第166話 悪夢の始まり
Side:御崎 潤
「全員、逃げろ……僕が時間を稼いで見せる」
「「「……」」」
誰からも返事は無い。
「アンタ達〜、日が昇る前にこの国落として来ちゃいなさい」
ネメアの言葉の後、再びダンジョンから吸血鬼の群れが溢れ出す。
湧き出す膨大な物量の中に、強力な魔力が複数感知できる。
そしてネメアの周りに、強力な魔力を持つ吸血鬼達が集まった。
「ヒャッハ! 親父が死んだってぇ ! ? つまりは俺の時代が来たってことよお! なあネメア様? 俺を侯爵にしてくれよ」
「ネルダリオ。ネメア様に無礼だ。早く死んでこい」
「うるせえ! てめえは黙ってろ!――」
上空で茶番を始めた今がチャンスだ……
「今の内だ……早くここから逃げるんだ!」
僕は再び撤退の指示を出すが、気を持ち直した綾が続く。
「そうよ……ミトと涼、あんた達は逃げなさい」
綾の言葉に、剛もこの場に残ると言い出した。
「涼、この子を頼む。お前達はまだ若い、これからの日本を背負って立つ人材だ。ここで死ぬ必要はない」
剛は背負っていた少女を涼に預けた。
僕らが助けた少女は、未だに放心状態だ。
もしかすると既に心は無事では無いかもしれないけど、それでも強く生きて欲しい。
言われるがままに少女を預けられた涼は、徐に口を開く。
「僕は……いや、俺は逃げません! この子を安全な場所に届けたら戻ってきます」
「ん……私も一緒に戦う」
みんな何を言っているんだ……あのバケモノが見えないのか?
「だめだ! あのバケモノが見えるだろう? 死ぬのは――」
思わずネメアから視線を逸らし、声を張り上げた瞬間だった。
「まずはこのガキからにしようかしらねぇ!」
涼のすぐ隣に、ネメアが現れていた。
そしてネメアが狙っているのは、涼が抱き抱えている少女だった。
右手を後ろに引き、その手の先に伸びた真っ赤な刃を少女めがけて突き刺す。
だめだ……間に合わない!
そう思った瞬間、ネメアの前に誰かが飛び込んでくるのが分かった。
「不動金剛!」
剛が大楯を構え、ネメアの前に躍り出た。
「フフッ……まずは一人」
ネメアは剛が構えた盾に、そのまま攻撃を続行した。
そして僕は理解していた。
「だめだ剛! それでは防げな――」
――パリーン!
ネメアの右手は大楯を砕き、止まる事無く突き進む。
――グサリ
「バカねぇアンタ……それで防げるとでも思った?」
「がはっ!――」
ネメアの右手は剛の心臓を貫いた。
あぁ……そんな……
すると剛は自分の心臓を貫くネメアの腕を掴み、そして叫んだ。
「ぬん! 涼ぉ! 今の内だ!」
ここでようやく僕は、剛の意図が理解できた。
大馬鹿野郎だよ……君は。
「聖剣術・
僕はネメアを狙って、その首を落とさんと斬りかかる。
――キン!
僕の斬り払いは、周囲を飛び回る虫を手で払うかの如く、あっさり弾かれた。
だけどそれでいい……
「涼! ミト! 早く行け!」
「くっ ! ? ァアアア!」
涼は必死で何かを押し殺すように叫び、少女とミトを抱えて走り出す。
「んっ ! ? 涼! 離して! 嫌ぁああ!」
涼とミトは、あの若さで随分優秀だ。
ここで死ぬには勿体無い才能だ。
これでいい……
「嫌ねぇ……汚い手で触らないでもらえる?」
――ザシュ!
ネメアの腕をつかんだ剛の両腕を、肩から斬り飛ばした。
どうやってやったかもわからない程の早業。
「ぐぅ ! ?」
痛みで泣き叫びそうになるのを、必死で抑える剛のうめき声が聞こえた。
「バーストショット!」
綾の弓術により、炎で強化されたミスリルの矢がネメアを狙う。
――キン! キキキン!
全ての矢が簡単に落とされてしまった。
だがその隙に、僕は倒れた剛を回収してネメアから距離を取る。
綾の背後まで退避し、剛の応急処置を始める。
綾はネメアを警戒しつつ、剛に苦言を呈す。
「剛……あんた、あの子達逃すためにわざと飛び込んだわね?」
「ゴフッ……俺は、漢だからな。どの道俺が割り込まなかったら……涼とあの女の子はやられていただろう」
血を吐きながら、剛はそう言った。
「もう喋るな剛……回復するまで寝ていろ」
僕はマジックリングから、「霊薬」と呼ばれる最上級の回復ポーションを取り出した。
小瓶の蓋を開け、剛の胸の傷に振りかける。
「剛、休ませてやりたいところだけど――っ ! ?」
「傷が治ったら一緒に戦ってくれ」と、そう言おうとした時、異変に気が付いた。
傷が……治らない?
本来であれば、この位の大きな傷でも一瞬で再生する。
だが剛の傷は、再生する気配がまるでない
「あり得ない……聖女の回復魔法と同等と言われているアイテムだぞ ! ?」
思わずそう叫んだ時、女の笑う声がした。
「アッハハ! その傷は治らないわよ〜? そこの男はもう助からないわ〜、アタシの呪いがかかっているんですものぉ……フフ」
血の呪い、そんな……
「潤……綾……俺は幸せだ。最後にミトと涼と、女の子を救えた……」
まだだ!
「剛、まだだ! 英人が来るまで持ち堪えろ!」
僕は剛の胸に空いた穴を、必死に両手で抑えた。
傷口からは血が溢れ、両手が真っ赤に染まる。
両肩からの出血も止まらない。
「潤……楽しい、毎日だった……俺は……俺、は――」
それが剛の最後の言葉だった。
その瞳から光は消え、手に感じていた剛の体温も徐々に失われていった。
まただ……これで何回目だ?
何もできず、ただ無様にその命が尽きるのを見ていることしかできない。
「剛……あんたは最高の漢だったよ……」
綾がネメアを警戒したまま、背中越しにそう言葉を紡いだ。
「っ ! ? ……うん。そうだね……」
僕は立ち上がり、赤く染まった両手を眺める。
剛の死は無駄にしない……僕が奴を殺すんだ。
刺し違えてでも……
憎悪の炎を強く燃やし、僕は再び剣を握った。
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