第86話 謎多き少女
SIDE:天霧 鈴
『試合開始から2分! 早くも最初の脱落者が出ました! 一騎打ちにて榊選手を破ったのは池袋のダークホース! 天霧選手だぁ!』
「「「うおお!」」」
『ええ、事前情報によりますと、天霧選手はなんと去年の12月に探索者登録をしてから、異例の速さで先日A級に昇格したようです! そしてなんと……みなさんお気づきの方もいるかもしれませんが、天霧選手のお父様はあの!……あの英雄と呼ばれた伝説の男「天霧 大吾」の息子さんとのことです!』
少し大袈裟なお兄ちゃんの紹介に、会場がどよめいている。
隣に座っている修二さんが、涙ながらにお兄ちゃんの活躍を喜んでいる。
「鈴ちゃん……グズッ……俺はさぁ、嬉しいぜ。俺は毎朝見てたんだよ……早朝からランニングする英人の姿が、俺の部屋の窓から見えるんだ。だから……ついにあいつの努力が報われてるようでさぁ……グズッ」
鼻水を啜りながら泣いて喜ぶ修二さんに、ティッシュを手渡す。
「これ使ってください」
「おお? ありがとうな……」
――ジュルジュルジュル!
すごい鼻水の量……
そうこうしているうちに、実況が新たな戦場の様子を伝える。
『おおっと! ここでマップ北側にて、今大会最年少の「
SIDE:天霧 英人
「榊 光大」を倒した俺は、スカイツリーの頂上から戦況の把握を開始した。
「龍感覚」を再度マップに広げ、高い魔力の反応を探す。
龍気の波動がソナーの様に広がり、マップの隅々まで行き渡る。
……いた、一際魔力の高い存在が二人。
一人は北側、もう一人は東側のエリアに居る。
俺は「龍感覚」を解除し、東側のエリアを「千里眼」による目視で偵察する。
あれは雪嶋セツナか……大人気だな。
東のエリアでは雪嶋セツナが、複数の探索者に追われているのが見えた。
雪嶋セツナはビルの間の路地裏を駆け抜け、囲まれないように上手く逃げながら一人ずつ確実に撃破していっている。
そして隙あらばと漁夫を狙う探索者が、東のエリアにはかなりの数が潜伏している。
やはりこの試合で一番の実力者と言われている「雪嶋セツナ」から落とそうと、ほとんどの人が考えているということだな。
俺ははっきり言って無名だからね。
今までほとんどメディアには出てないから認知度は低いし、何よりまだ探索者になって半年も経ってないんだ。
そこまでマークされなくて当然だ。
まあ東側に人が多く集まってるけど、しばらくすればかなり減るだろう。
俺は東側の偵察をストップし、続いてもう一つの北側のエリアに目を向ける。
えっと確か、あの大きな公園のあたりに反応があったような……ん?
大きな公園にある少し開けた場所に、反応とは別の人物が戦闘を繰り広げているのを発見した。
あれは……確か「未来ちゃん」という12歳の女の子だったはず。
刀を持った小さな少女が、二人の男たちに挟まれている。
あの子はここで脱落だろう。
第一ラウンドは運良く突破したそうだけど、流石にステータス未発現ではやられるのは時間の問題だ。
距離的に助けられなくもないけど、どの道助けた所で第二ラウンドを通過できるのは一人だ。
可哀想だけど、ここはあの男たち二人に「幼い少女をぶった斬る」という汚れ役を買ってもらおう。
そう考えていると、男たち二人が同時に動き出した。
正直俺は、男二人の挟撃で勝負が決まると思っていた。
だが現実は違った。
「はあ ! ?」
思わず身を乗り出し、その光景に驚愕した。
「未来ちゃん」は男二人の挟撃を見事に躱し、そしてそのまま片方の男の腕を、抜刀と共に切り落とした。
いやいや……絶対におかしい。
「未来ちゃん」にはステータスがまだ無い、つまり人間本来の身体能力のはずだ。
そして相手の男はおそらくB級探索者、攻撃を躱すことすら不可能に近いはず。
それほど、ステータスの差というのは絶対的なものだ。
B級以上の探索者は、例えるなら昔のハリウッド映画に出てきた「スー○ーマン」みたいなものだ。
その人外の攻撃を、躱すだけでなく反撃した。
ついこの前までステータスが無かった俺だから、今の光景がどれほど現実離れしているかが分かる。
しかし、一体どうやって……
ステータスが無いというのは嘘?
いや、この短い期間で発現した可能性もある。
それとも強化の魔道具を使っている?
