第163話 パラレルワールド
Side:ジン
現実から1秒先の世界から始まって、百年前の世界、魔族によって人類が滅ぼされた世界まで。
ありとあらゆる無数の並行世界が存在する。
だがそのどれもが、空想の世界に過ぎない。
本当の世界はただ一つ、今この現実のみ。
俺の「
1秒先の並行世界から複写すれば、現実の俺とほぼ同じ能力を持った分身になる。
ただ並行世界は空想、その世界に魂はない。
故に俺は「並列思考」で、その魂の無い抜け殻の分身を操作する必要がある。
「お前に見せてやろう……並行世界の真髄を! 並行世界の複写!」
並行世界から、三人の俺を現実に複写する。
現実に近い並行世界から複写した分身は、ソウルや並列思考のエネルギー消費が少なく済む。
「前世の借りを返させてもらうぞ! バハラン!」
三体の分身を同時に操作し、バハランに向けて突撃させる。
そして本体の俺は足元の影に潜る。
さらに影に潜る直前、短剣で自分の足を4度斬りつける。
「ジン〜、お前の悲鳴が頭から離れないんだよぉ。助けてぇ……もう殺してくれぇ……ってなあ! あの時の快楽が忘れられないんだ!」
――キン! キキン!
三人の分身が闇魔法で影から影へと移動し、予測されない角度から攻撃をしている。
が、バハランは一歩も動く事はなく、分身の攻撃をお喋りしながら捌いている。
闇の収納から取り出した短剣による刺突も、背後からの魔力刀での一撃も、全て右手の爪ひとつで防がれた。
やはり俺とバハランでは、身体能力に差があり過ぎる。
これではいくら分身を増やしたところで、奴に致命傷を与える事はできない。
「ジン〜、隠れてないで出て来てくれよぉ。寂しいじゃないかぁ……千年ぶりの再会だろう? ハグでもしようよぉ……イヒヒッ」
――キン!
分身の一人が武器を弾かれた。
――グサリ
そのまま喉を貫かれ、分身は痙攣しながら脱力する。
そしてバハランは耳に手を当てる。
「あれぇ? おかしいなぁ……悲鳴が聞こえない? ああ! 喉を潰してしまったからかなぁ……次は気を付けよう」
「
俺は分身を一人補充し、影の空間で準備を進める。
「まだ続けるのかぁ? お前も身をもって知ってるだろう? 俺とお前の相性の悪さをさぁ」
バハランの血呪の能力と、俺のソウルスキルの能力は相性が悪い。
バハランの能力は、痛みを増幅して与える類の能力だと前世の経験から推測している。
ほんの小さな擦り傷でも、まるでノコギリで腕を切られている様な激痛が走る。
こうして影に隠れて分身を突撃させても、分身が攻撃を受けることによって発生する痛みが本体である俺を襲う。
バハラン以外との戦闘で、こんな事は今まで無かった。
近接戦闘は得意じゃないから、俺はこうして分身を使っているというのに……
俺と奴との相性は最悪だ……
と、この地球という星で生き返るまではそう思っていた。
ここ数週間東京を監視していた俺は、ずっと監視だけをしていたわけではない。
並列思考と分身を使って、俺はこの星のあらゆる叡智を読み漁った。
脅威的なまでに進んだこの世界の医学は、俺に新たな扉を開かせた!
大勢の分身で医学書を読み漁り、そのせいで監視が多少疎かになっていたことはここだけの秘密だ。
一番はやはり糖質の概念、おかげで俺自身への理解が進んだ。
俺は小さい頃から体を動かすのが苦手だった。
だから俺は、分身の数で優位を取り、正面から戦わない暗殺の腕を磨いてきた。
俺は筋肉や他の身体器官を動かすのに必要なエネルギーのほとんどを、脳へのエネルギーに変換してしまう特異体質だったようだ。
そしてそれは、俺のソウルスキルの影響である事もなんとなく理解した。
俺は並行世界を観測するために、他の人間より脳のエネルギーを必要としている。
そして見つけた。
最高効率で脳へエネルギーを供給する手段を!
おかげで並行世界がよく見える!
あらゆる魔法を極めた俺か……それとも剣術を極め、剣聖の称号を得た並行世界の俺か。
勇者になった世界の俺も良いな!
さあどれを
どれも迷うが……やっぱりこれだろう。
「バハラン……俺とお前の相性は最悪だ」
俺は影から出て、バハランの前に姿を表す。
「やっと出てきたぁ……ジンさぁ、千年前と同じままなのかぁ? 違うよなぁ? もっと抵抗してくれないと、死に際の苦痛に歪んだ顔が際立たないだろう?」
「ひとつ教えてやるよバハラン……相性が最悪なのはお前の方だったみたいだぞ?」
「何を言ってんだぁ? 今更……」
「お前にとって俺は、天敵ってやつだ」
俺の能力にとって、こいつはカモだったんだ。
「イヒッ……ヒヒヒ! 良いなぁ! そのくらい強がってくれなきゃ興醒めするところだったよぉ!」
「
俺は本体である自分自身に、並行世界の俺を複写する。
勇者や剣聖として大成した並行世界の俺を複写するには、ソウルが微妙に足りない。
できなくはないが、稼働時間はほんの数秒ってところだ。
現実の俺から離れ過ぎた並行世界を複写するには、大量のソウルを消費する。
複写する世界が現実に近い程、エネルギーの消費は抑えられ、長時間持続させることができる。
今回複写するのは現実の俺の延長……つまり未来の俺だ。
バハランを倒し、その後も戦場で活動できる程の余力を残せるであろうギリギリの未来。
今から50年後、死にゆくその間際まで闇魔法の修練をし続けた仮想の未来の俺だ。
そうして複写が完了すると、全身が少し重たくなる。
頭に巻いている布が、伸び切った髪の毛によって解けていく。
「もうこれは要らないな……」
目元だけを出し、闇に潜みやすいように全身を黒く覆っていた布を捨て去る。
「へぇ……君ってそんなに年取ってたんだ?」
俺の素顔を見たバハランがそう言った。
まあ50年後の俺だからな。
右手で顎を触ると、無造作に伸び切った髭があった。
視界に垂れてくる前髪も、白く染まっている。
体が重たいと感じたのは、歳をとったからか……まあ問題ない、動く必要なんてないからな。
「バハラン……お前はもう俺には勝てない。俺から逃げる事もできない……ただここで死にゆくのみだ」
「ヒヒヒ! 『無限』のジン! やっぱり最高だなぁお前ぇ!」
バハランが血の短剣を振りかざし、俺の首元めがけて疾走してくる。
「今の俺は『無限』じゃない……『深淵』だ」
右手をかざしただけで、バハランを闇が包んだ。
今度はお前の悲鳴を聞かせてもらうぞ。
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