第199話 戦場の違和感

Side:天道 レイナ


 


 大侵攻から丁度一週間、会見から3日が経った。


 ルーシ様から、龍の絆の医務室で治療を受けている者全員の治療が終わったとの報告を受けた。


 報告を受けた私はジンを連れて、鎌瀬社長とその娘の見舞いにやって来た。


 二人は精神支配の様なスキルで、まるでゾンビのような状態だった。

 目は赤く染まり、涎を垂らし、呻き声を上げながら襲いかかってくる状態。 


 そんな二人も、すっかり良くなったみたいね。

 暴れる二人を拘束するのは少し心苦しかったけれど、もうその必要もない。


 二人の顔色はとても良く、呪いの影響下にあった数日前とは見違える程回復していた。


「回復されて何よりです。この度は……その――」


 私は言葉に詰まった。


 二人の状況は、ジンから少し聞いている。

 英人とのパワーレベリング中に、吸血鬼と化した人間の一団に襲われたらしいわ。


 今回はお見舞いと、当時の状況を詳しく確認するために来た。


「いや、天道さんが気を病むことはありませんよ。私の愚息がしでかしたことです」


「そう言って下さると嬉しいです。病み上がりで申し訳ありませんが、当時の状況を詳しく聞いても?」


「そうだね……私には何が起きていたのか正直わからないが――」


 それから当時の状況を聞くと、どうやら英人に恨みを持った鎌瀬社長の息子が、集団で突然襲いかかって来たらしい。

 

 鎌瀬社長の話を最後まで聞いた私は、隣に立つジンに確認する。


「吸血鬼化した人間なんて……あの戦場では見かけなかったけど、何が起こっていたと思う?」


 黒装束に身を包むジンは、腕を組みながら話し出す。


「人間を吸血鬼に変えることが出来るのは、真祖であるネメアだけだと言い伝えられている。しかしミランダ殿ならまだしも、ただの人間を吸血鬼にするメリットがある様には思えないな……」


「それで?」


 私はジンに先を促す。

 

「考えられるとすれば、英人の足止めだろう。当時クランハウスには、侯爵ネルダーの襲撃があっただろう?」

 

「ええ。レオナルドが倒した吸血鬼が、確かそんな名前だったはずよ」


「奴がネメアから離れ、こんなところまでやって来たのはおそらく足止めのためだろう」


「足止め……でもあんな化け物じみた強さを持ったネメアが、わざわざ足止めをする意味があるのかしら? それにネメアの狙いは英人だったわけでしょう?」


 英人が狙いなら、誰よりも先に英人と接触するのが普通じゃないかしら。


「奴はああ見えて案外、策を講じるタイプだ。英人の到着が遅れた……それが原因で死んだ者がいるだろう?」


 今回の大侵攻で戦死した者といえば……


「勇者ね?」


「「えっ……」」


 私の言葉に反応したのは、鎌瀬社長とその娘。

 勇者が死んだという情報を、今知った故の驚きね。


 ジンと私は、二人を無視して会話を続ける。


 もう今更、話を聞かれても問題ないわ。

 

「その通りだ。ネメアにとって、英人以外に脅威になり得る存在が勇者だ。それを、英人と戦う前に念の為排除したかったのではないか?」


 未来ちゃんが戦場で英人に投げ渡した剣、あれをネメアは聖剣だと言っていたわね。


 もし聖剣の力を英人が手にしなかったら……不死身に思えるネメアは倒せなかったかもしれない。


 正確には倒したのはルアンという男だけれど……


 まあいずれにしても、勇者を先に排除するというネメアの作戦は妥当なものだったわけね。

 それなら……足止めが目的だったのは間違いない様に思えるわ。


「なるほどね……他に気になる事はあるかしら?」


「ふむ……そういえば、人狼種の姿が見えなかったな。ネメアはよくライカンスロープを、偵察や陽動で使っていたんだがな」


「そういえば見てないわね」


 魔神軍の中には、魔族と呼ばれる種族が多数いるらしいけど……敵は一枚岩ってわけでは無いのかしらね。


「人狼種は数が多いが、吸血鬼ほど強力な個体は生まれないからな。あれだけの吸血鬼がいたんだ。戦力として連れて来る必要が無かっただけかもしれん」


「それなら気にする必要はないかしらね……そういえば、あなたは戦いが終わるまで何していたのかしら? あなたがいれば……」


 ネメアとの戦いで、ジンの姿は見かけなかった。

 何をしていたのかを私は問い質した。


「悪いと思っている……侯爵を一人排除した時点で、力を使い果たしてぶっ倒れたんだ。目を覚ました時には、戦いは終わっていた」


「そう。まあ、あなたが侯爵を一人倒してくれたから、こっちが多少楽になっていたのは事実ね。今回は許してあげるわよ」


 ジンを少し睨みながら、私はそう言った。

 

 ジンの顔を覆う黒い布の隙間から、申し訳なさそうにする瞳が見えた。


 その目を見て、八つ当たりを少し反省した。

 

「すまなかった……寝こけていた分は、残党狩りで返すつもりだ」


 ジンは現在分身を総動員して、ダンジョンや廃墟に逃げ込んだ吸血鬼の残党を討伐している。


「もういいわよ。それで、殲滅は順調かしら?」


「ああ、時期に終わる。あと数箇所、ダンジョンを回ればカタがつくだろう」


「助かるわ。終わったら知らせて頂戴」


「承知した」


 そう返事をして、ジンは残党の殲滅に戻っていった。


 私は再び鎌瀬社長に向き直る。


「申し訳ありません。病人の前で長話を……」


「いや、いいんだ。気にしないでくれ。それより、天霧君にお礼を言いたい。時間のある時で構わないので、面会を頼めるだろうか」


「代表は今――」

 

 事情を知らない鎌瀬社長に、私は大侵攻の顛末を知っている限り話した。


「まさかそんな……」


 英人の状態、勇者の死、国家の中枢も機能していない。


 そんな現実味の無い惨状を聞いた二人は言葉を失っていた。


 しかし、鎌瀬社長はすぐに正気に戻った。


「私に出来ることがあればなんでも言ってくれ、可能な限り協力させてもらいたい」


「ありがとうございます」


 私はその後、少しの間おしゃべりをした後、病室を後にした。

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