第197話 戦いは終わる されど心は休まらず
Side:天道レイナ
会見を中断し、魔導車で池袋支部へと戻ってきた私は、今後の打ち合わせをしている。
「破壊された建物の修復は、全国から集まった業者に委託してある。時間はかかるだろうが、ゆっくりやっていくしかないな。それからブレイバーズと救世の星、自衛軍の救援部隊が、しばらくは東京の警戒に務める。お前達は休息を取りつつ、次の侵攻に備えてほしい」
「ええ、分かったわ……」
私の疲れた返事を気にすることなく、父は今後の動きを私に指示する。
「それから東京拘置所や刑務所から、多数の凶悪犯罪者が逃亡している。生き残りの市民による物資の窃盗、市民同士での物資の強奪など、犯罪件数も増加している。龍の絆にも凶悪犯の討伐依頼があるかもしれない……覚悟しておいてくれ」
住むところも何もかもが無くなった市民が、犯罪に手を染め始めている。
こればかりはどうしようもないわね……物流もほとんど機能していない。
毎日地方から大量の物資が届くけれど、それでも足りない。
家族や家を失い、やり場のない怒りと憎しみが溜まる。
それが向けられるべきネメア達吸血鬼も、既にほとんどが討伐されているわ。
それらは主に私達のクランに向き、毎日誰かに罵声や憎悪の視線を向けられる。
はぁ……もう全てを捨てて逃げ出したいくらいよ。
気落ちしていると、いつの間にか父が私の目の前に立っていた。
「レイナ……大丈夫かい? 無理はしなくていい。限界ならパパに相談してもいいんだよ」
父はそう言って、そっと私を抱きしめる。
「うん。ありがとう……大丈夫よ」
「英人君なら、すぐに目覚めるさ……彼は大吾とは性格が違うが、大吾と同じ様に強く、優しい青年に育った。必ず戻ってくるさ」
私達はしばらくの間、会長と探索者の関係ではなく、父と娘に戻っていた。
そして業務上の連絡事項の確認を終えた私は、美澄さんと共にクランハウスに一度戻る事になった。
ウトウトしていた私は、美澄さんの声で目を覚ます。
「天道副代表、クランハウスに到着しましたよ。大丈夫だとは思いますが、一応気を付けてください」
「ええ」
ドアを開け、魔導車から降りると、そこはクランハウスのエントランス前だった。
いつの間に……寝ちゃってたからあっという間だったわね。
魔道車から降りて軽く体を伸ばしていると、妙な視線に気付いた。
周囲を見渡せば、大侵攻で保護した市民達が周囲を囲んでいた。
さっきの会見、当然ここの人たちも見ていたわよね……
戦いが終わってから4日、昨日までよりも市民のヘイトが溜まっている気がするわ。
今にも飛びかかってきそうな、そんな険悪な空気が流れている。
さて……どうしたら――
何か弁明の一言でも話そうかと考えた時、エントランス前広場に咆哮が響き渡る。
「グォアア!」
「ひぃ!」
「っ ! ?」
龍の咆哮を聞いた市民達は、足早に各々の仮設住宅へと戻っていった。
私が上空に顔を向けると、クランハウス屋上で大きく翼を広げるソラの姿が見えた。
「ありがとう。でも怖がらせちゃダメでしょう?」
屋上から広場を見下ろすソラは、プイッと顔を背け、広げた翼を畳んだ。
はぁ……
英人がここに運び込まれてからずっと、ソラは屋上に佇み、敵襲の警戒を常にしている。
ついでに暴動になりそうな場面では、ひと鳴きして、さっきみたいに市民を黙らせている。
私が後ろから刺されないのも、半分はあの子のおかげね……
静まり返った広場を進んでクランハウスに入り、私は真っ先に英人の眠る部屋に向かった。
――コンコン
「はーい」
英人の部屋の扉をノックすると、鈴の返事があった。
扉を開け、そのまま寝室へと向かう。
「レイナちゃんおかえりなさい。会見大変そうだったね……」
疲れたような、元気のない声色で私を労う。
鈴のいつもの明るい笑顔は、英人がああなってからは見ていない。
ベッドに横たわる英人に視線を向ける。
左腕は肘から先が無く、下半身も臍から下が無くなったまま。
体を淡い光が包み、ただそれ以上の悪化はしていないだけ。
血に染まった服も、4日前のまま。
見た所胸は動いていないから、呼吸もおそらく止まっている。
本当に生きているのか、本当に目覚めるのか。
私にはわからない。
でもリュウキが言うには、おそらく大丈夫だろうとの事だった。
リュウキも大丈夫だろうとしか言わない……何が大丈夫なのかは分からないけれど。
私は英人が眠るベッドに近づき、脇に置いてある椅子に座る。
手を伸ばし、英人の体に触れようと手を伸ばす。
すると、横たわる英人の胸の上で丸まっていた小さな幼龍が、私の事をチラリと見る。
「ピュイ? ……ピュイ」
私の顔を認識したリトスは、ひと鳴きすると元通りに丸くなる。
最初の頃は威嚇されて大変だったわ……
ソラもリトスも、英人が召喚した眷属の子達は、鈴やおばさんという身内以外は英人に近づけさせようとはしなかった。
鈴がなんとか言い聞かせてくれたけど、それでも触れることを許可されたのは私だけ。
ベッドの反対側ではディーンが佇み、胸の上にはリトスがいる。
クランハウス屋上にはソラがいて、みんな一瞬たりともその場から動こうとはせず、英人に近づく者達を見張っている。
伸ばした私の手は、彼らに阻まれることなく英人の右手に触れる。
体温も脈も、一切感じることはできない。
多分英人を包むこの光が、膜の様になっているからだと思う。
しばらくそうしていると、後ろから声がかかる。
「レイナちゃん……うちのバカ息子を心配してくれてありがとうね。お茶淹れたから、飲んで行きなさい。あなたも少しは休まないと」
「ありがとうございます。いただきます」
美沙おばさんと鈴は、ずっと英人のそばについている。
私が毎日この部屋を訪れると、必ずおばさんはあったかいお茶を入れて労ってくれる。
リビングのテーブルに座り直し、入れてもらったお茶を啜る。
ふぅ……あったかい。
飲み終わったら、少し体を動かそうかしらね……そしたら多少は気分が晴れるかもしれない。
そうして一息ついた後、私は訓練場に向かった。
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