第85話 第二ラウンド開始・最初の脱落者

 第二ラウンド当日、試合開始直前。

 

 池袋支部の横に併設されている闘技場は超満員で、立ち見のチケットも即完売するほどの賑わいを見せている。


 A級眷属を召喚してから丸二日間、俺はユミレアさんとみっちり修行していた。


 魔力操作の鍛錬に加えて剣術や格闘術の修行も始まった。

 今まで感覚で行なっていた攻撃も、そこにロジックが加わることでより確かな実力となっていることを二日間で実感できている。


 短い修行で実力がついたのも、あの日から毎日剣を振っていたおかげだ。


 俺は拳を強く握って、少しばかりの緊張をほぐしながら武舞台に上がる。


『今選手の入場が始まりました! 英雄杯第二ラウンド、今日この池袋支部の代表が決まります!』


「「「うおお!」」」


 観客の熱狂に、闘技場全体が揺れる。


 すごいな……予選でこれか。

 あらゆる大会で優勝していた父さんは、一体どれほどの声援に包まれていたんだろう。


 武舞台に上がった選手達の中には個別の声援を受ける者もいた。

 

「「「雪嶋センパ〜イ! 頑張って〜!」」」


 雪嶋セツナは同級生の女子から黄色い声援を受けている。


 同性人気がすごいんだな……彼女は。


 俺は客席に手を振る袴姿の雪嶋セツナに目をやる。


 綺麗な長い黒髪を後ろで縛り、凛とした雰囲気のある女の子だ。

 彼女の使う「雪嶋流抜刀術」は少し興味がある。


「みちる様ぁ!」

「てーてー!」

「マイエンジェ〜ル!」


 こちらは野郎の声援がほとんどだな……


 あれが「桜 みちる」か。

 ピンク色の髪をツインテールに縛り、小柄な体格に似合わない大きな弓を背中に担いでいる。


 多くの熱狂が響く中、わずかに俺を応援する声が聞こえてくる。


「お兄ちゃ〜ん!」

「えいと〜!」


 俺はすぐに妹を見つけることができたが……


 あれは修二か?


 母さんと鈴の隣に、ついこの前卒業した高校で唯一仲良くしていた修二が手を大きく振っている。


 そして少し離れたスタンド席の最前列で、いつものおじさんも見えた。


「大剣のにいちゃ〜ん! 見せたれー!」


 今度あのおじさんに挨拶でもしておこうかな。


 そして観客の熱狂を遮るように、会場に実況の声が響き渡る。


「今年は第二ラウンドから超満員、過去1番の盛り上がりを見せています! 果たして誰が生き残るのか ! ? 間も無く試合開始です!」


 実況の直後、武舞台中央のキューブから試合開始のブザーが鳴り響いた。


『これより転送を開始します』


 武舞台の選手は光に包まれ、仮想戦闘エリアへと転送された。





 光が収まり目を開けると、視界一杯に高層ビルが立ち並んでいた。


 俺はすぐに「龍感覚」を広げ、マップの全体像を把握する。


 俺の初期位置はちょうどマップの端か……

 

 マップは半径10キロの円の形をしていて、俺の位置は南側の壁際だった。


 そして「龍感覚」を広げたまま、敵の位置を探る。


 近くには誰もいない……それに「龍感覚」をマップ全体に広げても、何人か感知できない者達がいる。


 おそらく「ハイドローブ」を装着しているんだろう。


「ハイドローブ」はあらゆる感知から身を隠すことができる魔道具だ。

 ミトさんが持っていた物で実験したんだが、俺の「龍感覚」でも感知できなかった。

 

 これは想定内だ……なら予定通り行こう。


 俺が最初に狙う相手は「桜 みちる」だ。

 ミトさんがリストアップした選手の中で、一番厄介な存在が彼女だ。


 彼女は「弓術」で長距離狙撃をしてくるスタイル。

 その上マップには高層ビルが立ち並び、狙撃に適した場所が何箇所も存在する。

 

 俺は辺りを見回し、彼女が潜伏しそうな狙撃ポイントを探す。


 マップ全体を狙撃できる位置なら……おそらくあそこしかない。


 マップの中心に聳え立つのは「東京スカイツリー」、偽物ではあるけど、内部構造なんかは同じものだ。


 高さは600メートルと、このマップの中では一番の高所だ。

 だがそんなわかりやすい場所に、「桜 みちる」が陣を張るとは思えない。

 

 だけどスカイツリーの頂上からの狙撃が一番厄介なのは事実だ。

 まだ転送直後だし、先に俺があそこで陣を張っていれば彼女は他のポイントを探すしかない。


「ソラ、あの建物の一番上まで飛んでくれ。ゆっくりで良い」


 俺はソラを召喚し、そのまま背中に飛び乗る。


「グォアア!」


 咆哮と共に翼を広げ、スカイツリーに向けて飛び立つ。


 地面が少しずつ離れていくのを見ながら、インベントリから「魔道弓・ホーネット(A級)」を取り出す。


 今日のために昨日、ある程度ガチャを引いて武器やスキルなんかを整えておいた。

 この「魔道弓・ホーネット」に加えて新しい「龍スキル」も手に入れたし、他のスキルもレベルアップさせてある。


 どこからでも来い……


 俺はソラの背中で弓を構え、ゆっくりと高度を上げていく。


 


 大体上空200メートルくらい、まだ攻撃はしてこないか……


 あえて目立つソラの背中に乗り、マップで一番の高所に向かっている。

 そして狙いやすいようにわざと速度を落としてある。


 今「桜 みちる」が狙撃してくるのであれば、射線から位置が割り出せる。


 流石に撃ってはこないか……それとも絶賛スカイツリー内部を駆け上がっている最中か?


