第65話 長い夜の終わり
ジャドの鎌と俺の大剣が衝突し、互いのスピードとパワーによって衝撃波が発生する。
俺はジャドとの鍔迫り合いの中、「神速思考」で引き伸ばされた時の中でジャドの急所を探る。
こいつ……やっぱり普通の肉体じゃない。
研ぎ澄まされた「龍感覚」でジャドの体内を感知する。
一般的に急所になる心臓が、こいつの体には複数存在した。
まるで体内に別の生き物が生きているかのように、5つある心臓は絶えず脈動している。
あの堅そうな甲殻を貫くのも難しそうなのに、急所が複数あるのか……
これはなかなかしんどいな……
俺だけだとやはり無理がある。
現実の時間にして1秒以下の世界での思考を終え、俺は一旦ジャドから距離をとる。
「ええ、ええ! なかなかの力です。だけど私は知っていますよ? そう長くは持たないでしょう?」
「……」
俺は奴の言葉を無視して、「龍感覚」に集中する。
夢の空間で龍王様にもらったお茶、それで回復した今の龍気はいつもとは違う。
「龍纏」の効果もいつもより高い。
身体中でその力の奔流を感じる。
今の状態ならできるはずだ……
俺は「龍感覚」の感知を、ジャド単体から戦場全体へと広げる。
思った通りだ……いつもなら見えないものが見える。
リュートやサクヤの位置はもちろん、龍気や魔力の流れ、果ては筋繊維の一本一本まで感知できる。
リュート達眷属は、「部隊編成」の「思考共有」でノータイムで指示が出せる。
だけどアンナさんとレイナに関してはそれができない。
でも今の状態なら、全員での精密な連携が可能だ。
指示を出して合わせて貰うんじゃない、俺がみんなの動きに合わせるんだ。
アンナさんもレイナも、奴の強さに怯んではいない。
むしろ流れる魔力や筋肉の動きから、いつでも攻撃に出られるように準備されている。
俺は極限の集中で、ジャドを含めた全員の動きを追い続ける。
一番最初に動き出したのはジャドだ。
狙いは俺か……
右上から振り下ろされる鎌に、大剣を添えるように当てて軌道をズラす。
ジャドの鎌は俺の真横を通り過ぎ、地面にぶつかる。
受け止めるのではなく受け流すことで、ジャドは前屈みの状態になる。
そしてこの角度なら、すでに動き出しているリュートの攻撃が最短で到達する。
ジャドのガラ空きになった右脇腹に、リュートの攻撃が命中する。
「
「チッ! 小賢しいですね!」
ジャドはリュートに反応し、即座に回避しようとする。
「龍圧!」
「遅延!」
俺の龍圧と、アンナさんのユニークスキルが同時に発動された。
「っ ! ?」
ほんの一瞬、ジャドの動きが完全に止まった。
――キン!
リュートの短剣は、ジャドの硬い甲殻に弾かれる。
だけど十分だ……貫けはしなかったが、わずかに傷がついた。
そのわずかな傷で、十分に「混沌の一撃」の効果は発動する。
______
混沌の一撃
斬りつけた対象の五感を一つランダムに奪う。
再度斬りつけることで、奪う五感が再抽選される。
______
どの感覚を奪えたかわからないが、確認している余裕はない。
俺はジャドに追撃を入れる。
鎌に添えている大剣を手放し、「龍闘術」を発動する。
チャンスはひとつも見逃さない。
狙うは奴の左腕、丁度地面に振り下ろしている方の腕だ。
「
凝縮された龍気を纏った拳が、肘の関節部分を撃ち抜いた。
――ボン!
