第162話 反撃の龍咆
クランハウスから少し離れると、市街地が見えてくる。
良かった……まだこの辺りは無事みたいだ。
東京の西側、八王子市周辺の被害はまだない様に見える。
そのまま全軍を連れて飛行し続けると、遥遠くの上空、都心方面から黒い波が押し寄せて来るのが見えた。
「止まれ!」
全軍にそう指示し千里眼のスキルで確認すると、黒い波は吸血鬼の群れだった。
それが視界一面に広がり、前方の地平線が黒く染まっている。
――ゴクリ
誰かの固唾を呑む音が聞こえた。
「なんて数なのよ……あれが全部敵だって言うの?」
「これ戦力差何倍だよ。あの黒い波はどこまで……」
レイナと大地ですら、吸血鬼の数に慄いている。
侯爵や伯爵など、個々の戦力差でも大きく負けているのは分かっていた。
だがあの数は……いくら個人が強かろうが脅威でしかない。
俺はすぐにジンに魂話を繋ぎ、状況を確認する。
「ジン。敵の詳しい戦力は分かるか?」
いつもならすぐに返事が返ってくるが、少しの静寂があった。
『……英人か。俺は侯爵の一人と戦闘中だ! 悪いが分身を展開する余裕はもうない』
まずいな……
「すぐにそっちに増援を送る。どこにいる?」
『その必要はない! 俺は今ソウルの極地に立っている! 俺の勝利も時間の問題だ! フハハ!』
なんだか妙にテンションが高かったが、あの様子なら大丈夫だと信じよう。
今は目の前の大群をなんとかしないと……
吸血鬼の黒い波は、どんどんこちらに迫ってきている。
「おい! あいつら……地上の民間人を ! ?」
誰かがそう声を上げた。
吸血鬼達は空を飛行しながら、その一部が続々と地上に降り立っていくのが見える。
吸血鬼が降り立った場所からは、その場に居合わせた探索者との戦闘が始まり、所々から火の手や魔法攻撃の余波が上がる。
そして一般市民が、襲い来る吸血鬼から逃げ惑う姿があちこちで見られる。
「あ、兄貴! 早く助けねえと ! ?」
後ろを振り返れば、皆一様に表情は暗い。
襲われている人々を助けたい気持ちはあるが、夥しい敵の数に脚がすくんでいる。
ここでようやく、みんなは敵の強大さを理解した様だ。
指揮が下がり始めている……俺がなんとかしないと。
「みんな……少し下がって」
皆にそう言って、俺は両手を空へ掲げる。
指揮を上げるのは、全軍を率いる王の役目……
掲げた掌から、頭上に龍気を集める。
使う龍気は100万、視界の敵を殺し尽くし、味方の指揮を上げるのなら安いもんだ。
――ゴゴゴオォ!
膨大な量の龍気が、徐々に巨大な球体となっていく。
そうして集めた龍気に、トグロの補助で雷の性質を付与する。
――バチッ! バチバチ!
そこから俺は、集めた龍気を蛇龍の形に変形させる。
さらに「魔法構築術」によって、「放電」・「拡散」・「電荷」と、敵を屠り尽くすための性質を可能な限り付与する。
完成したのは世界の終焉を体現する黄金の神龍。
トグロの全長よりも遥に巨大な、世界を呑み込まんとする雷の龍。
世界を明るく照らし、バチバチと雷を散らせながら今か今かと俺の号令を待っている。
「喰らい尽くせ……龍雷魔法・
両手を前方へと振り下ろす。
『グォアア!』
雷の咆哮を轟かせながら、雷龍はその大口を開けて吸血鬼の群れに超速で迫る。
高層ビルを丸呑みにできるほどの顎が、吸血鬼達を呑み込んでいく。
「「「――アア!」」」
小さく聞こえた吸血鬼の悲鳴も、すぐに雷の轟音でかき消されていく。
雷龍が吸血鬼を喰らう。
雷龍は龍気で作った雷そのもの……奴らはその胃袋に到達する前に、無限とも思える程の感電によって塵も残さず焼き尽くされる。
俺が今日までに試行錯誤の上に完成させた魔法の一つ、対軍勢用の超広範囲殲滅魔法だ。
雷龍は吸血鬼の群れの中を縦横無尽に喰い破りながら進んでいき、一瞬にして数千体の吸血鬼を感電死させていく。
――ゴロゴロゴロ!