 するとその時、危険察知に反応が現れた。


「っ ! ? 龍気障壁!」


 背中側に大きく龍気の壁を生成した直後、障壁に何かが衝突した。


――ドカーン!


 障壁の向こうは爆炎が立ち込め、その威力もなかなかのものだったが、龍気の壁は突破されなかった。

 

 南西方面から何かの攻撃が放たれたのは分かったけど、今のは魔法じゃないな。


 もちろん「桜 みちる」の矢でもない。


 煙が晴れ、南西方面に目を向けると、何かが俺の跡を追って来るのが見えた。


「千里眼!」


 望遠鏡を覗いているような視界になり、こちらに向かって真っ直ぐ飛んできている者の姿がはっきりと見えた。


 あれは……「榊 光大」か。


 彼は三角形の板のような物に乗り、まっすぐとこちらに突き進んで来ている。


 一体どうやって空を飛んでいる? 


 俺は「榊 光大」の乗っている三角形の板を観察する。


 それは飛行機の翼部分を連結させたような形で、左右のウィングに小型のジェットエンジンが2機ずつ付いている。

 名付けるなら「ジェットグライダー」ってところかな?

 そして翼には「LEGNA」のロゴが見えた。


 アメリカの魔道具企業「レグナ社」……あんなものまで作ってるのか。

 

「レグナ社」は魔石に蓄積された魔力を使って、電気や火といった旧来のエネルギーを生み出すことに成功した大企業。

 その名前を知らない人は、多分世界にはほとんどいないだろう。


 さすが「SAKAKI」グループの御曹司か……金の力はすごいな。


 観察しているうちに、榊がすぐ目の前まで飛行してきた。


「チッ、無傷かよ……父上に頼んでランチャーの火薬を増量してもらったんだけどなー。これはもう要らないか」


 榊はそう独り言を言いながら、肩に担いだ筒のような武器をマジックバッグにしまった。

 

 空中戦は望むところだけど、ここは少しまずい。


 俺が一番警戒している「桜 みちる」にとっては良い的でしかない。


 いつどこから狙撃されるかわからない以上、場所を変えたいところだ。

 

「君の戦いは観ていたよ。素晴らしい魔法だった。実に僕の踏み台に相応し――」

 

 榊の口上の途中で、俺は「ホーネット」で二発の矢を放った。


「おっと、まだ僕が喋ってるだろう? 全く、これだから庶民は……っておい! どこへ行く ! ?」


 軽々と2本の矢を避けられた俺は、榊を無視してスカイツリーの頂上へ向かう。


 先ほどよりも高速で飛行し、どんどん地上が遠ざかって行く。


 振り返りながら榊の姿を確認すると、彼もジェットグライダーで俺の後を追ってきている。


 さて……どうなるかな?


 これでやられてくれれば良いけど……


 必死で俺の跡を追って来る榊の後ろから、光る2本の矢がその背を追尾している。


「魔道弓・ホーネット」、驚異的な追尾能力を矢に付与できるけど、弾速はまあまあ遅い。

 B級の榊でも軽々と躱していた。


 スカイツリーの頂上までに撃ち落とすのは無理か……矢より榊のグライダーの速度の方が早い。


 そして数秒の高速飛行の後、スカイツリーの頂上にたどり着いた。


 頂上は本物と違って、武舞台のような開けたものになっている。


 ここなら狙撃される心配もないし、龍感覚にも他の選手の反応はない。


 ソラを龍装に戻し、大剣を召喚して振り返る。


 そこに少し遅れて榊がやってきた。


「君さぁ、どんな教育を受けていたらそうなるんだい? 親の顔が見て――」


 俺は瞬時に間合いを詰め、榊の首元めがけて大剣を振り抜く。


──ガキン!

 

 榊は素早く左手に斧を取り出し、俺の初撃を防いだ。

 

「だからぁ……まだ僕が喋って――」


 顔を赤くして怒りに震える榊の言葉に、被せるように話しかける。


「戦場でおしゃべりな奴は早死にする……と、師匠が言ってましたよ」


「くっ! それで僕に勝ったつもりなのか ! ? 馬鹿にするのも――がはっ ! ?」


 唾を撒き散らしながら吠える榊の胸から突然、2本の矢が生える。


 先程はなった「ホーネット」の矢が、榊の背中から心臓を貫いた。


「俺の勝ちです」


 榊にそう言い放った直後、何かが割れる音が響いた。


――パリーン!


 音と共に榊に命中した矢は消滅し、傷も跡形もなく、矢が命中する前の状態に戻った。


「甘かったな! 身代わりの魔道具だ!」


 榊はそう言いながら、右手に魔導銃を取り出し俺の顔面に向けて発砲した。

 

「ええ、知ってますよ」


 俺はそう告げながら、眉間に龍気障壁を展開する。


 眉間に展開された龍気の壁は、ちょうど魔導銃の魔力弾と同じサイズで展開され、見事に弾丸を防いでくれた。 


 俺は大剣に龍気を流し込む。


「龍閃咆」


 龍気で輝く大剣は防いでいる斧を綺麗に両断し、そのまま突き進んで榊の首を刎ねた。


 宙を舞う首は、俺に怒りの表情をぶつけながら落ちていく。


『致死ダメージを確認。榊 光大、ドロップアウト』


 キューブの機械音が響き、榊の体は光となって俺の前から消えた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る