第90話 歪

 翌日、俺は鈴を連れて池袋支部に来ている。

 

 A級昇格試験の時に使った仮想戦闘室を、天道支部長にお願いして融通してもらった。


「それでは、『武神流格闘術』の鍛錬を始めよう。英人は私と組み手、小娘共は型稽古からだ!」


「「「お願いします」」」


 今日はキューブの仮想空間の中で、俺と鈴とミトさんの格闘術の稽古だ。


 鈴とミトさんを参加させるのには理由がある。


 先日の第二ラウンドで雪嶋セツナと弥愁未来のステータスを見た時、二人は技能である「雪嶋流抜刀術(初伝)」を習得していた。

 俺がステータスを見た中で今の所、「技能」を習得していたのはこの二人だけだ。


 天道さんや他の選手もこっそり確認したけど、「技能」を習得している人はいなかった。


 なら「技能」はどうすれば習得できるのか?


 今回はその実験も兼ねていると言うわけだ。


 まずはミトさんと鈴と俺で、誰が「武神流格闘術」を技能として習得できるのか?


 全員が習得できるのであればなんの問題もないが、おそらくそうはならないと予想している。

 もし皆が習得できるものならば、そもそもスキルと言うシステムの存在理由が薄くなる。

 

 もしミトさんが習得可能であれば、他の誰もが「技能」を習得することができるようになる。

 反対に習得不可ならば、「技能」を習得するには何らかの条件が必要と言うことになる。


 その条件を探るために、今回は鈴を参加させた。

 鈴は俺と「魂の契約」を結んだことで、技能の習得が可能になっているかもしれない。


 そして俺の場合だが……俺は少し特殊すぎるから、習得の条件を割り出しづらい。

 俺だから習得出来たでは意味がない。


 しばらくはミトさんと鈴の様子を見て、「技能」習得について探っておきたい。

 

 本当はもう一人、ユニークスキルを持った人物を参加させたかったけど、ちょうどいい人物が居なかった。

 レイナは決勝で対戦するかもしれないし、アンナさんは大会の準備で忙しいらしい。

 ユニークスキルの有無が技能習得に影響するかどうかは、またの機会にしよう。


 俺は思考を止め、修行に励む妹に目をやる。


「せい! せい!」

「フン! フン!」


 鈴とミトさんが、ユミレアさんに見守られながら正拳突きを交互に打ち出している。


「闇雲に突くな! 敵が目の前に居ることを想定しろ!」


「はい!」

「ん!」


 二人とも魔法系のジョブだから、本来は「魔闘術」などの前衛のスキルは習得出来ない。

 ジョブに関係なく「技能」が習得可能なのであれば、世界の常識は覆ることになる。


 1日じゃ結果は出ないだろうから、二人にはしばらく修行を続けてもらうことになる。


 俺も次の試合に向けて、できる限り強くなっておきたい。


「待たせたな英人、始めようか」


「はい。お願いします」


 互いに拳を構え、格闘術の修行を開始した。


  


 それから数時間ほど、ユミレアさんとの組手を続けていた。


「どうした! ガードが甘くなっているぞ! はっ!」


 長時間に渡る修行で、さすがの俺も限界が来ていたようだ。

 

「がはっ ! ?」


 ユミレアさんの拳は俺の腹に突き刺さり、数メートルほど地面を転がる。


「はぁ、はぁ……」


 仰向けに倒れ、盛大に息を切らす俺にユミレアさんは涼しい顔で近づいてくる。

 

「この辺で休憩にしよう」


「はぁ、はい……」


 大地に転がり息を整えつつ、このタイミングでユミレアさんに聞いておきたいことを済ませておく。


「ユミレアさん。この前言ってた、地球の魔道具がおかしいと言う話、詳しく聞かせてください」


 先日の第二ラウンドの試合の中で「榊光大」が使用していた魔道具を見て、ユミレアさんは驚いていた。


「ああ、何というか……この世界は歪な気がするのだ」


「というと?」


「魔道具の技術だけ、イヴァよりも遥に地球の方が優れている」


 魔道具の技術か……


 魔道具には二種類あって、ダンジョンから手に入れる物と、企業が開発したものが存在する。


 野営に使う「結界石」はダンジョン産、俺の龍感覚をもすり抜ける「ハイドローブ」はレグナ社製の魔道具だ。

 

 まあ、ダンジョンが出現する前まではそれなりに科学技術が進んでいたわけだし、そんなに不思議とは思わないけど……


「地球の人間は魔力の扱い方も不自由なのに、どうして魔道具を作ることができる?」


 ふむ……確かに言われてみればおかしな気もする。


「魔力を動かせないと言うことは、魔石に蓄えられた魔力を引き出すことは難しいはずなんだがな」


 うーん……確かに不思議だ。


 50年前までは使われていた火力発電や風力発電など、今ではほとんど行われていない。

 その代わり、魔石から魔力を引き出して、それを電気や火に変えているとか何とか。

 

 あまり技術系は詳しくないけど、魔力を扱えないのにどうやって魔石の魔力を引き出しているんだろう?


 まあ、これに関してはあまり本気で調べなくてもいいかな。

「技能」と違って俺の力になるかは今の所微妙だし。


「これに関しては、ただ地球の技術者が優れていただけかもしれんがな。さて、そろそろ修行の再開と行こうか」


 おっと……もう再開か。


 まだ疲労が回復しきってないし、ユミレア産には他にも聞きたいことが山ほどある。


 ユニークスキルの事とか、俺の「狂龍臨天」の話とか、龍王様の事とか。


 まあ今は次の試合を優先するけど、空いた時間で解消しておきたい。


 さあ、修行頑張ろう。




 ***

 時は遡り、英人の第二ラウンド試合中

 

 Side:???

 

「侯爵様、アレが件のコア持ちの人間ですか?」


 同行させている従者が、無礼にも私に問うてくる。


「その様だな……想定よりも力をつけているようだ。やはり手に負えなくなる前に始末すべきだろうな……」


「じゃあ、始末してから帰りますか?」


 それも一つの選択肢だが……

 

「いや、此度は予定通り偵察にとどめておく。ネメア様はゼラ様の御前に向かわれて不在であるし、我らだけでは逃げられる可能性がある」


「それは残念です。代わりに何人かその辺の人間を狩って帰りましょうよ!」


 はぁ……こやつは頭がよろしくない。

 同じ候爵のバハランの息子でさえなければ、同行させずに済んだものを……

 

「人間の備蓄はすでに十分あるだろう。余計な事はせず、このまま『アデン』へ帰還する。いくぞ」


「は〜い」


 私はゲートを開き、従者と共に『アデン』へと帰還した。

 


 

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