第64話 消える奇術師と覚醒の蠱毒
氷の壁で分断されているこの隙に、戦闘準備を整えてしまおう。
「リトス、ディーン、ソラ、龍装してくれ」
リトス達はそれぞれ光に包まれ、俺の体に龍装された。
「リュウガはここで、ルーシーさんと鈴の守護を頼む」
「オイラ頑張るよ! 英人様!」
攻撃手段が少ない2人は、鈴の近くで陣を張っていてもらうのがいいだろう。
「ルーシーさん、守りはリュウガがやりますから、バフをお願いします」
「わかりました。
よし、あとはルアンとジャドを叩くだけだが……どちらを先に仕留めるべきか?
まだ敵の能力はほとんど分かってないけど、確実にジャドという異形の方が強い。
ルアンの魔力はそれほどでもないけど、奴は姿を消す能力を持っている。
今回は逃がさないためにも、先にルアンを仕留めるべきだな。
俺は念の為、龍感覚で氷の壁の向こうを探る。
「龍感覚」
ルアンもジャドもまだいるな……
それにしても……俺が意識を失っている間、本当に何があったんだ?
ボス部屋の中央には大きな穴が開いており、その近くに頭部が破壊されたワームが転がっている。
そして蚊の化け物と大ムカデ……二匹の姿がどこにもない。
あとは蜘蛛の化け物を倒して終わりだといいんだけど……
「レイナ、壁を消してくれ」
この氷の壁からはレイナの魔力が感じられる。
レイナのユニークスキルは「凍結」。
確か10歳の頃、ユニークが発現したレイナは嬉しそうに俺に見せてきた記憶がある。
当時の俺は羨ましさと、少しの嫉妬があったのを覚えている。
こんなことまで出来るようになっているなんてな……
「分かったわ」
レイナがそう言うと、氷の壁は天井付近から徐々に崩れていった。
そして壁の向こう側にいたルアン達の姿が見えた。
「おや? 人が増えましたねぇ」
「んん〜少々面倒になってきましたかな。あれを使いますから、ルアンさんはネメア様の元へ先に戻っていただいてもいいですかな」
すると、蜘蛛の化物の肉体がボコボコと奇妙な音を立てて蠢き出した。
「なるほど……ではお言葉に甘えて、私は帰還すると致しましょうか」
ジャドが何をするかはわからないが、2人の会話はバッチリ聞こえている。
ここでルアンを逃すのは、今後のためにもいいとは思えない。
それに俺の家族に手を出したツケを払ってもわないと……
「それでは皆さん、また会いましょうねぇ」
ルアンの姿は靄の様に霧散し、その姿を消した。
「逃すか! 龍感覚」
俺はすぐに龍感覚を発動し、ルアンがいた辺りを探る。
すると、消えたはずのルアンの姿を捕捉した。
ルアンの姿は肉眼では見えず、龍感覚でのみ感知できている状態だ。
やっぱり……あの消える能力にはカラクリがあったか。
ルアンと最初に遭遇した時、奴はどこからともなく現れ、そして消えた。
最初はテレポートの類かとも思ったが、俺の推測通りそうではなかったようだ。
もし奴が好きな場所へ瞬間移動できるとしたら、簡単に奴は俺を殺せるはずだ。
それにしてもあいつは……いったいどこへ向かっているんだ?
龍感覚で捕捉しているルアンは、俺から見て左側の壁沿いを走っている。
逃げたと見せかけて背後を取るつもりか?
「みんな! 少しの間ジャドを抑えていてくれ!」
俺はみんなにジャドを任せ、ルアンの様子を伺うことにした。
そして数秒後、ルアンはある壁の位置で立ち止まった。
あそこは……転移魔法陣がある小部屋 ! ?
ルアンが何かをしたのか、ボス討伐後に開かれる小部屋の扉が開いた。
「龍纏!」
俺はすぐに龍纏を発動し、ルアンの元へ駆けた。
俺に気づいていないルアンの背後から、大剣を突き立てる。
「がはっ ! ?」
大剣はルアンの背中に深々と突き刺さった。
「なんと……見破っていたのですか……うっ ! ?」
大剣は心臓に突き刺さっている。
吸血鬼の弱点を突かれたこいつは、もう長くないだろう。
あっけないな……
「残念だったなルアン。最後にお前達について教えてくれないか?」
「何が……知りたいのですか?」
「お前達のアジトはどこにある? それと、目的はコアだけじゃないんだろう?」
もう長くないルアンに、俺は核心を突く問いを投げた。
「クク……良いでしょう。我々の目的は――」
その時、黒い何かが現れた。
「ルアンさん……おしゃべりは感心しませんかな。もう死んでください」
「お前は ! ?」
俺の真横には人型の異形が佇み、その手で大剣で貫かれているルアンの頭部を鷲掴みにしている。
声と喋り方は完全にジャドだ。
だが姿はさっきまでとは違いすぎている。
何より……魔力が先程とは比べ物にならない。
人型になったジャドは、そのままルアンの頭部を握りつぶした。
――グシャリ
「やはり元人間だからでしょうかな? 死の間際に敵に情報を与えるなど……情が移った? それとも……元々人間側のスパイだったのですかな?」
クソッ! あと少しで情報が得られたのに……
俺は剣を手放し、ジャドから距離を取る。
そして手元に大剣を召喚した。
それにしても……ルアンが元人間?
