第148話 変わらぬ未来

Side:弥愁 未来




「未来、クランの方はどうだい? 楽しくやってるかい?」


 隣を歩くお父さんが、私にクランの様子を聞いてくる。


 今日はお父さんとお母さんと、新宿に遊びにきている。

 私が「龍の絆」に入ったことで、両親はとても嬉しそうにしている。


 そのお祝いも兼ねて、家族で食事をしようってなったの。


「うん! とっても楽しいし、みんないい人ばっかりだよ」


 私がそう答えると、お父さんは嬉しそうに微笑む。


「そうかそうか、よかったなぁ」

  

「それより未来、夜は一人で大丈夫? うなされてない?」


 話を聞いていたお母さんが、私を心配してそう聞いてくる。


「大丈夫だよ。お友達ができてね、そのお友達が毎晩お話に付き合ってくれるの!」


 怖い夢を見ても、キンちゃんが必ず心配して見にきてくれる。


 毎日キンちゃんとはお茶を飲んで、二人でおしゃべりするのが日課になった。

 最近だと時々セツナさんも居たりして、3人になることもある。


「そう……フフ、よかったわね。今度お母さん達に紹介してね。そのお友達にお礼しなくっちゃ」


「うん! 今度お家に連れて行くね」


「それにしても天霧君はすごいよねぇ。あんなに若いのに大したもんだ。お父さんも彼みたいに、探索者として成功してみたかったなぁ」


 お父さんは口をひらけば、英人さんを羨ましがっている。


 お父さんのジョブは下級の「剣士」だから、探索者になる事は諦めたらしい。

 普通に会社勤めをしてる。


「今からでも遅くないかもよ? 英人さんにお願いすれば、お父さんも活躍できるようになるよ!」


「そうかい? それならお父さんも、もう一度探索者やってみようかな!」


「あなた、調子乗らないの」


「はい。冗談です」


 そんな風に楽しく会話しながら歩いていると、唐突に爆音が轟いた。

 

――ドカーン!


 爆音が鳴り響いたのはすぐ近くだった。

 私たちの歩いている進行方向から聞こえた。


 そして爆音の次に、誰かの悲鳴が響く。


「キャー!」


 悲鳴は前方から、徐々に波のようになってこちらに近づいてくるのが分かった。


「化け物だー!」

「逃げろー!」

「嫌ー!」


 何? 何が起こって――


「一体何が……とりあえず逃げよう。なんだか普通じゃない!」


「そうね。早くお家に帰りましょう。未来、ここから離れるわよ!」


 異変を察知した両親は、素早く私の手を握って走り出す。


 足がもつれそうになるも、両親の手をしっかりと握り、元来た方へと引き返す。


 そして両親と一緒に走りながら、時々後ろを確認する。


 目に入ってくるのは、わたしたちと同じように走り出す人々。


 そしてその後ろ……いや上空に、何やらたくさんの羽の生えた人影が飛んでいるのが見えた。

 黒い羽に全身黒づくめの衣装の魔物の様な人影。

 

 何あれ……魔物 ! ? どうして魔物が地上に――うっ ! ?


 その時突然、激しい頭痛に襲われた。


 思わず両親の手を離し、頭を押さえてその場に蹲る。


「未来!」


 後ろから押し寄せる人の波に呑まれないように、お父さんとお母さんが私のそばに来る。


 そして私の頭の中には、夢で見る悪夢が高速で流れる。


 いや……いやだ……


 いつもの夢の中じゃない。

 これは未来視の能力によって見える未来。


 未来視は数秒から数分後に訪れる未来が見える。


 私は確信した。


 あの悪夢が、もうすぐ現実になると。


「いやぁ……いやあ!」


「どうした未来!」

「未来! 大丈夫 ! ?」


 そして後ろから押し寄せる人の波は消え、私達は取り残された。


「ハハハ! 逃げろ逃げろ! 泣けや叫べや!」

「ヒヒヒ! あら〜逃げ遅れちゃったね〜、可哀想に」

 

 そんな笑い声が、すぐ後ろから聞こえた。


「な、なんだお前達は ! ?」


 お父さんの声……


 駄目……お父さんとお母さんを守らないと。


 私は痛む頭を押さえながら、声のする方へと振り返る。


 そこに居たのは二体の化け物。


 黒い羽、黒い衣装、真っ赤に染まった二つの眼、2本のツノに三日月のように上がった口角、そこから見える鋭い犬歯。


「ヴァンパイア……」


 二体のヴァンパイアに向き合う私達家族。


「未来……逃げなさい」


 お母さんが、私の方を見ずにそう言った。


「お父さん達が時間を作るから、お前は逃げなさい!」


 聞いたことのない声量で叫ぶお父さん。


「駄目……嫌だよそんなの――」


 そして換装の指輪から剣を取り出し、お父さんの前に踊り出ようとした瞬間だった。


――シュッ


 風切り音の様な音。


――ボトリ


 何かが地面に落ちる音。


 何が起こったかを理解できなかった……理解したくなかった。


「逃げ……ろ」

 

「あぁ……おとう……さん」


 お父さんと目が合う。


 私はその場にへたり込んでしまった。


「あ、なた……いやあ! 貴方!」


 お母さんが目の前のヴァンパイアを無視して、上半身だけのお父さんに縋り付く。


「ケハハハ! かっこいいね〜」

「俺らから逃げられるわけないのにな〜、無駄にカッコつけちゃって。ププッ」


 お父さん……なんで……


「貴方! いやあ! 起きて!」


「ピーピーうるさいねぇ」


――ズブリ


 片方のヴァンパイアが、お母さんの心臓を貫いた。


 私は動けなかった。


 怖くて足が震えてる……思考もまともに回らない。


 ただただ震えて、目の前の光景を眺めている事しか出来なかった。


 ああ……これは夢だよ。


 そうだよ……いつもみたいに、もう少ししたら目が覚めるんだよ。

 

 そしたらキンちゃんとお茶飲んで――


 そうして時間だけが過ぎた。


 一向に夢は覚めなかった。


「あ〜ら、ウンともスンとも言わないねぇ」


 そんな声が聞こえた。


 お父さん、お母さん……


 流石の私も理解した。


 これは現実だと。


「お父さん! お母さん!」


 私は化け物を無視して、お父さんとお母さんの体を揺する。


 手が赤く染まり、視界が涙歪んでいく。


「起きてよ……いやあぁあああ!」


 ただ叫んだ。

 夢と同じ様に、私は両親の亡骸を揺すりながら泣き叫ぶことしか出来なかった。


 何も出来なかった……私には何も変えられなかった。


 誰か……


 誰でもいいから……


「やあっと泣いてくれた」


「これで血が美味くなるねぇ」


「早速頂こう。俺もう腹ペコなんだよ」

「賛成〜」


「あの世でパパとママに合わせてあげるか――」


 そんなヴァンパイアの会話が聞こえた直後、何かを斬る音が鳴った。

 

――ザシュ


「――あれ?」


 思わず顔を上げて前を見ると、そこには男の人が立っていた。


 剣を振り抜いた姿の男性。

 その目の前で、ヴァンパイアの首が落ちている。


「お前達は許さないよ……ゲス野郎どもが!」


 そこにに居たのは誰もが知っている人物だった。


「勇者」御崎潤。


「遅くなって本当にすまない……」


 しかし全てを失った今の私には、勇者は希望たり得なかった。


 

 

 

 

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