第164話 深淵への追放

Side:ジン



 

 バハランに闇を展開した直後、英人から魂話が入った。

 

『ジン。敵の詳しい戦力は分かるか?』


 闇の展開に集中しているせいで、少し反応が遅れた。

 

「……英人か。俺は侯爵の一人と戦闘中だ! 悪いが分身を展開する余裕はもうない」


『すぐにそっちに増援を送る。どこにいる?』

 

「その必要はない! 俺は今ソウルの極地に立っている! 俺の勝利も時間の問題だ! フハハ!」


 今の俺が、バハランに敗北する要素はない。

 

 そして英人にそう言った直後、危険を察知したであろうバハランの叫びが聞こえた。


「っ ! ? 呪血解放!」


 闇が奴を完全に包み込む前に、その隙間からギリギリで抜け出した。


「イヒッ! 今のは流石の俺ちゃんもヒヤッとしたよぉ」

 

「良い判断だ。闇が完全に閉じていたら、お前の死は確定していたところだ」


 今ので仕留めたかったんだけどな……やはり闇は展開速度に難がある。


「光」の対となる属性である「闇」は、光の速さとは対極の「極遅」の特性を持つ。


「ジン〜、前より強くなったなぁ。俺ちゃんに呪血解放させるほどになるとはねぇ」


「呪血解放」、吸血鬼の中でも侯爵以上の吸血鬼にしか扱えない秘技。


 血の呪いの力が強化されると同時に、肉体も真祖の血によって強化される。


「呪血解放」した吸血鬼は厄介極まりない。


 その一つが圧倒的な身体能力――


「お前に究極の苦痛を味わわせてやるよぉ!」


 剥き出しの嗜虐で嘲笑うバハランの顔が、俺の鼻先に触れるほどの距離に現れた。


 問題ない……見えている。


 今の俺はひとつの属性魔法を極めたんだ。

 思考加速のレベルは人類の到達点と言ってもいい。


 だが、俺の肉体が思考に追いつくかどうかは別の話だ。


 今の俺の肉体は元々の身体能力が低いことに加えて、老化でさらに動きが鈍い。


苦畜血奔ブラッディ・ペイン!」


 バハランの凶悪に発達した5本の鉤爪が、俺の首元に迫る。


 攻撃は見えているが、避けることができない。


――ピタリ


 だがバハランの爪は俺の首を落とす事はなく、首に触れた瞬間に音もなく静止した。

 

「は?」


 思わず間抜けな声を上げるバハラン。


 俺は首を傾け、鉤爪との接触部分がよく見える様にしてやる。


「ハハ〜ン、これ闇だなぁ?」


 そう、ただ闇で首元を覆っただけだ。


 タネが分かれば大したことではないと、そんなことを思っていそうな表情だ。


「正解だ。『闇』属性は奥が深い……この『闇』は『吸収』という特性を強くしたものだ。非力な俺でも、こうしてお前の攻撃を無力化できる」


「良いねぇ……じゃあこれなら――っ ! ? なんだぁ! ? どうなって……」


 バハランは俺の首に触れた鉤爪を、必死に闇から引き離そうとしている。


 だが奴の鋭い爪は、闇に触れたままピクリとも動かない。


「言ったろう? 『吸収』しているんだ」


「闇」の属性は、「火」や「水」といった属性とは少し毛色が違う。


 運動エネルギーはもちろん、音でさえも闇は吸収する。


 いくら爪を動かそうとしても、触れた闇が運動エネルギーを全て吸収してしまう。


 お前はもう動けない。


「今度こそ終わりだバハラン……深淵魔法――」


「くそがぁ!」


――ザシュ!


