第173話 父の痕跡
「ちゃんと再生してくれよ? 百回でも千回でも殺シテヤル」
極限まで上昇した身体能力に任せて、最速でネメアの背後に回る。
――ドーン!
「っ ! ? アハ! アンタほんとに人間――」
周囲への被害を考えない最速の移動、それにより衝撃波で周辺の建物が破壊される。
だがおかげで、ネメアは首を動かすだけで反応は精一杯。
俺はそのまま大剣を横薙ぎに叩き込む。
「龍閃咆!」
――グォアア!
ネメアを上下で両断し、遅れて赤い龍気による衝撃波が襲う。
両断した下半身を、龍気の衝撃波によって木端微塵に吹き飛ばす。
そして上半身だけは、崩れ行く間際で真っ赤な球体を形成した。
そしてバスケットボール大の赤い球体は、ゆっくりと人の姿を形成していく。
「フフッ……やっぱりその赤いの、龍気だったわねぇ。てことはアンタも龍王と契約してるってわけね?」
龍王様や「魂の契約」について知っているのか?
少し情報を引き出すべきだな……
「さあ? なんのことだ?」
正直、未だに分かっている事は多くない。
「惚けても無駄よ? 龍王からコアを与えられたんでしょう? なら龍王もこの星にいるのは確定ねぇ」
だめだ……俺自身がこの力や龍王様について知らなすぎる。
魂の神玉を直接渡された覚えはないし、龍王様だって不思議な空間でしか会った記憶はない。
だが一つ分かることは、龍の都という場所が襲われてユミレアさんが死んだ後、少なくとも龍王様はコアと一緒に魔神軍の追手から逃れたと言う事。
少ない情報を基に推測していると、ネメアが言葉を続ける。
「それにアンタ……誰かによく似てるって言われないかしら?」
ネメアはニヤリと口元を歪ませてそう言った。
「……」
俺と似ている誰かなんて一人しかいない……
「アハッ! やっぱり――」
――グサリ
俺の投擲した大剣が、ネメアの正中線上に深々と突き刺さる。
「送喚……父さんはどこにいる ! ?」
自身を大剣の元へ送喚し、大剣の柄を握りながら問う。
「アハハ! やっぱりねぇ……その大剣といい――」
答えるはずもなく、ネメアの血液で形成された左腕が形を変える。
左腕がスライムの様に液状化したと思えば、剣山の様に鋭い無数の血の針が飛び出す。
瞬時に大剣に膨大な龍気を流しこむ。
「チッ!
すると胴体に刺さっている大剣が唸りをあげた。
大剣から飛び出す龍気の刃によって、ネメアの体は内側から切り刻まれる。
同時にネメアから距離を取り、血の剣山から退避する。
切り刻まれた肉体は、瞬く間に再生が終わる。
「ああ、父親なのねぇ……どうりで、あの生意気な人間にそっくりだと思ってたのよ。最初は見間違えたわ」
間違いない……こいつは父さんを知っている。
予定変更……全て吐かせるまで殺しはしない。
そう決意した時、胸の奥底からさらなるエネルギーが溢れ出す。
やっとだ……やっと、父さんに近づいているという実感が出てきた。
以前までのただ虚無だった時間とは違う。
目の前に重要な手がかりがある……絶対に逃がさない!
「知っている事を吐いてもらうぞ……全て!」
姿勢を落とし、全力で地面を蹴る。
――ドーン!
今まで感じた事のない速度で身体が動く。
まるで土の中を歩いているかの様な空気抵抗を受ける。
しかし身体にかかる全ての負荷を、力で無理やり押し退けていく。
速度は軽々と音速を超え、周囲の景色も認識できなくなる程だった。
龍感覚による感知を頼りに、ネメアへ大剣を振り下ろす。
――ドカーン!
「っ ! ?」
ネメアを左右に両断するが、切断された断面から瞬時に血の糸が伸びる。
こいつの再生力は脅威だ……どうやって殺せるのか分からない程。
だが致命傷では無いにせよ、痛みは感じている様だ。
苦痛と怒りで顔が歪んでいる。
ネメアの再生が終わる直前を狙って、再びネメアに大剣を振るう。
今度は横からだ!
――スパン!
「くっ ! ?」
「全ての質問に答えろ。父さんはどこにいる? それからお前達の目的はなんだ?」
斜め、上下、左右と、あらゆる角度で再生直前に両断する。
――パリーン!
一撃毎に周囲の建物が悲鳴を上げる。
「うっ――とう――」
ネメアが両断されながら言葉を発した時、唐突に危険察知が反応する。
「しい!」
その直後、ネメアを両断することで飛び散った血液が一斉に動き出した。
空中で静止したかと思えば、無数の小さな刃を形成する。
そしてその様子を知覚した瞬間には、超速の弾丸となって俺に飛来した。
後方上空に大きく跳躍し、背後のビルの壁面に着地する。
――パパパパーン!
血の弾丸がすぐ真下でビルを蜂の巣に変えた。
そして瞬時に弾道が変わり、俺の着地した場所へと飛来する。
すぐに横に飛んで回避するが、血の弾丸は止まらない。
――パパパパーン!
ビルからビルへと飛び移り、縦横無尽に周囲を飛び回る。
「誇りに思いなさいクソガキ……これだけアタシに傷をつけたのは、アンタで二人目よ?」
俺へと弾丸を飛ばしながら、ネメアは右手を上空へと掲げる。
「アタシをコケにしてくれたご褒美よ? 見せてあげるわ……」
ネメアの右手から大量の血液と思われる赤い液体が上空に放たれる。
血は遥か上空で巨大な球体となり始め、やがて見えていた満月も隠れてしまう程に巨大化した。
そして新宿は闇に包まれた。
その闇の中で唯一、ネメアの両眼と血液だけが赤く輝く。
「血呪・
そう唱えた直後、上空の血の球体から赤黒い光が降り注いだ。
まるで赤いレンズのメガネをかけたかの様に、周囲が赤く染まる。
ネメアの血の弾丸は収まり、ようやく一息つけた。
そしてネメアを見れば、先ほどまでの様子とは異なっていた。
身体中に深紅の紋様が浮かび上がり、漆黒の角が一本、額からまっすぐ伸びている。
「アタシはネメア……血の女王にして始まりの吸血鬼」
ニヤリと不敵に笑い、ネメアは両手を広げて尊大にそう言放った。
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