第182話 分心

Side:天霧 英人



 

 龍気の太陽と血の月が激しく衝突する。

 凄まじい熱気と若干の焦げ臭さが辺りに充満する中、俺は気を抜かずに行く末を見守っていた。


 巨大だった血の月も、今は数メートル程にまで小さくなっている。


 あの月がネメアを再生させているのは間違い無い。

 

 月さえなくなれば……


 そして遂に、炎が全ての血を蒸発させた。


 月と共に龍魔法の太陽も消滅し、雲一つ無い夜の空には本来の満月だけが輝いていた。


 ネメアの姿は……


 龍感覚と目視で周囲を確認するが、ネメアの姿も反応もない。


 これで終わ――


「うっ……」


 ネメアの討伐を確認した直後、身体に力が入らなくなった。


 思わずその場で膝を着いてしまった。


 俺の全身を覆っていた赤いオーラが消え、沸々と煮えたぎるような感情の渦も消えた。

 

「ハァハァ……」


 狂龍臨天の時間切れか何かか?


 ステータスを確認すると、龍気はまだまだ残っていた。


 ______

 龍気:4047889

 ______


 700万あった龍気はかなり減ったが、戦えないほどじゃない。


 おそらく狂龍臨天はソウルスキルだから、ソウルを主に使っているんだろう。

 だから今は、俺のソウルが枯渇したって事だ。


 だけどまあ、後は吸血鬼の残党を狩るだけ――


 そう思った時、背後から聞き覚えのない声がした。


「ふむ……まさかこんな日が来ようとは」


「っ ! ?」


 気怠げな体に鞭を打ち、慌てて背後を向いて大剣を構える。


 なんだ……こいつ ! ?


 龍感覚は切っていないのに、まるで接近に気が付か無かった。


 大剣を構える先で佇んでいるのは、おそらく高位の階級であろう一人の吸血鬼だった。

 他の吸血鬼の装いは黒や赤の服が多いが、こいつは汚れひとつない純白の貴族衣装に身を包んでいた。


――パチパチパチ

 

「お見事。まさかあの無限とも思える再生を破るとは……正直驚いているよ」


 拍手と共に、吸血鬼は俺に称賛を送る。


 こいつ……他の吸血鬼とは何かが違う。


 その何かはわからないが、言い知れぬ不安が俺を襲う。


「あなたとは初めましてですね。私はニア、公爵位を賜っている者です」


 ニアと名乗る吸血鬼は、更に言葉を続ける。

 

「ところで、疑問だったでしょう? 吸血鬼の弱点である心臓を潰されたにも関わらず、どうして再生するのかと……」


 新手の登場には驚いたが、こいつの言う通りその疑問は感じていた。


 龍気は吸血鬼に対して効果があるはず、そして俺は何度もネメアの全身を龍気で消し飛ばした。

 

 それでも、ネメアは血の月から伸びる血で再生した。


「『血呪・真醒しんせい赫月光かくげっこう』によって生み出された月は、主の肉体を再生させる為の血です。ですから当然、月の血が無くなれば肉体の再生はできない」

 

 俺の読みは当たり、月を消し飛ばすことで再生は止まった。


「ですが言うほど簡単ではない。あなたも月の大きさを見たでしょう? あれは我々が何百万年と蓄えてきた物です。まあ、たまにある強者との戦いで血の蓄えは減っていましたが、それでもかなりの量です」


 そうか……今までネメアに挑んだ者は、皆あの無限の再生力を破れなかったと。


 まあそもそも、再生せずとも素の力だけで化け物だけどな。


「何が言いたい? お前達の苦労なんて知った事じゃない」


 長話をするニアに、大剣を構えて問う。


「失礼。要するに、こんな事態は初めてだと言う事です。それと同時に、主の判断は正しかったと言う事でもあります」


 そう言い終わるとニアは、自分の左胸に手を当てた。


 そして爪を立て、自身の左胸を抉り始めた。


「っ ! ? 何を……」


 右手を左胸に突っ込み、真っ赤に蠢く何かを取り出した。


「これが……真祖の心臓」


 まさか――


「私は主の心臓と呪いを隠す為の分体。まあ要するに、最後の保険と言うやつです」


 ニアの右掌で脈動する心臓から、大量の血液が噴出する。


 心臓から飛び出したドス黒い血の渦は、ニアの体を瞬く間に包み込む。


「あぁ……ようやくこの時が、待ち侘びた主との同化!」


「まずい ! ?」

  

 血に包まれるニアに向けて、俺は瞬時に攻撃に移る。


 一足で間合いを詰め、龍気を纏った大剣を振るう。 


「龍閃咆!」


――ドーン!


 大剣が直撃し、龍気の衝撃波がニアを襲う。


 しかし爆風が収まると、俺の大剣は素手によって受け止められていた。


「はぁい残念……もう遊びは終わり。フフフ」


 血の渦が収まると、そこには龍魔法で消滅させたはずのネメアの姿があった。


 額から伸びる三本の鬼の角、背中から生える黒羽。


 そして先程までよりも更に、強烈な死の匂いを漂わせていた。


「血呪・血盟降獣けつめいこうじゅう……羅殺腕らさつわん


 ネメアがそう唱ると、ネメアの右手は鋭い鉤爪が伸びる獣の腕に変わった。


 そして目にも止まらぬ速さで大剣を弾かれ、次の瞬間にはネメアの腕が振り下ろされていた。


――ザシュ!


「っ ! ?」


 気が付いた時には、俺の左腕は宙を舞っていた。

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