拳からジャドの体内に流し込まれた龍気が、肘の部分にあった急所に到達。
内側からジャドの肘は弾けた。
よし! あと急所は4つ――
すると突然、ジャドの破裂した肘の部分から何かが飛び出した。
まずい――
肘から飛び出したのは鋭い顎を持った蟻の頭部。
そしてその鋭利な顎が、俺の打ち出していた右手を噛みちぎった。
「ぐっ ! ?」
俺の右腕は半ばから噛みちぎられ、激痛が走る。
クソ!……だが大丈夫だ……ルーシーさんがすでに回復魔法を発動しようとしている。
「ゴッドヒール!」
直後、ルーシーさんが発動した「ゴッドヒール」で俺の右手は再生した。
その間に、ジャドは俺から距離をとっていた。
「やれやれ……1つ失ってしまいましたかな。それに視界が真っ暗ですかな」
運が良い……奪えた五感は視覚だったか。
ジャドを観察すると、右腕はすでに再生している。
だが先程までの鎌ではなく、昆虫の足のようなものが生えている。
鎌が再生するわけじゃないのか?……
そしてもう片方の腕にあった鎌が、塵の様になって崩れていった。
どういうことだ?
いや、もしかすると……
心臓を潰すことで、それに対応する特性が消えるのか?
今俺が潰した心臓は、あのカマキリの鎌の様な特性を持っていた。
心臓が潰されたことで、その特性が死んだのだとしたら……
心臓を減らしていくことで、奴はどんどん弱体化するってことか?
まだ想像でしかないが、いずれにせよ残りの急所を狙う他ない。
残りの心臓は4つ。
胸にひとつ、頭にひとつ、右足の膝にひとつ、そして腹のあたり。
龍気が切れる前に勝負をつけないと……
俺は再生した右手を動かして、感触を確かめる。
そして先ほど手放した大剣を手元に召喚した。
奴の視覚を奪えている今がチャンスだ。
俺は大剣を構え、ジャドに接近する。
奴に迫る途中、レイナから魔力とは違う力の動きを感知する。
これは……ユニークスキルか!
「アイスフィールド!」
レイナの足元から、地面を這うように氷の
氷の絨毯は高速でジャドに接近する。
このままいけば奴の足は氷漬けになる……なら次は右足の急所!
俺は速度を少し落として、ジャドに迫る氷のスピードに合わせる。
だが氷の絨毯がジャドの足元に到達した途端、奴の背中に生えた2対の羽根が動き出すのを感知した。
飛んで逃げる気か ! ?
視覚を奪われている状態でどうやって攻撃を察知したかはわからないが、このままでは回避される。
俺は咄嗟に走るスピードを上げ、奴の右足の膝めがけて「龍剣術」を発動する。
「龍閃咆!」
スキルの発動と同時に、奴の足は地面から離れていく。
ジャドが飛び上がったことで、振り抜く大剣の軌道上から急所がずれてしまった。
「くっ ! ? 当たれ!」
咄嗟に大剣の軌道を修正したが、俺の想定より大きく軌道はズレれた。
龍気を纏った大剣は太腿の部分に命中し、奴の右足を切断した。
『ギシャアア!』
痛みか怒りか、ジャドは昆虫のような叫びを上げる。
切断された右足は氷の絨毯に触れ、見る見るうちに氷漬けとなった。
そしてすぐに、俺より少し遅れて攻撃に出ていたリュウキに指示を出す。
「リュウキ! 凍った足の膝を全力で攻撃しろ!」
「っ ! ? 任せろ!」
おそらく切断した脚を攻撃する意味がわからず一瞬戸惑ったようだが、すぐに俺の指示を信じてくれた。
「
――ドーン!
レイナの氷の絨毯ごと、崩滅の斧が全てを破壊した。
『ギシャアア!』
リュウキの攻撃が氷漬けの脚に命中した直後、再びジャドは叫びを上げた。
残りの急所はあと3つ……
俺は龍翼を展開し、飛んでいるジャドに追撃を仕掛ける。
叫びを上げているジャドの肉体から、装甲のような全身の甲殻が塵となって崩れていくのが見える。
やっぱりそうか!
右脚の心臓を破壊したことで、甲殻という特性が失われた。
これで俺以外の攻撃も通りやすくなるだろう。
全身の甲殻を失ったジャドの肉体は、白い筋繊維が剥き出しになっている。
あの凄まじい密度の筋繊維……もしかすると蜘蛛の糸じゃないか?