 バハランは自らの腕を切り落とすことで、俺の魔法から逃れた。


 そして切り落とした腕は、瞬く間に再生した。


「ああそうだった……吸血鬼の再生力を忘れていた」


 まあいい、こいつを仕留める方法なんていくらでもある。


「ジン……お前強くなったなぁ! だが残念、詰めが甘いんだなぁ……これで終わりだぁ!」


 するとバハランは俺本体への直接攻撃を止め、標的を分身にシフトした。


 地面に力なく倒れている分身達の一人に瞬時に近寄り、その爪を突き立てる。


 自身に未来の俺を複写した時点で、分身への意識は途切れている。


 動かす余裕もないが、その必要もまた無い。

 

「イヒッ! 俺の能力知ってるよなぁ? 今まで他の人間を殺して溜め込んだ苦痛を、分身経由でお前に届けてやるよぉ!」


 なるほど……苦痛を溜め込むのか。

 数百、数万の人殺しで溜め込んだ苦痛を、任意の相手に放出する能力。


 だから奴の攻撃は、掠っただけでこの世の終わりを感じるほどの痛みだったわけか。


「さぁ聞かせてくれぇ! お前の絶叫を!」


 そう叫びながら、バハランはその爪で分身の心臓を突き刺す。


──グサリ


「……」


 しばらくの静寂が場を制す。


「あぁ? お前ぇ……なんで俺ちゃんの血呪が効かねえ ! ?」


「お前と俺の相性は最悪なんだよ……『闇』の特性の中には、五感や精神に作用する特性もあるんだ」


 地球の探索者と呼ばれる者達が使うスキルに、「混沌の一撃カオスストライク」というスキルがある。


 五感をランダムに奪う能力、これには若干だが闇魔法が使われている。


 こいつとの戦いが始まった時、俺は自分に「混沌の一撃」を使用した。


 4回の斬りつけでようやく触覚が俺自身から消えた。


 そしてその効果を少しだけ闇魔法で強化することで、痛覚も同時に消すことができた。


「お前の能力による苦痛は、闇魔法を極めた俺には通用しない。そして驚異的な吸血鬼の身体能力も、俺の闇の前では無力」


 今の俺が負ける道理は無い。

 

「馬鹿な ! ? そんなことが――」


 ようやく俺の言葉を理解したバハランの表情は、愉悦から恐怖へと変わっていく。


「魔力の使い方を少しは修練していれば、結果は違ったかもな? お前達吸血鬼の悪い癖だ」


 吸血鬼は総じて、血呪という真祖ネメアから授かった力を過信し過ぎている。


「ジィィィィンンンンン!」


 バハランは必死の形相で俺に突撃する。

 

 やけくそだな……


 血呪の少しでもその凶悪な鉤爪に込めれば良いものを、奴はただ爪を振るうだけ。


「前回の借りを返してやる……魔素領域支配術」


 俺を中心に、闇がじわじわと広がっていく。


 そしてバハランを闇の領域に閉じ込めた瞬間、前世の敵討ちは成された。


 闇に囚われたバハランは空中で静止する。


「深淵魔法・無限獄」


 周囲に広がった闇がバハランに集まり、真球を形成した。


 バハランを包んだ闇は、徐々に縮小を始める。


 この闇の中では、全てが「吸収」される。


 全てのエネルギーの吸収で、身動きの一切が不可能となる。


 同時に音や光の吸収によって、何も見えず何も聞こえない。


 そして闇が感覚と精神を狂わせ、苦痛や恐怖が永遠と襲い続ける。


 しばらくすると、縮小した闇が極限まで小さくなり、そして虚空へと消え去った。

 

 こうして俺は不死である吸血鬼を、深淵に葬り去った。


 全てを見届けた俺は、ソウルスキルを解除する。


「っ ! ? があああ!」


 だが俺は忘れていた……「並行世界の複写パラレルワールド・トレース」の反動を。


 全身が猛烈な激痛に襲われる中、自身の能力について思い出した。


 そうだった……自分への複写は反動が発生するんだった ! ?


 本来の自分がたどり着けない極地に、一時的に無理やり到達させる。


 それは現実とギャップがある程、反動は特大でやって来る。


 だから自分への複写はやらない様にしていたんだ……ハイになって……忘れて――


 こうして侯爵バハランを圧倒した俺は、反動の激痛によって意識を失った。

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