第129話 変死体


 万丈さんとの面会から、さらに4社中1社との契約が決まった。


 飲料水メーカーの「ヨントリー」という企業で、その名前を知らない人は日本ではいないぐらいには有名だ。

 向こうの契約条件はCMなどの広告塔として、アーサーさんを起用させてほしいとの事だった。

 

 広告塔の起用が俺だったら、間違いなく断っていただろう。

 実際に他の3社は、俺を広告塔にしたいという企業だった。

 事前の連絡にその条件が含まれていなかったのに、面会でいきなり提示された。

 そういうやり方は好きになれないから、もちろんお断りした。


 だが一社だけ、アーサーさんを起用したいと言ってきた。


 その場で契約を結んじゃったけど、アーサーさんは別の仕事で今はクランハウスに居ないから、本人の意思確認はできていない。

 だけどアーサーさんはそういうの喜んでやるタイプだと思う……多分。


 まあ、アーサーさんが帰ってきたらちゃんと話すさ。


 というわけで、初日からいきなり2社と契約できたのは幸先が良い。


 ひとまずみんなの給料とか、クランハウスの維持は問題なくできそうだ。


 さて、残る今日の予定は御崎さんとの会談だけとなった。


 緊急って言ってたけど……


 なんとも言えない不安が襲ってくるが、俺は予定していた時間通りに御崎さんに連絡した。


 代表執務室には俺だけとなり、執務机のモニターを起動する。

 目の前の宙空にスクリーンが投影され、御崎さんと繋がった。


『やあ、忙しいところすまない。ちょっと共有したいことがあってね』


 御崎さんはおそらく新宿にあるブレイバーズの本部だろう。

 俺と同じ代表執務室と思われる部屋が見える。


「いえ、気にしないでください。今日はどうしたんですか?」


『そうかい? じゃあ早速本題に入ろう。昨夜新宿で、妙な変死体が2件発見された』


「変死体?」


 殺人事件か何かだろうか?


『ああ、とりあえず写真を見てほしんだが……問題ないよね?』


 食事を済ませた後でよかった……


 少し気を引き締めて、御崎さんに返答する。


「大丈夫です。お願いします」


 するとモニターに、二つの変死体の写真が映し出された。


「これは……」


 遺体を一言で表すならば……ミイラとでも言おうか。

 全身の水分が無くなった様な、干からびて骨と肉に皮が引っ付いているように見える。


『遺体は二つとも、人気のない路地裏で見つかったものだ。おそらく死因は、極度に血を失ったことによる重度の出血性ショックだというのが鑑識の報告だ』


 遺体のあの青白い肌、おそらく一滴も血が残っていないと思われるほどの蒼白。


 まさか……


「吸血鬼……」


 俺の一言に、御崎さんは反応する。

 おそらく御崎さんも同じ考えだったんだろう。


『さすがだね……僕もそうじゃないかと思って、今回君に話しておこうと思ったんだ。吸血鬼と戦った君がそう思うなら、おそらくそうなんだろうね。さらに言うと、遺体の首には噛みつかれた様な跡も残っていた』


 クソッ……奴らは既に動き出していたのか。


『犯人と思われる目撃情報はまだ出ていない、次の被害が出る前になんとかできれば良いんだけどね』


 どうすれば……奴らはどこに潜伏している?


「御崎さん、俺に何かできることがあれば協力します」


 俺がそう提案するが、御崎さんは必要ないと言った。


『大丈夫だよ。明日からブレイバーズの総員で調査が始まる。こっちは僕に任せて、君はクランの方に集中してよ』


 相変わらず後輩思いの先輩だ……


『まあ代わりに、君が戦った吸血鬼について、もう一度詳しく教えてくれないか? もしかしたら大規模な戦闘になるかもしれないからね。クランのみんなにも共有しておきたい』


「わかりました――」


 俺はその後、ユミレアさんにも吸血鬼について詳しく聞いた。

「魂話」で話を聞きながら、御崎さんにも共有した。



「俺が戦った吸血鬼はミスリルが有効でした……後これはユミレアさんからの情報ですが、上位の吸血鬼は血の呪いを使ってくるそうで、絶対に血に触れるなとの事です」


 俺がニダスと戦った時はえらい目に遭った。

 吸血鬼の血が掠っただけで、俺の腕や脚は吹き飛んだ。

 それをニダスだけでなく、上位の吸血鬼ならばデフォルトで所持している力だとしたら……かなり厄介だ。


『なるほど……ミスリルを全員に装備させておこう。それから上位の吸血鬼が使う血の呪いね……君が戦ったのは伯爵と名乗っていたんだよね? だとすれば、侯爵とか辺境伯とかもいたりしてね……ハハハ、実に厄介だ』


「笑ってる場合じゃないですよ……結構危険な相手です」


『そうだね……だけど大丈夫さ。日本には英人君、君がいるから安心だ』


「それは俺のセリフです。日本には『勇者』御崎潤がいるんですから。俺の出る幕はないかもしれないですよ?」


『まあ、こっちは僕に任せてよ。気にせず、クランの仕事を優先してくれ』


 最初は暗い雰囲気で始まった会談だったが、最後はそんな冗談を話していた。


 こうして御崎さんとの緊急会談が終わった。


 静かになった執務室で、俺はこの先の未来を考えて焦りを覚えていた。


 思ったより奴らの動きが早い……もう時間的猶予は僅かかもしれない。


 欲を言えば、こちらからEXダンジョンに向かうまで大人しくしていて欲しかったが、現実はそう上手くは行かないようだ。


 色々急がなければならないな……

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