第59話 長い夜の訪れ

「よし、攻撃に出るぞ!」


 俺たち5人は龍翼を展開し、グリフォンがいる上空へ飛び立つ。


 俺が放った「フレイムショット」がグリフォンの風の結界に命中した時、魔力察知でその様子を観察をしていた。

 

 炎の弾丸が命中した箇所はほんの一瞬だが、風の結界が消失した。

 そしてすぐにグリフォンの体から魔力が溢れ出し、消失した部分の結界を修復するように魔力が動くのが感じられた。


 あの風の結界はおそらく、グリフォンのMPがなくなることで消えるはずだ。

 そしてそのMPも、結界を壊すことで消費される。


 つまり奴のMPが切れるまで、攻撃を命中させれば良いわけだ。


 奴のMPがどれほどかはわからないけど、俺の見立てではリュウガが蓄積している「反転する運命」を命中させれば、片方のグリフォンはMP切れになるはずだ。

 リュウガのMPもギリギリだし、片方は自力で結界を削るしかないな。


 俺たちが上空にいるグリフォンのいる高さまで来ると、2体のグリフォンは風魔法による攻撃を中断した。


 そしてグリフォンは天に向かって雄叫びをあげ、何かのスキルを発動した。


『『ピィーーー!』』


 体から魔力が溢れ出し、巨体を覆う風の結界の上から、さらに暴風となった風の魔力がグリフォンを覆った。


 あれは……魔力の動きが「魔纏」や「龍纏」に似ている……自己強化系のスキルか?


 そして2体のグリフォンはその翡翠の両眼で俺たちを鋭く睨みつけ、俺たちめがけて猛スピードで突進を仕掛けてきた。


 俺はすぐに全員に指示を飛ばす。


「俺が一匹相手にする! リュウガ以外の3人でもう片方を頼む! リュウガは待機だ!」


 4人の返事を聞いている暇もなく、2体のグリフォンが迫る。


 そして俺は、横並びで突進してくる左側のグリフォンを迎え撃つ。


 グリフォンの爪と俺の大剣が衝突する。


――ガキン!


 大剣が爪に触れた直後、グリフォンの爪から突風が発生した。


「うお ! ?」


 力比べをする気満々だった俺は、予想外の攻撃に少し驚いた。


 突風で数メートルほど吹き飛ばされるが、俺は翼を器用に動かしてなんとか空中で体勢を整える。


 あの突風……耐久値のおかげでダメージは殆どないけど、毎回撃ち合うたびにやられたら面倒だな……


 スピードは俺の方が上だし、ここは回避に専念して隙を伺うか。


 俺はその後、回避に専念してグリフォンの攻撃パターンを探った。


 ダンジョンの魔物は生物とは違って決められた動きで攻撃してくるから、俺が奴の攻撃の隙を見つけるのは案外早かった。


 右前脚の大振り! ここだ!


 俺は瞬時に「魔纏」を発動し、爪が触れるギリギリでグリフォンの頭上に回避する。


 グリフォンの爪は空を切り、俺は前のめりに体勢を崩したグリフォンを眼下に収める。

 

「召喚! 今だリュウガ! ぶっ放せ!」


 俺は目の前にリュウガを召喚し、そのまま先ほど蓄積したエネルギーを放出させる。


「りょーかいです英人様! 反転する運命!」


 召喚されたリュウガはグリフォンの真上から、盾術の奥義を放つ。

 大盾は一層輝き、溜め込んだ膨大な風魔力をグリフォンに放出する。


――ズドーン!


 放たれた風魔力がグリフォンの結界に直撃し、少しの間拮抗するが……


――パリーン!


 ガラスが砕けるような音が響き、結界を破った風魔力の衝撃波はグリフォンの本体に直撃した。


 膨大な風の魔力は尚も大盾から放出され、そのままグリフォンを地面に叩きつけた。


「お疲れ様リュウガ。あとは俺が討伐しておくから、お前は休んでおけ」


 そう言って俺はリュウガを送還した。


 そして俺は、地面に倒れ伏すグリフォンに向かって急降下を始める。


「反転する運命」で倒しきれないのは残念だったが、地に伏しているこの隙にとどめを刺させてもらおう。

 

 俺は大剣の鋒をグリフォンに向けながら降下し、さらに貫通力を高める剣技を発動する。


穿剣せんけん!」


 大剣を両手でしっかりと握り、降下の勢いを大剣に乗せてグリフォンに突き立てた。


――ドスン!


 大剣はグリフォンの胴体に深々と突き刺さり、この攻撃でグリフォンのHPを削り切った。


 まずは一体……


 グリフォンは霧散し、地面にB級魔石が転がる。


 俺はすぐに魔石を回収して、リュート達の様子を見る。


 リュートとリュウキがグリフォンの周りを飛び回り、風の結界に攻撃を入れているのが見える。

 そして離れた位置から、サクヤが魔力矢を放って援護している。


 グリフォンの結界を「魔力察知」で確認すると、まだまだ耐久値はありそうな様子。


「反転する運命」はもう使えないから少し時間はかかりそうだけど、俺も参戦して結界を削りに行こうかな。


 俺は2体目のグリフォンに向かって飛び立った。




 そして俺が参戦してからしばらく経ち、ようやく終わりが見えてきた。


「みんなあと少しだ! このまま畳み掛けるぞ!」


 最初に比べると風の結界がかなり薄くなっている。

 結界を剥がせるまであと少しだろう。


光刃剣こうじんけん!」


「致命の一撃なのです!」

 

 リュートがスピードを活かしてグリフォンの結界を数度斬りつける。

 その合間に、サクヤの魔力矢がヒットした。

 

 そこにリュウキが斧で畳み掛ける。


「おっしゃあいくぜぇ! 重斧撃!」


 魔力を込めたリュウキの斧がグリフォンに直撃し、ようやく結界が割ることに成功した。


――パリーン!


