第172話 狂龍臨天

Side:天霧 英人




「あらあら〜、アナタがコアのガキね? 遅かったじゃない……フフ」


 妖しく笑うその姿見て……俺は抑えられなかった。


「貴様ァアアア!!!」


 怒りの発露と共に、内側から何かが這い上がってくる感覚があった。


『殺ス』


 以前ジャドやルアンとの戦いでも起こった。


 自分とは違う何かが、自分の中で怒りに震えている感覚。

 

 あの時みたいに意識を失いそうになる程、急激に理性のタガが外れていくのを感じる。


『殺シテヤル!』


 なんなんだよ……出てくるな!


『警告――感情の抑制を推奨します』


『殺シ尽クセ!』


 同時に別々の声が脳内に響き渡る。

 

 うるさい……

 

 俺の意識を何かが侵食する中、真祖ネメアの嘲笑が聞こえる。

 

「フフッ……そんなに怒ることないじゃない。アナタがもうちょっと早く来れば、勇者君は助かったかもしれないでしょう?」


 そうだよ……これは俺のせいだ。


 奴らが俺を狙って攻めてくることは分かっていたんだ。


 もっと上手くやっていれば……もっと別の対策をしていれば……


 後悔が後を絶たない。


 大勢の人間を救えたかもしれない、潤さんが死ぬこともなかったかもしれない。


 だから……そんな間抜けな自分に腹が立つんだ。


『警告――感情の抑制を推奨します』


 断る……俺はもっと怒らないといけない。


 自分自身を戒めないといけない。


『殺シ尽クシテヤル!』


 お前は出てくるな。


 これは俺の……俺だけの怒りだ。

 

『ソウルスキル「狂龍臨天」が暴走を開始します』


 そのアナウンスと共に、封印されていた「狂龍臨天」が暴走を開始した。


 体の内側から暴風のような荒々しく膨大なエネルギーと、感情の暴威が溢れ出す。


「グォアアア!!!」


 押し寄せる感情の濁流に、意識が飛びかける。


 くっ……意識を失うわけにはいかない!


 俺は侵食してくる狂龍を、自身の怒りで押さえつけようとする。


 俺の怒りと狂龍の怒りがせめぎ合う。


『殺ス!』


 ああ、殺すさ……ネメアは絶対に、だから黙って――

 

『俺に従え!』


 内側で暴れる感情を、自身の怒りで塗り潰す。


『一時的な魂の支配に成功しました』


 アナウンスと同時に、乱れた意識と荒れ狂うエネルギーが静まった。


「うん……いい気分だ」


 感情の水面には波紋一つ無く、ただただ静かだ。


 だがその下で、今も尚怒りがこちらを静かに覗いている。

 

 俺は自分の掌を眺め、ゆっくりと開閉する。

 

 龍装しているトグロのガントレットの表面に、赤いエネルギーが揺らめいている。


 これは……赤い龍気?


 確か前にも、これと同じものを見たことがある。


 ジャドとの戦いの時と……それから大会の予選の時もあったな。


 そうか……これが狂龍臨天の力か。


 まあいい、早く奴を殺そう。


 眼下に佇むネメアに視線を向ける。


「っ ! ? アンタ……まるで獣ね?」


 獣? あぁ、目が龍のそれみたいになってるのかな?


 鏡ないから分からないけど……そんなことより――


「何に怯えているんだ?」


「っ ! ? 舐めるなよクソガキ! どうせコアに貸してもらった力でしょう ! ?」


 そう叫んだかと思えば、目の前でネメアは右手を振りかぶっていた。


 俺の首を掻き切らんと、真紅の爪が迫る。


 当たったら不味い気がするな……おそらく血を操って手首から先をコーティングしているんだ。


 赤い龍気による龍纒が発動している今の状態でも、攻撃を受けてはいけないと本能が叫ぶ。


 俺は血に触れないように、コーティングされていない肘の付近を掴んで受け止める。


「くっ!」


「血の呪いだろう? それくらい聞いている」


 ネメアの右手を左手で掴んだまま、ガラ空きの胴体に右拳を放つ。


――ドン!


――パリーン!

 

「がはっ ! ?」


 突きによる攻撃の余波で、周囲のビルが悲鳴をあげる。

 

 こんなんじゃ足りない……


――ドン! ドドン!


「がああっ!」


 拳の連撃を叩き込みながら、先ほどから気になっていた事を尋ねる。

 

「ひとつ聞きたいんだが、左腕はどうした?」


 ネメアは左の肩から先が無い。


 出血は見られないから、致命傷ってわけでもなさそう。

 だけど吸血鬼は再生力が凄まじいと聞く。


 真祖吸血鬼であれば、一瞬で治してしまいそうなものだけど…… 


 答えを聞く前に、ネメアを垂直に殴り飛ばす。

 

「っ ! ?」


――ドーン!


 さっきまでの攻撃よりも少し強めに殴り飛ばし、ネメアは垂直に落下して地面へと激突する。


 俺の左手には、掴んだまま千切れたネメアの右腕が残っている。


 アスファルトを砕き、少しばかり地面にめり込んだネメアが起き上がる。


 その右肩からは血が噴き出している。

 

「これねぇ……勇者君にやられたのよ。なぜか再生できないのよねぇ。全く……殺した後にイラつかせてくれちゃって」


 ネメアがそう愚痴っている間に、右腕は再生した。


「彼生き返らないかしら? もう一度殺してやりたいくらいよ」


 そうか……潤さんの攻撃で、真祖でも再生できない傷を負ったと。


 さすが兄貴だ。


 潤さんの死闘は無駄にしない。


「まあ別にどうって事ないわ? どうせ100年くらいしたらそのうち治るわよ」


 そう言いながら、再生しない左腕の部分にドス黒い血の塊が蠢く。


 そして血の塊は左腕の形を形成した。


「フフッ……これで元通り」


「良かった……それならもうちょっと強めに殴っても大丈夫そうだな?」


 今までお前がどれだけの人達を虐殺してきたのか……全部ユミレアさんに聞いてるよ。


 それに加えてユミレアさんが知る歴史以上に、お前は虐殺を繰り返してきただろう?


 今までの全て……何千、何万年の全ての恨みを、俺がここで返してやる。


「召喚」


 大剣を再び召喚し、赤き龍気を刀身に流す。


「狂龍躍動」


 漲る怒りをエネルギーに変え、さらに濃く赤い龍気を纏う。


「ちゃんと再生してくれよ? 百回でも千回でも殺シテヤル」


 俺は大剣を片手に突貫し、ネメアの蹂躙を始めた。

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