『グォアア!』
激しい明滅と轟音の後に、雷龍の咆哮が轟く。
そして雷龍に丸呑みされずとも、全長数キロメートルに及ぶ雷龍の体は常に放電している。
近くを雷龍が通っただけで、体から放たれる放電によって感電する。
――パパパパァン!
まあ、放電なんて生やさしいものじゃない。
もはや落雷だ。
落雷が四方八方に放たれ、命中した吸血鬼は超高電圧で消し飛んでいく。
「兄貴……なんすかアレ ! ? 敵が可哀想に思えて来たっす!」
魔法の発動からわずか17秒で、視認できる吸血鬼は跡形も無く塵となった。
肉の焼け焦げた匂いが、風に乗って俺達の鼻腔を刺す。
「うっ……」
「くさ……」
敵の戦力も大幅に削れた……と思いたい。
空の敵を一掃した俺は、改めて指示を与える。
「俺はこのまま上空を進んで潤さんと合流する。サクヤの部隊は引き続き上空から敵を殲滅、それ以外は地上から攻める――」
サクヤを隊長として編成された5000のドラゴニュートの部隊、全員が弓術か魔法を重点的に訓練されている。
彼らには上空から戦場の状況を確認する役目と、各地で味方を上空から援護してもらう。
残りの全員は、地上から都心に向かって市民の救助と、地上に降り立っている敵の殲滅を行ってもらう。
主力メンバーを二人一組で等間隔に配置し、新宿を中心に扇状に展開する。
俺たちのいる東京の西側から、横に大きく広がりながら首都へと進軍する感じだ。
市民を救助しながら敵を殲滅し、安全圏を確保しながら新宿を目指す。
全員が新宿に集まる頃には、おそらく敵は真祖ネメアを含む少数になっているだろう。
まあ、このローラー作戦がうまくいけば……だけどな。
どこで崩れるかはわからない……
「全員! 人命救助と敵の殲滅が最優先だが、周囲への被害は極力避けろ! そして伯爵以上の敵と遭遇した場合、すぐに俺に報告しろ!」
「「「仰せのままに!」」」
「「「おう!」」」
ドラゴニュート達の返事の後に、レイナ達がそう返事をした。
「それから……万が一命の危険を感じた場合、全てを捨てて逃げることを俺が許可する」
その時は、日本中の恨みや叱責を俺が受けるさ……
彼らの返事を聞かず、俺は号令の合図を出す。
「団旗を掲げろ!」
クランのロゴが描かれた旗を一部のドラゴニュートが頭上に掲げ、ドラゴニュートとクランメンバーの全員がロゴ入りのマントを羽織る。
これは見た目が魔物に近いドラゴニュート達を見て、一般市民が怯えないためのものだ。
空に留まるサクヤ達の乗るワイバーンにも、地上から見えるように大きくロゴの描かれた布を腹部に装着している。
「突撃!」
4万のドラゴニュートとクランメンバー達が横に大きく広がり、地上に降り立つ。
地上に降り立った後はワイバーンを龍装に戻し、今度は龍馬に乗って地上を駆ける。
「俺について来いテメエら! ネメアのとこには俺らが一番乗りだぜ!」
「姉さん! 市民を助けるのも忘れずにね ! ?」
「姉御に続けぇ!」
「「「ハッハー! ぶっ殺してやるぜ鬼ども!」」」
リュウキの部隊は血の気が多い奴が集まっている。
それを抑えてくれるようにと、穏やかな者が多いリュウガの部隊にペアを任せた。
まあ兄弟だしな。
「行って参ります」
リュートだけはペアではなく、単独で一万のドラゴニュートを率いている。
「行ってこい。期待してるぞ」
「はっ!」
主力の全員に何かしらの「武装ガチャ」産の高レア武器を預けてあるし、ドラゴニュート達の装備も十分に整えてある。
みんな……頼んだよ。
突撃する仲間達を見送った俺は、潤さんに魂話を入れる。
「潤さん。聞こえますか?」
『……』
少しの間待っていたが、潤さんからの返事は無かった。
嫌な予感がする……急ごう。
こうして、俺は潤さんとの合流を急いだのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます