第198話 聖女の癒し
Side:天道 レイナ
英人の部屋を出ると、扉の横に座り込むタオがいた。
「まだいたの?」
実は部屋に入る時もいたのよね。
英人がここに運び込まれた時は、大騒ぎして大変だったらしいわ。
「グズッ……何でお前は良くて、ウチはダメネ……ウチだってダーリンの事を想ってるネ」
リトスたちに警戒されて、英人に近づけないのが相当ショックみたいね。
「はぁ……暇なら、ひと勝負お願いできるかしら?」
見兼ねた私は、タオを模擬戦に誘った。
「行ってくるといいネ……ウチはここでダーリンを待つネ」
ずっとこんな状態でいられると、調子が狂うわね……
「ウダウダ言ってないで行くわよ」
私はタオの腕を引き、無理やり訓練場に連れていった。
訓練場につくと、先客で溢れかえっていた。
戦いの傷が癒えない子も多いのに、もう日課のトレーニングを再開している。
大侵攻で私達と一緒に都心部での戦いに参加した子達の半分は戦死した。
生き残った子達の何人かも、精神的ショックで探索者自体を引退した。
クランに残ったのは、戦闘には参加せずクランハウスの周辺で救援活動をしていた学生達と、都市部での戦いを生き延びた少数。
全員で47名がクランに残った。
「さっ……準備運動を軽くしたら、模擬戦でもやりましょう」
「……」
その後タオはボーッとしたまま、魔力操作の訓練をする私の横でおとなしくしていた。
仮想戦闘ルームに移動した後も、タオの調子は相変わらずだった。
模擬戦もどこか上の空で、私の全勝で終わった。
「はぁ、全く……」
自分より元気がない人を相手していると、こっちは反対に冷静になってくるわね。
気を取り直して、クランの執務に戻ろうかと思った時だった。
仮想戦闘ルームの扉が開き、美澄さんが入室してくる。
「ここでしたか、聖女様がご到着なされました」
美澄さんが、ルーシー様の到着を知らせてくれた。
大侵攻を受けて、前回の来日とは違う公式な手続きを踏んで、フランスへ聖女派遣の要請を行なった。
フランス政府はそれを快く承諾し、すぐにルーシー様達を派遣してくれた。
「すぐ行くわ」
私はタオを放置して、美澄さんと共に応接室へと向かった。
応接室でルーシー様とアンナさんと合流し、私達は四人で英人の部屋へとやってきた。
英人の姿を見た二人は、その悲惨な姿に言葉を詰まらせる。
「これは……」
「生きているのか? 私には……」
驚く二人に、英人の眷属達が変わった反応を見せる。
「ヒヒーン!」
「ピュイ〜」
ディーンもリトスも、ルーシー様に泣き付く様な仕草を見せる。
ディーンは頭を擦り付け、リトスはルーシー様の胸に飛び込む。
「ピュイ! ピュイー」
もしかしたらリトス達も、わたしたちと同じように考えているのかもしれないわね。
聖女の回復魔法なら、英人の傷を治せるかもしれないと。
「はい。やれるだけやってみます」
胸に抱くリトスを撫でながら、ルーシー様はそう答えた。
そして英人に近づき、両手を英人に向ける。
「ゴッドヒール」
英人の体が癒しの光に包まれる。
しかし私の見る限り、英人の体に変化は無かった。
光が収まり、魔法を掛ける前と同じ状態の英人がそこに居た。
「だめ……みたいですね。私の回復魔法が、そもそも英人さんに届いていない様に感じます」
やっぱり、英人を包む光の膜が原因みたいね。
これまでは鈴が回復魔法をかけ続けていたけれど、ルーシー様と同じことを言っていたわ。
聖女様にも治せないとなると……もう私には他の方法は思いつかない。
正直……ルーシー様が英人を回復させてくれる事にかなり期待していたわ。
私はどうすれば……私にできる事は無いって言うの?
悔しさに拳を強く握っていると、アンナさんが肩を叩く。
「そんな顔をするな……まだ死んではいないのだろう? 英人なら、その内ひょっこり目を覚ますさ」
「はい……」
「レイナさん。他の方の治療に参りましょう。軽症の方なら治せるかも知れませんし……」
ルーシー様の言う通り、英人以外なら効果はあるかも知れない。
怪我人の数は凄まじい。
それに怪我人のほとんどは、回復魔法の効きが弱い。
大地も我道さんも、未だに昏睡状態のまま。
ユミレア師匠が言うには、吸血鬼の呪いのせいだろうとの事。
上位の吸血鬼ほど、回復を阻害する呪いが強力らしいわ。
今このクランハウスにいる怪我人達は、常に回復魔法と回復ポーションを与えることでなんとか命を繋いでいる。
「案内します」
美澄さんの案内で、私達は医務室へと向かった。
医務室に到着した私たちは、手当たり次第に病床をまわった。
結論から言えば、ルーシー様の回復魔法は効果があった。
軽症であれば、回復魔法一度で完治した。
それから大地や我道さん、それから英人がパワーレベリングの依頼を受けていたらしい鎌瀬社長とその娘は、根気強く回復魔法をかけ続ければ、いずれ目を覚ますだろうとの事だ。
「レイナさん。あとは私達の方でやっておきますから、少しお休みになってください」
「そうだぞ。ルーシー様の手伝いは私がする。お前は休め」
ルーシー様とアンナさんにそう言われた私は、言葉に甘えて休む事にした。
暖かい湯船で体を温め、万丈さんの料理でエネルギーを補給する。
自室に戻りベッドに入ると、それと同時に眠りについていた。
こうして、会見から始まった長い1日は終わった。
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