 風の魔力を失ったグリフォンは、浮力を失い自由落下を始める。


 必死で翼を動かしているが、花びらが落ちる様によろよろと不規則に降下していく。


 俺は降下しているグリフォンに接近する。


 体勢が不安定な今なら、そこそこの一撃を叩き込める。 


 俺は大剣を上段に構えながら高速で接近し、剣術の奥義を発動する。


絶断剣ぜつだんけん!」


 魔力が大剣に凝縮され、斬ることに特化した剣術の奥義がグリフォンに迫る。


 俺は渾身の力でグリフォンに大剣を振り下ろす。

 

 象よりも大きなグリフォンの巨体を、上空で綺麗に真っ二つにした。


 空中でグリフォンの体は霧散し、魔石だけが地面に落ちていく。


「ふう……結構時間かかったな」


 俺は魔石が落ちたあたりに着地して、魔石を回収する。


「お見事です」

「やっぱり主人の大剣はカッケェなあ!」

「今日は疲れたからたくさん食べたいのです!」


 ようやく一つ目のB級を攻略できたか……


 シーカーリングで時刻を確認すると、19時半を回っていた。

 

 もうこんな時間か……


 確か30層に入った時は18時くらいだったはずなのに、意外と時間かかったな……


 ん?


 時刻を確認していると、シーカーリングの画面に20件を超える通知がきていることに気づいた。


 誰からだ?


 メッセージボックスを確認すると、27件のメッセージと着信履歴が残っていた。


 俺は1件目に来ている探索者協会からのメッセージを開いた。


 ______

 緊急事態発生

 池袋周辺に複数のライカンスロープと、所属不明のテロリストと思われる集団が出現しました。


 付近の住民に多数の死傷者あり。

 

 都内のB級以上の探索者は至急、現場に急行してください。

 ______


「っ ! ?」


 俺の背筋に冷たい汗が流れた。


「王よ、どうされましたか?」

 

「すぐに地上に戻るぞ! 送還! 出てこいソラ!」


 俺はリュート達を送還し、ソラの龍装を解除する。


 急いでソラの背中に乗り、地上への帰還魔法陣のある部屋を目指す。


「あの山の頂上に全力で向かってくれ!」


「グオァアーーー!」


 ソラは返事の雄叫びをあげ、30階層の中心に聳える山の頂上を目指して飛翔した。


 データベースの情報だと、ボスを討伐すると山頂にある小部屋の扉が開き、その中に帰還魔法陣と討伐報酬が現れるという。

 

 俺はソラの背中で、他のメッセージを確認する。


 残り26件の内、2件がアーサーさんとルーシーさん。

 他の23件がレイナと天道さんからの着信。

 

 そして最新の、1件の着信履歴は母さんからだった。


 レイナと天道さんの着信はおそらく「早く戻って来い」的なものだろう。

 

 だけど母さんからの着信だけが、俺の中に言いようの無い不安を与えた。




 小部屋に到着したあと、討伐報酬を確認せずにすぐに魔法陣に乗った。


 地上に出ると、入り口前に天道さんが俺を待っていた。


「英人くん! すぐに池袋に向かいなさい!」


 俺は天道さんに状況を確認する。


「池袋はどうなっていますか ! ? 母さんは無事ですか ! ?」


「美沙さんとは連絡がつかない。探索者が随時ライカンの討伐とテロリストの捕縛に向かっているが、住宅街の様子はわからない」

 

 天道さんは苦い表情で答えた。

 

「俺もすぐに向かいます!」


「車を待機させてある。それですぐに向かいなさい」


「いえ! このまま行きます!」


 俺は龍翼を展開し、シーカーリングで池袋の方角を確認した。


「なんだ ! ?」


 天道さんが驚いているが、説明している時間はない。


 俺はそのまま夜空に飛び立ち、池袋を目指した。




 高速で飛行したことで、すぐに池袋の町が見えた。


 上空から見れば、どこが現場なのかは一目瞭然だった。


 至る所から煙が上がり、ライカンの遠吠えと人の叫び声が響いている。


 俺の家は……あそこか!


 近所のスーパーの大きな看板が見え、俺は迷いなく飛んでいく。


 俺は上空から自分の家を確認し、急いで降下する。


 降下している最中に様子を確認すると、一人の羽の生えた男と、その男の正面で膝をついた黄金の鎧の青年の姿が見えた。

 

 あれは……アーサーさん ! ?


 まだ距離はあるが、あの目立つ鎧と槍はおそらくアーサーさんだ。


 アーサーさんは吸血鬼と思われる男の前で膝を突き、槍を杖の様にしてなんとか倒れないでいると言った様子だ。


 そして徐々に地上が近づき、様子がはっきりと分かるようになった頃、俺の目に信じ難い光景が飛び込んできた。


 アーサーさんのすぐ後ろに、見覚えのあるエプロンを身につけた女性が倒れている。


 その女性が誰なのかはすぐにわかった。


「か……母さん!」


 血だらけで仰向けに倒れている女性は、俺の母親だった。

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