どういうことだ……
「英人!」
ジャドに気を取られていると、後ろからアンナさん達が駆け寄ってきた。
「すまない英人……人型に変化したあいつは、私たちだけでは足止めできなかった」
「いえ、十分です。おかげでルアンの方は仕留められました」
あれがジャドの本体ってわけか……
人間のような骨格に、全身に黒い甲殻を纏っている。
頭には2本の触覚が生えており、背中には虫の羽が二対。
そして大きな複眼に蟻のような顎。
雑多な虫が融合して、それぞれの特性が混ざり合ったような姿をしている。
龍感覚を発動していても、奴の接近に気づかなかった……
『ジャドなんかに苦戦していたら、一瞬で人間は滅びることになる』
龍王様の言葉を思い出す。
ジャドはきっと……敵の中ではそこまで強い方ではないんだろう。
こいつより強い奴があと何人いるか知らないけど、俺たちが弱すぎることだけは理解できた。
どうにかしてここを乗り越えないと……
「改めてまして……私は蠱毒の王ジャド……ザザ様に作られし究極の生命体ですかな! どうか皆さん、すぐには死なないでいただけますかな! 甘美な悲鳴を! 恐怖の快楽を! 私に魅せてください!」
ジャドは両手を広げて高々と叫び、身体中から黒い霧を噴き出した。
噴き出した黒い霧は、最初にルアンの胴体に触れた。
そしてルアンの胴体はボコボコと気味の悪い音を立てながら溶けていった。
その様子を見て、真っ先にルーシーさんがスキルを発動する。
「清浄の神域!」
後方の壁際から、神々しい光が部屋全体に広がる。
光は俺たちを包み込み、そしてジャドの位置まで到達する。
光と黒い霧が衝突し、しばらくの間拮抗する。
そして数秒後、黒い霧は光に包まれてその姿を消した。
すごい……ルーシーさんの魔力が黒い霧を押し退けた。
するとジャドは、先ほどまでの陽気な雰囲気とは打って変わり、忌々しいという表情をしている。
「あなたは……聖女、どうしてここにいるんですかな? 他の国にいると聞いていましたが……まあ良いです。あなたから殺せば良いだけですかな。ええ!」
すると、ジャドの姿が消えた。
「っ ! ? リュウガ!」
俺の咄嗟の叫びに反応して、リュウガがスキルを発動する。
「守護者の領域!」
______
盾術:Lv7
守護者の領域:魔力を込めることで、盾を中心に全方位の魔力結界を生成。範囲と強度は魔力量に依存
______
瞬時に展開された魔力結界が、リュウガとルーシーさんと鈴の3人を包み込む。
ジャドのカマキリの様な右手の鎌が、魔力結界に衝突する。
そして数瞬の拮抗の後、結界は壊された。
――パリーン!
よくやったリュウガ!
今の一瞬の拮抗のおかげで、俺はジャドのスピードに追いつくことができた。
俺はジャドの正面に滑り込み、大剣で鎌を迎撃する。
――ガキン!
くっ ! ?
なんてパワーだよ……
俺はなんとか、ジャドと鎌を受け止めることができた。
「ええ、ええ。よく間に合いましたかな! なかなかの速さでしたかな!」
ジャドはそう言って、俺から距離を取った。
スピードもパワーも、あいつの方が上だ。
今の攻撃だって、おそらく全力ではない……いったいどうすればいい。
『君はもっと身近にいる仲間を頼った方がいい』
再び、龍王様の言葉が頭をよぎる。
そうだったな……みんなの力を合わせれば、なんとかなるかもしれない。
アンナさんとレイナのユニークスキル。
おそらくこの二つが、奴との戦いで鍵になるはずだ。
最後の一撃は、火力の出る龍スキルでの攻撃だな。
そして、おそらくまともに打ち合えるのは俺だけだろう。
俺が頑張らないとな……
俺は龍纏の出力を上げ、短期決戦に持ち込むことに決めた。
大剣を正眼に構え、ジャドに相対する。
「ジャド……悪いけど、お前はここで俺達が仕留める」
どんどん龍纏の出力を上げ、ついに今出せる限界点に達した。
身体に纏う龍気はどこまでも蒼く、そして咆哮を轟かせる。
――ゴゴゴォオ
龍気の消費は毎秒1万……約45秒で俺の龍気は空になる。
余裕を持って30秒で仕留めよう……
「強がり……ではなさそうですかな。良いでしょう……」
ジャドの身体を黒い霧が包みこみ、さらに圧力が増した。
時間にして1秒以下、俺たちは睨み合う。
そして同時に地面を蹴った。
一瞬で彼我の距離はゼロになり、鎌と大剣がぶつかる。
――ドーン!
凄まじい衝撃音のゴングが轟き、最終ラウンドが開始された。
***
Side:ルアン
『ねえ貴方? 今度の王城でのパーティー、本当に楽しみね!』
リリア……
『パパ! パーティーにケーキは出るかな?』
ナタリア……
これは、走馬灯というやつですか……
私は死ぬのですね……ようやくですか……
ネメア様に吸血鬼にして頂いて千年……数えきれない数の人間を殺してきました。
リリア……ナタリア……貴方達の仇は取れたのでしょうか?
このまま眠ってしまえば……また会えるのでしょうか……
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