第167話 願いの剣

Side:御崎 潤




 僕と綾は並び立ち、ネメアと相対する。

 

「綾……僕が引き付ける。その間に姿を消して、僕の合図を待っていてくれ」


 綾は無言で頷き、ハイドローブを装備して一時退避する。


 綾は姿を眩ませるスキルは持っていない。


 僕が注意を引いて、綾が隠れるタイミングを作る。


 その後は僕次第だけど、決定的な隙をなんとか作り出す。


 その一撃に賭けるしかない。


 幸いニアという公爵と、さっき新たに現れた吸血鬼達の姿はもう無い。

 多分別の場所に向かったんだろう。

 

「次は女を殺そうかしら。最後にアンタよ〜」

 

 ネメアは不敵な笑みを浮かべながらそう宣言する。


「お前の言う通りにはならない……龍纒!」


 僕の体が龍気によって強化され、蒼いオーラが全身を覆う。


 僕の姿を見て、ネメアは意味の分からないことを言い出した

 

「あらぁ……あなた龍王との契約者だったのね? 少し事情が変わったわね、龍王はどこ?」


 龍王? 一体何の話だ……英人君のことか?


 よく分からないけど、ここは適当に合わせるしかない。


「言うわけないだろう? 僕を――」


 その時、ネメアの姿が視界から消えた。


「がはっ ! ?」


 そして次の瞬間には、僕の視界には満月が輝いていた。


「潤 ! ?」

 

――ドーン!


 綾の声が聞こえた瞬間には、僕は近くのビルの壁に叩き付けられていた。


「ぐっ ! ?」


 左腕……それから左の肋も折れたか ! ?


「吐かないなら別に良いわよぉ? 他の人に聞けば良いんですもの」


 剣を杖にして、なんとか立ち上がる。


 契約したことによって使えるようになった「龍纒」というスキル。


 それを使っても、彼我の差が埋まる事は無かったみたいだ。


「大剣の男も龍王も、コアのガキを殺せば出てくるでしょうしねぇ……フフフ」


 僕にはよく分からないけど……

 

「僕が君を殺すんだから……そんな妄想は意味ないぞ」


 そう言いながら折れた左腕にポーションをかけるが、やはり傷は治らなかった。


「フフフ……やっぱり勇者は良いわねぇ! どんな状況でも心が折れないんですもの……ムカつくけど、そんな勇者を殺す瞬間が一番楽しいのよ!」

 

 ネメアの今日1番の高笑いが響き渡る。


「ところでアナタ……聖剣は使わないのかしら?」


「……」


 聖剣ね……僕は一度も使えたことがない。


 原因はなんとなく分かっている。


 僕には何かが足りないんだろうね……勇者の気質だとか、覚悟だとか、そう言ったものが。

 

「あら使えないの〜? でも大丈夫よ? そんな勇者、今まで何百人も殺してきたから」


 そうか……僕はやっぱり、勇者であるべきでは無かったのかもしれない。


「残念だけど、次に現れる勇者に期待しましょうねぇ!」


 再び、ネメアの姿が消える。


「ぐぁ ! ?」


 腹部に強烈な痛みが走る。


 そのまま無防備な僕に、ネメアは打撃の応酬を続ける。


「アハハ! 弱いわねぇ。それで勇者を名乗るのが恥ずかしくないのかしら!」


 打撃の応酬の中で、僕は心の中で静かに言った。


 勇者になんて、なりたく無かったよ。


 10歳で「勇者」だと発覚した。

 それからすぐに、協会の偉い人が家にやって来た。


『聖者特別保護プログラム』……次世代の天霧大吾を目指すと言う名目で施行されたこの制度。


 僕はステータスの発現と共に、国が運営する特別施設に送られた。


 毎日朝から晩まで、ひたすらダンジョンに潜る生活を強いられた。


 そしてある程度探索者として成熟した後は、数多くの紛争地域へと派遣された。


 戦地で武装組織との戦いを強いられ、その名声を高めていく。


 日本に帰って安らげると思っていたけど、待っていたのはメディアの出演や軍事演習へと参加する日々。


 1秒でも早く、この生活が終わることを願っていた。


 それがどんな形でもいい……世界が平和になってもいいし、僕より凄いユニークジョブが日本で生まれるのでもいい。


 それかいっその事、戦場で無抵抗に殺されてしまおうかと思ったこともある……


 そう、このまま楽に……


「はぁ……興醒めだわ。生を諦めた勇者程、つまらない人間はいないのよ? もういいわ……さようなら」


 ネメアの拳に赤い血が纏う。


 今までの笑みとは違った無表情のネメア。


 そして拳はゆっくりと僕に迫る。


 後は任せ――


 その時、僕は横から誰かに突き飛ばされた。


――ドン!


 力を抜いていたせいで、大きく突き飛ばされる。


「え?……」


――グサリ


 そして僕の胸を貫くはずだったネメアの拳は、別の誰かに突き刺さっていた。


「綾……どうして」

 

「ゴフッ……バカ潤! あんたが先に諦めてどうすんのよ! 先に死んだ仲間に、あの世で合わせる顔がないでしょう ! ?」


「チッ! うるさいわねぇ……邪魔しないでくれるかしら!」


 ネメアは串刺しにした綾を、後方へ投げ飛ばした。


 綾……そんな……僕のせいで……


 自然と、視界が歪んでくる。


 後悔と羞恥、悲しみや絶望、さまざまな感情が濁流となって押し寄せる。

 

 僕は……なんて愚かなんだ――


 その時、ふと声が聞こえた。


『頑張れ勇者様ー!』

『助けてくれてありがとう!』

『アンタのことは忘れない! 家族の恩人だ!』

『いつかニッポンに遊びにいくよ! その時は、また勇者様の顔が見たいな!』

 

 それはたくさんの声だった。


 今まで戦地で受けたたくさんの温かい言葉。


 そんな声が、上空から聞こえてくる。


 空を見上げると、そこには大きな光の玉が輝いていた。


 空に浮かぶ光の玉に、四方八方から光が集まっており、徐々にその輝きを増す。

 

「あれは……」


『潤、無理しないでね? いつでも勇者なんて辞めて帰って来なさい。お母さんだけは、絶対にあなたの味方だから……』


 僕の視界の端から涙がこぼれた。


「アッハハ! ここで覚醒するのかしら? さあ! 早くアタシに見せてちょうだい ! ?」


 みんなごめん……諦めてしまって悪かった。


 もう一度だけ頑張ってみるよ……

 

 僕に勇気と、希望をくれてありがとう。


「聖剣召喚……」


 僕の言葉に、上空に浮かぶ光の玉が応えた。


 次第に光は一本の剣を成し、僕の目の前に降り立った。

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