「龍感覚」で感知すると、極細の糸が何重にもなって全身を巡っている。
奴のあのパワーとスピードは、蜘蛛の糸で編み込まれた筋繊維が可能にしていたというわけか。
次は蜘蛛の特性を消したいところだが、どの心臓がそれに対応しているのかまではわからない。
俺は大剣の鋒をジャドに向けて、高速飛行で突進を仕掛ける。
次の狙いは腹にある心臓!
怯んでいるジャドの腹に、大剣の鋒が触れる。
「甘いですかな!」
「なっ ! ?」
突如ジャドの筋繊維が緩み、大剣はジャドの急所には届かなかった。
こいつ……筋繊維まで自在に動かせるのか!
筋繊維を緩ませることで弾力を上げ、大剣の勢いを吸収した。
だが追撃はこれだけじゃない。
すでにジャドに向けて、サクヤが矢を放っている。
俺はすぐにジャドから離れ、サクヤの攻撃の巻き添えを食わないように退避する。
「
俺が退避した直後、高密度の龍気の矢がジャドに迫る。
「無駄ですかな!」
ジャドは先程と同様に、弛緩させた筋繊維で迎え撃つ。
蒼い輝きを放つ矢は、ジャドの腹に命中した。
数瞬の間、龍気の矢と筋繊維が拮抗する。
しかし放たれた矢は超高速で回転し、筋繊維を切り裂きながら突き進む。
そして急所を見事貫き、そのまま背中を貫通した。
「馬鹿な ! ? ギギャアア!」
腹の心臓を貫いたことで、今度は背中に生える2対の羽が塵のように崩れ去った。
羽を失ったジャドは、叫び声を上げながら落下する。
残りの急所はあと2つ……甲殻がない今、サクヤの「龍弓術」でも攻撃が届いた。
予定より速いがここで決めさせてもらう!
「少しの間だけでいい! 全力で奴の動きを止めてくれ!」
俺は全員に、動きを封じるように指示を出す。
「絶対零度!」
「静止せよ!」
「ダークバインド!」
俺の指示で、四方八方から奴を拘束するための攻撃が飛ぶ。
アンナさんの「遅延」によってジャドの時間は遅くなる。
リュートの「ダークバインド」はジャドの四肢に絡みつき動きを阻害する。
そしてレイナの氷がジャドの全身を凍らせる。
俺はその様子を見ながら、大剣に龍気を集める。
――ゴゴゴォオ!
高密度の龍気が大剣の鋒に集まり唸りを上げる。
みんながジャドの動きを封じてくれている。
全部だ……全ての龍気を集めるんだ。
龍気を大剣に込めている間、ジャドも黙って拘束されてはいない。
「人間の分際で……調子に乗るなぁあ!」
ジャドは蜘蛛の糸で巨大な腕を作り出し、6つの剛腕でレイナの氷を必死に砕いている。
レイナの氷は砕かれた側から、またジャドを凍らせる。
ジャドは凍った瞬間に、腕を振り氷を砕く。
砕く、凍る、砕く、凍る。
互いに譲らぬ激しい攻防が続く。
そして実際の時間にして30秒、俺の全ての龍気が大剣に集まった。
みんな……よく耐えてくれた。
俺は龍気を込めすぎて暴れ回る大剣をなんとか制御して、鋒をジャドに向ける。
そして満を辞して、荒れ狂う龍気をジャドに放つ。
「
上空から放たれた龍気の奔流は、一本の蒼い柱となってジャドを飲み込んだ。
――ゴゴゴォオ!
「くっ ! ?」
激しく暴れ回る大剣を、俺は必死に抑えていた。
そして大剣に込めた龍気が全て放出され、龍気で埋め尽くされていた視界が晴れた。
ジャドが拘束されていた場所には大きな穴が開き、穴の向こうには別の階層の景色が覗いていた。
そして立て続けに鳴り響くアナウンスで、ジャドとの戦いが終わったことを実感した。
『レベルが上昇しました』
『レベルが上昇しました』
『レベルが上昇しました』
『レベルが上昇しました』
『レベルが上昇しました』
『レベルが上昇しました』
『レベル70到達を確認、「英霊召喚」が解放されました』
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