第60話 怒り

 ***

 Side:アーサー 

 



 いつものようにダンジョン探索を終えて地上に出ると、今日は妙に外が騒がしかった。


 周囲を見回すと、大勢の探索者や協会の職員が走り回っている。


 そして鳴り響くサイレンに怒号、何かの緊急事態が起こっているのはすぐに分かった。


 僕は近くにいる探索者に情報を求めた。


「失礼、何が起こっているんだい?」


 僕が声をかけるや否や、男は真っ先に僕の階級を確認した。

 

「あんたは……C級か。C級以下はすぐに池袋を離れるんだ」


「どうしてさ? 一体何が起こっているか教えてくれないかい?」


 僕がそう聞くと、わずかにめんどくさそうな顔をされた。


「ライカンスロープとテロリストが、池袋周辺で暴れ回ってんだ。もうかなり死人も出てる。あんたも早く逃げねえと死んじまうぜ?」

 

 地上に魔物が? これは思ったより深刻なようだね……

 

 それにライカンスロープ……僕は手も足も出なかった。


 だけど……僕の憧れた大剣の英雄とその息子なら……


「悪いけど逃げるつもりはないよ。僕はアーサーだからね!」


 足手まといかもしれないけど、僕にだって出来ることがあるはずさ。


 それにミスターと共に戦えるチャンスでもある!


 今の時刻は夜7時、ミスターはすでに帰宅している頃だろう。


 僕は急いでミスターの家に向かった。




 僕がミスターの家に着くと、家の前で女性と羽の生えた男が戦っていた。

 

「ちょっとはやるじゃねえか女!」


「どちら様か知らないけど、どうして私を狙うのかしら?」


 あれは……ミスターの母君!


 ミスターの母君は、少しだけ有名な探索者だ。

 その昔大剣の英雄が有名になり始めた頃、同時期に名を上げ始めたルーキーが、ミスターの母君らしい。

 

 なんでもA級は確実に到達するとまで言われていたらしい。

 だけど大剣の英雄と結婚し、ミスターを妊娠したことで、探索者をキッパリ引退したという。


 いや、そんなことより母君に加勢しなければ!


「このアーサーが加勢します!」


 僕は気合いを入れながら、テロリストの背後から槍を突く。


 しかし槍は、テロリストの皮膚を貫くことはなかった。

 

「なっ ! ?――がは!」


 僕は攻撃を受け、近くの壁に激突した。


 全く見えなかった……何で攻撃されたのかすらわからない。

 

「雑魚はすっこんでな!――おっと!」


 テロリストが僕の対応をしている隙に、母君が攻撃を仕掛けたが、簡単に避けられた。


 そして母君は壁に衝突した僕の前に移動してきた。


「あなた……鈴がよく見てるアーサーチャンネルのアーサー君?」


「なんと! 僕のことをご存知でしたか!」


「そんなことより早く逃げなさい! ヒール! あいつの狙いは私だから、あなたは逃げ切れるはずよ」


 思わずテンションの上がる僕に、母君は厳しい表情でそう言った。


 どうやらミスターはここに居ないらしい、ならばここは僕の出番だね。


「僕は逃げませんよ! ミスターの代わりにあなたを守る役目ができたからね」


「気持ちは嬉しいけど、あなたでは――」


――グサリ


「俺の前でおしゃべりなんていい度胸だなあ!」


 母君の言葉が止まり、テロリストの声が間近で聞こえる。


 気づくと母君の腹部から、血に染まった腕が生えていた。

 

「逃げ……なさい……」


「あ……そんな……」


 僕に逃げろと言いながら、母君は地面に崩れ落ちた。


 ミスターの代わりに守ろうと誓った瞬間この様だ……

 

 僕は……なんて無力なんだ。

 

「くそっくそ! うおお!」


 自分の無力さを実感した怒りからか、気づけば僕は叫びながら槍を振るっていた。


「雑魚はすっこんでろって言ったろ?」


――バキバキ!


 テロリストの蹴りが僕の肩に命中し、吹き飛ばされる。


 またしても壁にぶつけられるが、僕はすぐに立ち上がり母君とテロリストの間に滑り込み槍を構える。


 まだ回復魔法をかければ母君は助かるかもしれない。


 僕が時間を稼ぐから、早くきてくれ……ミスター


 それから僕とテロリストとの、一方的な戦いが始まった。


 

 

 ***

 Side:天霧英人 



 

「母さん!」


 俺は真っ先に、倒れている母さんの元へ着地する。 


 母さんの腹には大きな穴が開いており、そこから大量の血が流れている。

 服は血で染まり、地面には血の水溜まりが出来ている。

 

 すぐに母さんの脈を確認する。

 今にも止まってしまいそうなほど弱くなっているが、まだかろうじて生きていた。


 まだ生きてる! 


「エクストラヒール! エクストラヒール!」


 俺はすぐに、使える最大レベルの回復魔法を掛け続ける。


 すると数秒で、母さんの腹に空いていた大穴は塞がった。


 傷は治ったけど、血を流しすぎている……ルーシーさんはいないのか ! ?