強化系の魔道具は、ステータスの数値を上げるものだ。
そもそもステータスが無いものには意味がない。
いや……考えても時間の無駄だな、、
少し予定を変更しよう。
「未来ちゃん」を助けて、少し話してみることに決めた。
俺はインベントリから適当な槍を取り出し、柵のあたりに立てかけておく。
この辺かな?……よし。
「龍翼展開、ミラージュ……気配隠蔽、魔力隠蔽」
翼を広げ、できるだけの隠蔽スキルを付与し、そのままスカイツリーの頂上から北へ飛び立った。
「未来ちゃんがやられる前に急ごう」
俺は誰にも見つかることはなく、戦闘が起こっている北側エリアの公園に到着した。
手頃な木の上に着地し、未来ちゃんの様子を伺う。
「くそ! なんでこうも避けられるんだ ! ?」
「やあ!」
「後ろに目でもついてやがるのか ! ?」
探索者二人の攻撃を捌きつつ、可愛らしい声と共に反撃している未来ちゃんの姿があった。
本当にすごいな……
未来ちゃんは死角からの攻撃も、まるで後頭部に目がついているかのように避けている。
やはり未来ちゃんにステータスはなさそうだ。
動きも普通に人間の速度だし、攻撃の威力も刀の切れ味に頼っている。
ただ一点、スキルを使っていなければあり得ない攻撃の避け方をしている。
一体この子に何が起こっているのか……
俺は隠しきれない興味をそのままに、新しく手に入れた「龍スキル」を発動した。
「龍眼……」
新しく手に入れた「龍眼」というスキル、これは今までのスキルとは別格と言って良い。
______
龍眼
:龍王だけが所持できる真実の眼。
その目は全ての理を見通す。
______
説明だけを見れば万能の最強スキルに思えるが、正直言ってまだ制御出来ない。
最初に使った時は、あまりの情報量の多さに頭痛で気絶した。
短い時間でできるだけ使いこなそうとした結果、見るものを絞ることでなんとか発動できるようにはなった。
龍気もかなり消費するし、戦闘中に使えるようになるのはまだ当分先だろう。
今回はただ一点、未来ちゃんの「ステータス」が覗ければいい。
俺は右目だけに「龍眼」を発動し、未来ちゃんのステータスを表示させた。
「これは……」
______
名前:
……ステータス・インストール待機中……
ユニークスキル
・未来視
技能
・雪嶋流抜刀術(初伝)
______
この子を「龍眼」で見ておいて正解だった。
ツッコミどころ満載のこのステータス、いや厳密にはステータスではないのか?……いや、今はそこはいい。
まず「ステータス・インストール待機中」、これはそのうちステータスが発現するということだろう。
いつになるかは分からないけど。
次にユニークスキル「未来視」、これのおかげであの異次元の回避が可能になっているということだろう。
どれくらい先の未来を視れるかは不明だけど、未来が見えたとしてもかなりの高度な回避を行なっていることは間違いない。
おそらくだけど随分前からユニークスキルが発現して、相当熟練しているはずだ。
これは余談だが、ユミレアさんによるとユニークスキルは先天的なものと後天的なものに別れるらしい。
未来ちゃんは先天的なものだろう。
対して後天的なものは感情の高ぶりによって発現し、また感情によって力も制御も大きく左右されると言う。
そして「技能」だが、これはユミレアさんにもあった。
ユミレアさんには「イヴァ」の世界で教わったという剣術やら格闘術やらが備わっていた。
「技能」と「スキル」の違いは今の所不明だ。
なんとなくの見当はついているけど、もう少し他の人たちのステータスを見てから判断しようと思っている。
最後に「聖者の種子」だが……これに関してはさっぱり分からない。
「聖者」って言ったら、「勇者」や「剣聖」などのユニークジョブの人たちをそう呼んだりするけど……そのことかな?
「種子」ってことは、新しいユニークジョブが生まれるってことか?
いろいろ疑問は尽きないが今は試合中だ、考えるのは後にしよう。
俺は隠蔽スキルを継続したまま、二人の探索者に近づく。
「オラア!」
「当たれや!」
俺は未来ちゃんを左右から攻撃しようと斬りかかる男たちの間を、高速で駆け抜けて一刀の元に両断した。
『致死ダメージを確認……ドロップアウト』
「「え?」」
「ほえ?……」
二人の探索者は光となって消え、この場には俺と未来ちゃんだけが立っていた。
「横取りしてごめんね。少し聞きたいことがあるんだけど良いかな?」
俺は怖がらせないように、なるべく優しく話しかけた。
「あなたは……天霧さんですよね? あ、あの……私も聞きたいことが……」
少し緊張させてしまったか……まあ無理もない、彼女はまだ12歳だ。
少しおどおどした様子の少女は、よく見ればなんとなく妹の鈴に似ていた。
綺麗な黒髪を腰まで伸ばし、どこか強い意志の感じられる雰囲気がよく似ている気がする。
「俺に聞きたいことが? 俺の方は長くなりそうだから先にどうぞ」
未来ちゃんが俺に聞きたいことってなんだろうか?
多分だがステータスのことではないだろうか。
「天霧大吾の息子にステータスがない」と言うのは、池袋支部ではそこそこ有名だし、調べればそう言った噂が入ってくる。
「えっと、天霧さんもその……ステータスが――っ ! ?」
未来ちゃんが話し始めてすぐ、何かに反応したように体をビクリとさせ、後ろを振り返ろうとした。
「どうし――」
未来ちゃんが振り向こうとした直後、光り輝く何かが飛来した。
未来ちゃんが何かに反応してからわずか数瞬、人間の意識では追えない1秒以下の時間でそれは飛んできた。
――グサリ
俺が声をかけた瞬間、未来ちゃんの胸から一本の巨大な矢が生えた。
「あっ……にげ――」
『致死ダメージを確認。弥愁 未来、ドロップアウト』
何かを伝えようとするが声を出せず、手を伸ばしてくる未来ちゃん。
思わずその小さな手を取ろうと手を伸ばすが、光となって消える方が早かった。
俺の手にはなんの感触もなく、ただ光の残滓だけが残った。
俺は伸ばした右手を戻し、その手をぼんやりと眺めている。
「……」
今彼女が話そうとしていたのに……『ジャマサレタ』……
おそらく「未来視」で、自分に矢が刺さる光景が見えたのだろう。
俺は何も気づかなかった。
超高速で飛んできたのもそうだけど、俺を狙っていたわけではないのが大きい。
狙いが俺でなければ、「危険察知」も反応しない。
くそっ……何でだ?
どうしてこんなに変な気持ちになる。
これは実戦ではあるが現実ではない。
未来ちゃんは死んでないし、彼女が大会に出場した以上当然の結末だ。
どの道助けた以上、俺が彼女をドロップアウトさせるべきだったはずだ。
それは分かってる。
なのにどうして……こんなにも……『フユカイ』なんだ?
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