第81話 予選・第一ラウンド開始


 4月20日、英雄杯・予選第1ラウンド当日、俺は会場となる池袋支部にやってきた。


 俺は出場者で溢れかえるエントランスを抜けて、受付に向かう。


 受付待ちの列に並び、順番が来るのを待っていると、大会で盛り上がる周囲の声が聞こえてくる。


「なあ、お前何試合目だった?」

「俺は『D』だから4試合目だな」

「よかった〜。俺は1試合目だ。お互い勝ち進もうぜ!」


 探索者高校の学生二人が、互いの健闘を誓い合っている。


 学生二人はC級探索者か……


 周りを見ると、C級以下の学生達がそこそこいる。

 D級やE級で出場するのも珍しくない。


 英雄杯はA級以下という条件さえ満たしていれば誰でも出場できる。

 記念にとりあえず出場することもザラにあるという。


 だから、英雄杯の出場者の総数は全国で約100万人と、とてつもなく多い。

 

 本戦のトーナメントに出場できるのは僅か8名。

 その内、この池袋支部から出場できるのはたった一人。


 そのたった一つの席を、ここにいる俺たちは奪い合う。


 そして第一ラウンドの試合形式は、あまりにも多い出場者を一気に減らす仕組みが採用されている。

 

 100人ずつの乱戦形式で行われ、最後に生き残った1名が、予選第二ラウンドへと駒を進める。


 戦場は昨日の昇格試験で使ったキューブを使用して、仮想戦闘フィールドで行われる。

 致死ダメージを受けると仮想空間から戻され、最後まで生き残った奴の勝利となる。


 同じブロックにどれだけ猛者が集まるか気になるところだけど、俺の作戦はもう決まっている。


 問題は俺の試合が何試合目に行われるかなんだけど……


 ここでようやく、俺の受付が回ってきた。

 

「次の方どうぞ〜」


 受付はすぐに終わり、シーカーリングにアルファベットが表示される。


『C』か……3試合目だからまあ悪くない。

 早く終わらせれば午後はダンジョンに行けるな。


 ひとまず午前中に試合があることを祈っていたんだが、運良く予定通りに行きそうだ。


 受付を済ませた俺は、支部の隣にある闘技場へと向かった。




 闘技場に着くと、中は異様な熱気に包まれていた。


 入口のロビーから、大会がどれだけ盛り上がっているかがわかる。

 さまざまな屋台がずらりと並び、出場者と観客でごった返している。


 英雄杯は予選から決勝まで、全試合を公開している。

 会場で見るのはもちろん、Dチューブでも配信している。


 俺は人混みをかき分けて観客席へと向かっていると、見覚えのある集団が目に入った。


「皆さんついにやってまいりました英雄杯! 『Dリーグ公式チャンネル』は予選から決勝まで全試合配信予定です!」


 あれは……いつかの昇格試験のときにインタビューしてきた人だ。

 

「私山田は、これから予選開始までの間に、英雄の原石達にインタビューしていきたいと思います! それでは早速一人目の原石に自己紹介してもらいましょう!」


 チャンネルMCの山田さんが、隣にいる金ピカ鎧の青年にマイクを向ける。


「僕の名前はアーサー! 英雄の相棒になる男さ!」


――キラーン 


 サラサラの前髪を指で弾き、カメラに向かってキメ顔をしている。

 

 何してんだあの人……


「おや? アーサー選手? お決まりのフレーズが少し変わったようですが?」


「おっと! 気付いたかい? そう……僕はもう見つけてしまったのさ……本物の英雄をね!」

 

「なんと! アーサー選手はすでに注目している選手がいるのですね? ズバリ誰でしょう ! ?」


「それは自分の目で確かめてみるといいさっ。なに、すぐに分かるさ! あの輝きを見ればねぇ! はーはっはっは!」


 まあとにかく、元気そうでよかった……


 俺は見つからないように、そっとその場を後にした。


  


 観客席に向かう階段に登りながら、ソウルスキル「魂話」を起動する。

 

『鈴、どの辺にいる?』


『あ、お兄ちゃん! こっちこっち!』


『いやどっちだよ』


『鈴が手振ってるの見えない? おーい!』


 俺は周囲を見回し、手を振っているという妹を探す。


 そして俺がいる位置とは丁度反対側の二階席に、手を振っている鈴の姿を見つけた。


 真反対かよ……鈴はよく俺のこと見つけられたな……


 俺は円周上に観客席を移動し、鈴達のいる席に向かった。




 鈴のいる所に到着すると、鈴の他にユミレアさんと母さん、そしてミトさんがいた。


 俺が受付している間、席を取ってもらっていたんだ。


 俺は鈴の隣に座り、ミトさんに声をかける。


「ミトさん、亮さんの応援に行かなくていいんですか?」


 新宿支部の方で、勇者パーティーの影森亮さんが予選に出場しているはずだ。


「ん……問題ない。亮なら本戦まで行ける」


「そうよ。あいつなら問題ないわよ」

「うむ、亮はああ見えて漢だからな! 心配無用だ」


 俺の後ろから、綾さんと剛さん二人の返事が聞こえた。


「え ! ? いつからいたんですか二人とも?」


 全然気づかなかった……


 御崎さん以外の三人ともここにいるってことは、亮さんは一人で新宿支部にいるのか……


「最初からいたわよ。それより予選頑張りなさいよ」

「うむ、英人君なら問題なく勝ち進むだろう」


 そうしてみんなで話していると、ついに英雄杯・予選第一ラウンドが始まった。




 キューブとリンクさせて使用できる「魔導モニター」というマジックアイテムを使って、仮想戦闘フィールドでの戦闘を観戦することができる。

 

 大型の魔導モニターが闘技場の天井から吊るされ、観客席のどこからでも見えるようになっている。

 

 そして、第一試合の終了を知らせる実況が響き渡る。

 

『ここで試合終了! 苦しい最終局面を制したのは探索者第一高校のエース! 雪嶋ゆきしま選手だー!』


「「「うおー!」」」


 百人の乱戦からスタートして、最終局面に残った他の選手3人を一人で倒してしまった。


 なかなかやるな〜あの子。

 それに刀か……あそこまで使いこなしている人は珍しいな。

 

「さすが雪嶋先輩!」


 隣で鈴がはしゃいでいる。


「鈴、あの子の事知ってるのか?」


「あれは私と同じ学校の先輩だよ。『雪嶋流抜刀術』っていう道場の娘さんで、うちの高校ではダントツで強いんだよ!」


 同じ高校だったのか、なるほどね。

「雪嶋流抜刀術」か……第二ラウンドで戦えるかな? 一度見てみたい。


 さて、俺も控室に向かうか。


 俺は立ち上がり、鈴達に声をかけてから控え室へ向かった。

 



 控え室に到着すると、ピリピリとした空気が肌を刺す。


 ふむ……


 俺は100人が待機している控室を見回す。


 第一試合と違って、あまり学生や記念出場のサラリーマンなどがいない様子だ。


 大体A級が7人前後、B級が約70人か……

 全員のことは確認できないけど、大体こんなかんじだ。

 

 俺のパッと見の印象では激戦区と言っていい。

 

 俺は周囲の観察をやめ、控室に設置されている「小型魔導モニター」に映るBブロックの第二試合を見ていた。


「あれ? あれあれ〜? 君もしかしてステ無し君じゃないの〜?」


 久しぶりに聴いた昔のあだ名に、思わず声のする方に顔をむけてしまった。


「やっぱりじゃ〜ん! ん? おいおい〜。ステータスがない分際でどうやってA級に上がったんだ? 教えてくれよ〜」


 そう言って、坊ちゃんヘアーのキノコが近づいてくる。


 えーっとこいつは確か……


「ごめん……誰だっけ?」


「っ ! ? てめぇ……俺は鎌瀬かませだ! 二度と忘れねえように開幕でぶっ殺してやるからな! 逃げんなよ?」


 顔を真っ赤にした鎌瀬君は、逃げるように離れていった。


 離れていく背中を見送りながら、周囲の視線が鎌瀬君ではなく俺に向いていることに、なんとなく気付いていた。


 


『試合終了!』

 

 第二試合が終わり、とうとう俺の出番がやってきた。


『続いて第三試合を行います! 選手の入場です!』


 控え室から闘技場の武舞台に繋がる扉が開き、Cブロックの100人が舞台に上がる。


「「「うおお!」」」


「面白い試合見せてくれよー!」

「しょうもない試合なら俺がぶっ飛ばしてやるぜー!」

「大剣のにいちゃーん! 見せたれやー!」


 うん?


 俺は聞き覚えのある野次の方に向く。


 俺の昇格試験を毎回見にきていたおじさんが見えた。

 おじさんは左腕で力瘤を作り、右手でサムズアップしながら俺を見ていた。


 俺はおじさんに親指を立てて返すと、第3試合が開始された。


『第一ラウンド第3試合、選手の転送を開始します』


 機械音声が響き、100人の出場者が光に包まれる。




 光が収まり視界が晴れると、そこには視界一杯の森が広がっていた。


 森林ステージか……


 ステージは毎回ランダムで、森林、荒野、洞窟、雪原など、多種多様なステージが用意されている。


 選手のステージ転送位置はランダムで、開始直後に把握する必要がある。


 俺は「龍感覚」を発動し、龍気の感覚網をマップ全体まで広げる。


 俺の位置は……ど真ん中か。


 マップは半径10キロの丸い形をしており、マップの端は半透明の壁で区切られている。


 当然、開始位置は端っこの方が有利だ。


 最後まで生き残っていればいいわけだから、戦わずに身を潜めるのも戦略の一つだ。


 だけど時間経過とともに外周部が消滅していき、ステージはどんどん狭くなる。

 だから最後は必ず戦うことになる。


 そして俺の初期位置はマップのど真ん中だ。

 一度戦えば、試合終了まで誰かしらと戦闘することになる。

 

 つまり運が悪いということだな。


 俺が周囲を把握していると、何人かがこちらに近づいてくるのを感知した。


 とりあえず迎え撃とうか。


 数秒待っていると、一人の男が木の影から姿を表す。


「お? こりゃラッキーだぜ! お前さんには悪いが、ここで退場してもらうぜ? ファイアーボール!」


 無精髭を生やした中年の男が、そう言って上空に魔法を放った。


 何を……


 打ち上げられた火の玉は、上空数十メートル付近で爆ぜた。


 火の玉が爆ぜると、「龍感覚」に複数の感知があった。


 半径1キロ圏内にいる探索者の何人かが、真っ直ぐこちらへ向かってきている。


「おじさん、なんのつもりです? わざわざ敵に位置を知らせるなんて」


「敵は敵なんだがよ、まずは弱いやつから協力して落とすのが、このラウンドの醍醐味じゃねえか」


 なるほど……そういうことか。


 選手同士の共闘はルール違反ではない。

 その場で協力して強い選手を落とすような状況は多々見られる。


 さっきの第一試合が、まさにそうだった。

 雪嶋さんという鈴の先輩は、最終局面で3対1という状況になっていた。

 

 まあ今回は、目的が少し違いそうだけど……


 しばらくすると、続々と選手がこの場に集まり始めた。


「ハハハ! おじさんありがとね〜 報酬は弾ませてもらうよ」


 鎌瀬君が、そう言いながら姿を表す。


「このステータスも無いっていう雑魚をリンチすればいいんだよな?」

「弱いものいじめは好かねえが、金がもらえるなら話は別だよな」


「てかこのまま俺たちで、他の奴らもリンチしちまえばいいんじゃね?」


「そりゃいいね!」

 

「「「ガハハ!」」」

 

 16人か……


 よくもまあこんなに協力者を集められたものだ。


 まあ、俺の作戦は変わらない。


「ステなしく〜ん。なるべく長く遊んであげるから、リタイアだけはしないでね〜」


 リタイアという、致死ダメージの前に降参できるシステムがある。


「みなさんお勤めご苦労様です。残念ですが、この試合は後数分で終わります」


 俺は周囲を見回しながら、そう宣言する。


「「「ゲハハ!」」」


「何言ってんだこいつ、頭おかしいんか?」

「何カッコつけてんだよコイツ?」


「おいで、ソラ」

 

 俺がそう言うと龍装が解除され、蒼く煌めくドラゴンが姿を現す。


「グオアアア!!!」


 ソラの咆哮が天高く轟く。


「「「ひっ ! ?」」」

 

 俺は男達を無視して、ソラの背中に飛び乗る。


「ソラ、できるだけ高いところまで行ってくれ」

 

 ソラは翼を大きく羽ばたかせ、木々の隙間から大空へと飛び立つ。


 高度500メートルほどで停止し、ソラの背中から眼下に広がる森林地帯を見下ろす。


 今回の大会、俺は大いに目立つ事に決めた。


 大会終了後に創設するクランの活動には、やはり知名度が必要になってくる。


 それと今後のために、俺がドラゴンを召喚できることを認知させる。

 だから今回は、龍翼ではなくわざわざソラを召喚した。


 よし、さっさと試合を終わらせようか。


 俺は両手を頭上に掲げ、龍魔法の発動準備を始める。


 俺の両手から、大量の龍気が頭上に集まっていく。


 集まった龍気は球体となり、やがて炎に変わる。


――ゴオオ


 炎の色は蒼くなり、所々で蛇型の龍が、炎球を泳ぐように跳ねる姿を見せる。


 炎球はどこまでも大きくなり、さながら小さな太陽を思わせるほどに成長する。


 熱波と轟音が波及し、真下の森林地帯から火が上がる。


 そして地上の至る所から、他の探索者達の魔法による攻撃が飛んでくる。


「ソラ、撃ち落としてくれ」


「グオアアア!」


――ドーン! ドーン!


 火、水、風とあらゆる攻撃魔法が放たれるが、その全てをソラが撃ち落とす。


 よし、もう十分だろう。

 

 発動準備が整った。


 俺は掲げた両手を振り下ろすと同時に、「龍魔法」を発動する

 

蒼龍煉獄焔そうりゅうれんごくえん龍戒りゅうかい!」


 蒼く爆ぜる小型の太陽が、フィールドの中心部に放たれる。


――ゴオオオ!

 

 炎球は中心部に着弾し、その尽くを一瞬にして焼き尽くしていく。

 

 龍の咆哮と蒼い炎の波は、フィールド全体まで波及した。


 俺のいる上空まで、とてつもない熱波が襲う。


「アッツ! 魔力障壁!」


 障壁で暑さを凌いでいると、キューブの機械音声が連続で鳴り響く。


『致死ダメージを確認――』

『致死ダメージを確認――』

 ・

 ・

 ・

『致死ダメージを確認、佐藤選手ドロップアウト』


 全員落ちて試合終了かな?


『選手が残り2名となったため、マップの縮小を開始します』


 うっそ ! ? 一人まだ生きてるのか ! ?

 

 俺は慌てて、龍感覚でマップ全体を索敵する。


 すると一つだけ、生き残っている選手の反応を見つけた。


 まじかよ……この攻撃で生きてるなんて、どんな猛者なんだろう?


 俺はソラの背中に乗ったまま、生き残りの選手の元へと飛んでいった。

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