 ルーシーさんの回復魔法であれば、失われた血液も補充できる。

 辺りを見回してみても、ルーシーさんの姿はどこにもない。


 俺は冷えた母の体を、少しでも体温を上げようと抱きしめる。


 あと少し俺の到着が遅れていたら……母さんはダメだったかもしれない。


 また俺の世界から、大事な人がいなくなるところだった……


 ルーシーさんの言う通り、2日程攻略を待っていれば……


 それに、他にも出来る事があった筈だ。

 俺にはリュート達眷属がいるし、何人か家に待機させておくだけでもこうはならなかっただろう。

 

「ごめん母さん……俺のせいだ」


 俺が後悔の念に駆られていると、どこからか笑い声が聞こえてきた。


「ククク……ハハハハ! その顔は実に良いですねぇ!」


 不快な笑い声のする方へ向くと、俺の家の屋根に見覚えのある男が佇んでいた。

 マジシャンのような奇抜な風貌と、吸血鬼の特徴である赤い眼の男。

 

「ルアン……」


 奴の顔を見た瞬間に自分の中に少しずつ、静かな怒りが湧き上がってくるのを感じた。


「私は人間のその表情を見るのが大好きでしてねぇ……あなたは特に傑作です!」


 ルアンは両手を優雅に広げ、その顔は愉悦で満ちている。


「お前……目的は俺のコアだろう? 母さんを狙う必要がどこにある?」


「決まっているじゃないですか……ただの戯れですよ」


 ルアンはやれやれといった様子で、右手をヒラヒラと揺らしながらそう言った。

 

 戯れだと?……


 その時、俺の中で静かに蠢いていた何かが、荒れ狂う様に動き出した。


『警告、ソウルスキルが暴発します。感情の抑制を推奨します』


 アナウンスが何か言ってるが、今はどうでもいい。

 

 今すぐあいつをコロサナケレバ……


「リュート、母さんを頼む」


 俺はリュートを召喚して、母さんのことを任せた。


「お任せください!」


 俺は立ち上がり、大剣を構えてルアンに向かって歩き出す。


「おっと、伝え忘れていましたが……この娘に見覚えはありますか?」


 ルアンがそう言うと、空中に白い煙の様なものが現れた。

 煙は四角い形状に集まり、何かの映像が映し出された。


 そしてスクリーンの様に映し出された映像には、見覚えのある人物が写っていた。


「っ ! ? 鈴!」


 映像に写っているのは、四肢を何かで縛られている妹の姿だった。


「クック……ハハハ! それですよ! 実に良い表情ですねぇ」


 こいつ……母さんだけじゃなくて鈴まで……


『警告、ソウルスキル暴発まで残り50%。怒りを抑制してください』


 ウルサい……

 

「あなたの妹さんですが……池袋の廃ダンジョンにいますよ。ククク……そこでお待ちしていますから、なるべく早くきてくださいね」


 廃ダンジョン? そんなところに潜伏していたのか……


「それではお待ちしておりますよ。早く来ないと可愛い妹さんが苦しむ事になりますから……ククク」


「おい待て!――」


 そう言ってルアンは、霧のように姿を消した。

 

 廃ダンジョンというのは、誰も探索する人がいなくなったダンジョンのことだ。

 ダンジョンは無数に存在するし、討伐報酬が不味くて宝箱の存在しないD級以下のダンジョンは、探索者が離れて廃ダンジョンになることが多い。

 

 そして池袋周辺にも、廃ダンジョンは一つ存在する。

 

「リュート! 母さんを頼む。俺はルアンのところへ向かう」


「お待ちください王よ!」


 そう言って廃ダンジョンに向かおうとすると、アーサーさんの正面にいる吸血鬼が動き出した。


「おいおい! 俺様がタダでてめえを行かせるわけねえだろう?」


 俺は無視して歩き出し、アーサーさんの元へ向かう。


「ミスター……母君は無事だった……かい?」

  

 俺がアーサーさんの側に行くと、力のない声で母さんの安否を訪ねてきた。

 

 アーサーさんは膝をつき、槍を杖にしてなんとか踏ん張っている。

 装備はボロボロで、今にも倒れそうなほどに傷だらけだった。

  

「アーサーさん……母さんは無事です。母さんを守ってくれてありがとう」


 俺は労いと共に、回復魔法を何度か発動した。


「それは……よかった……」


 限界が来たのか、アーサーさんは気を失ってしまった。


 倒れるアーサーさんを受け止め、その場で横に寝かせる。


 すると横から、アーサーさんが戦っていたであろう吸血鬼が喋り出した。


「人間は滑稽だよなぁ? そこのガキも弱っちいくせに何度も立ち上がって面倒だったし、女の方も――あれ?」


「もう黙れよ……龍閃咆」


 俺はおしゃべりな吸血鬼の心臓に突き立てた大剣を、そのまま真上に振り抜く。


 吸血鬼は一瞬にして龍気で消し飛ばされ、夜空には蒼い龍気の残滓が煌めいた。


 俺はリュートにこの場を任せ、廃ダンジョンの方角へ全力で走り出した。


 待ってろ鈴……すぐに助けるからな……

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