第79話 全力への返礼

 あれはいったい……


 龍感覚で感知したそれは、白い靄だった。


 俺が最初にアンナさんの背後をとった時、アンナさんから白い靄状のエネルギーが飛んできた。

 その靄に触れた瞬間、俺の時間が遅くなった。


 そして鍔迫り合いになってすぐに靄は無くなり、通常の速度に戻った。


 さらに俺が蹴りを放った時、足の部分に靄がまとわり付いて威力が殺された。


 つまりあの白い靄状のエネルギーが、アンナさんのユニークスキル「遅延」と言うことになる。


 ユニークスキルの発動原理は解明されていない。

 スキルが何を消費して発動されているのか、効果範囲、諸々観測されてこなかった。

 

 そして俺は先程まで「龍感覚」の感知を、魔力以外のものも感知できるように意識を集中して発動していた。


 そのおかげで、白い靄を感知することができた。


 ジャドとの戦いでアンナさんはユニークスキルを使っていたけど、その時に何も感知できなかったのは、俺が魔力の動きに意識を集中していたからだろう。


 今回みたいに別のエネルギーがあることを予測して、それを感知できるように意識を割かなければ感知できないほどに、あれは異質なエネルギーだということだ。


 とりあえず未知のエネルギーについては後で考えるとしよう……今は戦闘中だしな。


「舐められたものだ……何をぼさっとしている。追撃のチャンスだっただろう?」


 俺が蹴りで吹き飛ばした後、何もしなかったのが気に入らなかったようだ。

 

 ちょっと怒ってるな……

 

「すみません。ちょっと面白い発見をしたもので」


「ほう……私との勝負を放棄するほどに面白かったのか?」


 やっベ……


「……正直に言うととても興味深いものでした。おかげでアンナさんのユニークスキルは……俺にはもう効きません」


「ほう……」


 先程まで怒りを露わにしていたが、俺の宣言を聞いた途端に口角を吊り上げた。


 そしてお互い示し合わせたように、同時に走り出した。


 あの白い靄に触れなければ、「遅延」の影響を受けずに済む。


 幸い靄の飛来速度はそこまで早くない。

 放たれる瞬間を見逃さなければ、避けることは十分可能だ。


 アンナさんとの衝突まで数メートル……まだ白い靄は感知できない。


 そしてユニークスキルは発動されることなく、ロングソードと大剣がぶつかる。


――ガン!

 

 再度の鍔迫り合いになった瞬間。


 来た!


 アンナさんの体からバスケットボールサイズの白い靄が放たれるのを感知した。


 靄は俺の顔めがけて飛んでくる。


 なるほど……頭、つまり俺の意識だけを遅延させるつもりか。


 至近距離で放たれた靄を、頭を傾けることでなんとか回避した。


「なっ ! ? どうやって!」


 俺はアンナさんが驚いた僅かな隙を逃さず、ロングソードを一気にカチ上げる。


 鍔迫り合いの拮抗は崩れ、アンナさんの胴体はガラ空きになる。


 俺は大剣を送還し、空いた右拳で「龍闘術」を放つ。


「龍拳衝!」


 アンナさんのガラ空きの胴に、龍気を纏った拳が迫る。


 ガードは間に合わない……これで俺の勝――なに ! ?

 

――ズドン!


 龍拳衝は命中し、龍気による衝撃波がアンナさんを大きく吹き飛ばした。


 命中はした……だけど致命傷じゃない。

 

 土煙が晴れると、数十メートル先でアンナさんが立ち上がるのが見えた。


 本来ならば今の一撃で勝負がつく威力だったはずだ。

 だけどアンナさんは今、魔力を動かしていた。


「魔纏」で体を覆っていた魔力が、拳の命中する腹付近に集まった。

 魔力を攻撃が当たる箇所に集中させることで、攻撃の威力を大きく減衰させられた。


 魔力を動かせるのか……


 アンナさんが魔力を操作できると言うことは、ミトさんに才能が全くないと言うことになる。


 ミトさん落ち込むだろうな……


「本当に私のユニークスキルが効かないとは……驚いたぞ」


 アンナさんはボロボロになりながらも、なんとか立っていると言う状態だ。


「俺も驚きました。今のを防がれるなんて」


 正直あの白い靄を感知できなければ、手も足も出なかったかもしれない。


「もう魔力も底を突く……全力でいかせてもらうぞ!」


 アンナさんがそう宣言した途端、体表を覆っていた魔力が内側に沈んでいく。


 これは……ユミレアさんが見せてくれた「魔纏」と同じだ……


 そしてさらに、白い靄がアンナさんを包み込む様にドーム状に出現した。


 おいおいまじか……あれじゃ近づけないぞ ! ?


 半径3メートル程の白い半球のドーム、その中心にアンナさんがいる。


 アンナさんに近づいてあのドームの中に入れば、「遅延」の影響で動きが遅くなる。


 それにさっきより白い靄が濃くなっている。

 おそらく遅延の効果も大きくなっているはずだ。


 一見無敵だが対策はシンプルだ。

 アンナさんのエネルギー切れになるまで逃げればいい。


 相当量のエネルギーが使われているはずだし、おそらく数分でガス欠になる。


 でもなぁ……それはアンナさんに失礼な気がするし、あの「魔纏」で敏捷値もかなり上がっているから逃げるのも大変だろう。


 本当はやりたくなかったけど……仕方がない、逃げるよりマシだ。


 アンナさんのユニークスキルに対して、最もシンプルな解答は一つ。


 遅延の効果が意味をなさなくなるほどの速度を出すことだ。


 すごく脳筋だけど、これができるなら一番簡単だ。


 普通の「魔纏」やマジックアイテム、強化系スキルでの敏捷値強化ではおそらく難しい。

 だからこの脳筋の対抗策は俺以外にできる人はそんなにいないだろう。


 アンナさんが全力を俺にぶつけてくれるんだ……俺もそれに応えないとな。

 

「龍纒……」

 

 俺の体を蒼いオーラが包み込む。


 そしてさらに、俺は体表を覆う龍気を体内に流し込む。


 龍気は血管を通り、全身の筋繊維に浸透していく。


 これは昨日のB級ダンジョンでちょっと試してみたんだ。

 そしたらまさかの、魔力より龍気の方が思い通りに動くことが判明した。


 魔力で練習していた甲斐もあって、割とすんなり動かすことができた。

 まだ完全に龍気が浸透しているわけじゃないし、長時間の維持は難しい。

 

 だけどそれでも、あの遅延のドームを突破するのは可能だと思う。

 

 漲る圧倒的な力の感覚に、少しだけ酔ってしまいそうになる。


「英人……それがお前の本気か……凄まじいな」


「これが今の俺の限界です」


 俺は再び大剣を召喚し、前傾姿勢で大剣の鋒を後ろに向けて構える。


「来い! 私の全力を破って見せろ!」

 

 アンナさんは自然体でロングソードを握り、俺を迎え撃つ構えをとった。

 

 数瞬の後、俺はアンナさんに向けて疾走した。


 うお ! ? 


「神速思考」のスキルを持ってしても、肉体の速さに脳が追いついていなかった。


 景色は流れるどころではなく、もはやその軌跡は線になるほどだった。


 俺は勘を頼りに、アンナさんの横を通過する瞬間に大剣を振り抜いた。


 すぐにブレーキを掛け、アンナさんの後方数百メートルでなんとか停止した。


――ドーン!


 音速を超えていたのか、やや遅れて衝撃波が発生する。


 舞い上がる土煙でアンナさんの姿は見えなかったけど、俺が勝利したことはわかった。


『アンナ・ベルナールの致死ダメージを確認。勝者、天霧英人。戦闘終了……10秒後に転送されます』


 勝ったか……というか今のどうなってたんだ?


 肉体の速度に認識が追いついてなくて何もわからなかった。


 普通の戦いでは使えないな……


 そして数秒後に俺は光に包まれ、池袋支部の部屋に転送された。


 部屋に戻ると、真っ先にアンナさんが声をかけてきた。


「見事だったぞ。文句無しの昇格だな」


 そう言って、アンナさんは右手を差し出してきた。


 俺はその手を握り返し礼を述べた。


「ありがとうございます」


 俺とアンナさんが握手を交わすと、横からルーシーさんと天道さんが近づいてくる。


「まさか本当に勝ってしまうとは……英人君、A級昇格おめでとう」


「だから言ったではないですか。英人さんが勝つと思いますと」


 アンナさんに勝利したことで、判定ではなくそのままA級昇格となった。


 よかった……予定通り昇格できたし、いろいろ収穫もあった。


「それじゃあ英人君、手続きをするから支部長室で待っていてくれ」


「わかりました」


 俺とアンナさん達3人は、先に支部長室へと向かった。


 天道さんを待っている間に、アンナさんに聞きたいことを聞いておくか。


 そうして新たな発見と共に、俺の昇格試験は終了した。

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