第168話 未来へ
Side:御崎 潤
天から舞い降りた、黄金に輝く聖剣。
僕は目の前に現れた聖剣を両手で掴み取る。
これが聖剣……みんなの想いが僕に流れ込んでくる。
希望、感謝、願い、そう言った想いの集合体。
ありがとう……みんなのおかげで、僕はまだ戦えるよ。
鋒をネメアへと向け、正眼に構える。
「良いわねぇ。これで多少は公平に近づいたわよ? フフッ、それならアタシを殺せるもの……」
ネメアの言葉を間に受けるわけではないけど…………それが真実であると思える程、この聖剣は強力な神聖力に満ちている。
さて……どこまでやれるかな。
「
僕は聖剣の神聖力を体に纏う。
もう恐怖はどこにもない。
いつも以上に軽くなったその脚で地面を蹴る。
一足でネメアの背後を獲り、そのまま上段から聖剣を振り下ろす。
ネメアとの間に血の膜が瞬時に張られ、膜が聖剣と衝突する。
――パリン!
あっさりと、聖剣は血の膜を割った。
「フフッ! まあまあってところねぇ!」
しかし既にネメアは回避した後で、聖剣は空を斬る。
やっぱり僕自身の技量が追いついていないか ! ?
「
そして叩き割った血の膜の破片が、無数の小さな槍となって僕に放たれた。
片手を聖剣から離し、急所を守る最低限の防御姿勢を取る。
無数の小さな血の槍が、至近距離で降り注いだ。
「くっ ! ?」
血の槍は纏った神聖力を貫いて、僕の体に傷を増やす。
ネメアの攻撃は厄介だ……どこから攻撃されるかなんて予測できたもんじゃない。
そして奴の攻撃で受けた傷は、霊薬でも治らない。
腕を見れば、ほんのかすり傷なのに、傷口からは大怪我の様に血が溢れている。
どんな小さな傷でも、死ぬか何らかの方法で治療しない限り永遠に残り続ける。
時間は無い……僕はもう止まれない。
攻め続ける!
「聖刃!」
ネメアに向けて、神聖力の斬撃を飛ばす。
――キン!
ネメアは体の周囲に血の剣を作り出し、聖刃を叩き落とす。
どうにかして隙を……
僕はネメアの周囲を縦横無尽に動き回りながら、「聖刃」で攻め立てる。
「聖刃」の数を増やせば、ネメアの周囲を浮遊する血の剣も数を増やす。
手数では攻めきれないか――っ ! ?
しばらく周囲を駆け回って攻撃を続けていると、突然脚がもつれた。
なんとか転倒は避けたが、同時に僕の攻撃も止まる。
視界が一瞬歪む。
そうか……出血が酷いんだ。
殴打によって受けたダメージと先程の血の槍の攻撃が、思いのほか深刻な様だ。
「フフフ……そろそろ動けなくなりそうねぇ!」
悔しいけど、もう体が思うように動かない。
やりたく無かったけど……仕方がないね。
聖剣の鋒をネメアに向け、残りの力の全てを込める。
皆の想いで、聖剣が輝きを増す。
体に鞭を打ち、ネメアへと相打ちの覚悟で突貫する。
「聖刃・乱舞!」
神聖力の刃を無数に放ち、それに紛れてネメアへと向かう。
「芸がないわねぇ……そんな攻撃――」
ネメアが聖刃をいくつか叩き落とした時、どこからか攻撃が飛んで来た。
飛んで来たのはミスリルの矢だった。
魔力も何も込められていない、ただのミスリルの矢。
それは奴を仕留めるためのものではなく、僅かに注意を逸らすための一撃。
顔面に迫った矢を、ネメアは左手で掴み取る。
「っ ! ? 邪魔すんじゃねぇよ死に損ないがあ! ブラッドレイ!」
ネメアは掴んだ矢を片手でへし折り、矢が飛んできた方へ血の光線を放った。
ありがとう……綾。
この僅かな隙を逃しはしない!
瞬時に速度を最大まで上げて、最短でネメアの正面に躍り出る。
「聖剣術……
心臓めがけて、光り輝く聖剣を突き刺す。
「っ ! ?」
ゆっくりと、その胸に聖剣が迫る。
ネメアの驚いた表情が見える。
そして同時に、ネメアが回避しようとしているのが分かる。
ネメアの体が僅かに横にズレていく。
くっ ! ? この状態でも反応されるのか。
だがもう剣の軌道は変えられない。
聖剣が心臓を貫く事はなく、僅かに二の腕を斬りつけるだけに留まった。
僕の全身全霊の攻撃は、奴の命には届かなかった。
だけど……左腕は貰った!
聖剣に込めた神聖力が螺旋となって前方に放たれ、ネメアの左腕を消し飛ばした。
「チッ……やってくれたわねぇ。お返しよ!」
ネメアの表情が怒りに変わり、反撃の動きを見せる。
ネメアの右腕がゆっくりと、僕に迫るのが見える。
もう避ける力は残っていない……
聖剣を突き出した姿勢のまま、僕はゆっくりと死が迫るのを感じることしかできなかった。
――グサリ
「がはっ ! ?」
氷の様に冷たい腕が、僕の胸を貫通した。
「誇って良いわよぉ? アタシに傷をつけた勇者は、アンタで八人目よ。フフッ……あの世で自慢するといいわ」
そう言って、ネメアは僕に突き刺した腕を引き抜く。
八人目か……それって多くない?
そんなどうでも良いことを考えることしかできない。
体に力は入らず、そのまま僕は仰向けに倒れた。
夜の空に、巨大な月が浮かんでいる。
はぁ……勇者になんかなったせいで、あんなバケモノと戦うハメになった。
僕の人生はなんだったんだろうね?
僕は何の為に──
あれ、なんだか体の感覚が無くなってきた……それに、少し寒いな。
あぁそうか、僕はこれで終わるのか……
視界もぼやけてきた……
死んだらどうなるのかな?
またどこかで生まれるんだろうか……
だったら神様、次は平和な世界でお願いするよ。
次は穏やかな人生が良い……学校に通って、友達を作って、遊んで……バカみたいに笑い合って――
穏やかな感情が、急激に恐怖へと変わった。
――あぁ……死にたくないなぁ。
綾……剛……僕は君たちと、そんな普通の人生を歩みたかった。
涼やミトを兄弟みたく可愛がって……それから英人とも……
何も見えない暗闇で、僕はひたすらに夢を見た。
『英人……最初にあった時のことを覚えてるかい?』
『――ん!』
『結局ダンジョンに遊びに行く事はできなかったね……』
『――さい! ――ますから!』
もうよく聞こえないんだ……
『後は任せたよ……』
君に託すよ……
どうか、平和な世界を……
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