共に父からの通信を待っていた。

 何やら緊急の用件があるらしい。

 ジンがいるのは吸血鬼の残党や牢屋から逃げ出した囚人に関しての報告のためね。

 

 そしてしばらく待っていると、モニターに通信が表示された。

 

 すぐに通信を取ると、モニターに父の姿が映る。

 

『急ですまない。早速だが、報告かを聞かせてもらえるか?』


 ジンに目で合図し、報告を促す。


「ああ、吸血鬼の残党は狩り尽くした様だ。ダンジョンや廃墟を隅々まで調べたが、もう姿はなかった。おそらく問題ないだろう」


 大侵攻から約10日、ようやく一区切りつきそうね。


「それから脱走囚の方だが、捕縛対象のリストは片付いた」


 大侵攻に紛れて、拘置所や刑務所から脱走した囚人たちの捕縛と殲滅を、ジンの分身を使って進めていた。


「だが殲滅対象の方は、三人ほど消息が掴めなかった」


 殲滅対象とはその名の通り、捕縛せずに殺害するのが目的ね。


 死刑が決まっている者は、これを機に刑を執行。

 重罪かつ再犯の危険がある者は、優先的に死刑を執行した。


 大侵攻の影響で、人手も収容する場所も無くなった故の決断らしいわ。


 汚れ仕事は本来ならS級になった私の仕事だったけれど、今回は可及的速やかに執行する必要があったから、ジンにその仕事が回った。


『ふむ。了解した。その三名の件は真壁君に引き継いでおこう。他に何か報告はあるか?』


 ジンに視線を向けると、首を横に振る。


「いえ、報告は以上です」


 こちらの報告を終えたら、次は緊急の用件とやらね。


「うむ。それでは今日の本題だな……」


 父は目を瞑り、一拍置いて発した言葉は、あまりにも予想外だった。


 

『九州全域が、現在魔物によって占拠されている』


 

 理解が追いつかなかった。


「はい? 九州全域が……占拠?」


『海上自衛軍の報告と衛星やドローンの偵察によれば、オーガと見られる魔物によって、沖縄県を除く7県が占領されている。どうやら東京に吸血鬼の襲撃があった同時刻、九州地方でも襲撃が行われていたようだ』


 嘘でしょ ! ? 九州ってかなり広いわよね。


 鹿児島から福岡までの全域……いったいどれだけの数がいればそんなことが……

 

「いや、ちょっと待って。九州には京極さんのクランがあったはずだけど」


 クラン『京極事務所』――多くのクランを吸収し、九州にあるA級ダンジョンの70%を管理している巨大クラン。

 代表の京極さんはもちろん、S級探索者の在籍数は日本一位。


 ブレイバーズが少数精鋭なら、京極事務所は数で押し切るタイプね。

 個人個人で見ればブレイバーズの方が猛者が揃っているけれど、それでも強力なクランには違いないわ。


『京極の消息は不明だ。衛星写真で見る限り、京極事務所の本部周辺は建物の損壊が激しい。協会としては、壊滅したと判断している』


「なっ……」


『それでだ……3日後池袋支部にて、九州奪還作戦会議を開く。レイナも参加するように。今日は以上だ。詳しい概要は会議で話そう』


 私が呆気に取られている間に、いつの間にか父からの報告は終わっていた。

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