第57話 準警戒体制

 翌日、俺は日課の鍛錬を済ませ、いつものように朝食を食べていた。

 鈴は今日も、早くから学校へ行ったみたいだ。


 リビングには俺と母さん、ルーシーさんにアンナさん、それとレイナがいる。


 今日から明日にかけて、一つ目のB級ダンジョンの攻略を開始する予定だ。

 

 一応みんなには伝えておくか。

 

「明日までB級ダンジョンの攻略に挑戦するから、帰りは明日の夜になると思う」


 俺がみんなに向けてそう言うと、レイナが真っ先に反応してくる。


「もうB級攻略するの? 早いわね。あんたの攻略速度異常じゃない?」


 普通はもっと時間がかかるんだろうけど、俺は毎日朝から夕方まで潜ってるから当然と言えば当然じゃないかな?


「英人さんのあの実力なら、この昇級速度も頷けますね」


 ルーシーさんがそう言うと、アンナさんまで乗っかってくる。


「そうですね。英人の実力なら不思議じゃないな」


 吸血鬼との戦いから、二人の俺に対する評価は高い。


 アンナさんとは朝の鍛錬で一緒になることが多いけど、その度に手合わせしてくれと迫ってくる。

 アンナさんと模擬戦をするのも悪くないけど、流石に近所迷惑になるから断っている。


「S級二人にそこまで言わせるなんてやるじゃない」


 レイナがそう言った直後、母さん以外の4人のシーカーリングが同時に鳴り響く。

 

――ピピッピピッ


 通知を見ると、探索者協会からのメッセージだった。


 ______

 B級以上の探索者各位に通達。

 

 昨夜20時頃に四国エリアにて、B級魔物「ライカンスロープ」の異常個体が複数、地上にて確認されました。


 四国はクラン「ブレイバーズ」が対応中ですので、救援は不要とのことです。


 四国エリア以外の地域では現在のところ、出現は確認されていません。


 今後四国エリア以外で、異常個体の出現の可能性有りと判断された為、無期限の「準警戒体制」に移行します。


 各自いつでも緊急救援出来るように、探索でのMP消費を抑えるようご協力お願いいたします。

 ______


 協会からのメーセージには、ライカンが地上に出現したと書かれていた。


 御崎さんが危惧していたことが当たったか……

 階層を移動することはわかっていたが、やっぱり地上にも出られたのか。


 今朝の段階で、地上に現れたライカンスロープはブレイバーズが討伐したようだ。


「準警戒体制」と言うのは、非常事態の発生が危惧されているときに発令される。


 と、確か探索者のマニュアルに書かれていたな……


 事件が発生した場合、可能な限り探索者はそれに対応しなければいけない。

 

 まあ俺の住むこの地域は有名な探索者が多く住んでいる地域だから、俺がB級ダンジョンを攻略していても問題ないだろう。

 池袋支部に近いこの地域は、引退したS級やA級探索者だった人が多く住んでいる。

 それに今はルーシーさんにアンナさん、レイナもいるから大丈夫だろう。

 別に探索が禁止されたわけじゃないから、いつも通り過ごせばいいんだけどね。



 

 そして朝食を済ませた俺は、予定通りB級ダンジョンに向かうことに決めた。


 玄関で靴を履いていると、ルーシーさんが声をかけてきた。


「英人さん。B級の攻略を待っていただけませんか?」


 俺が振り返ると、ルーシーさんは割と真剣な表情をしていた。


「この辺りは探索者が多く住んでいますし、万が一近くでライカンが出ても大丈夫ですよ」


「いえ、私もそちらはあまり心配していません。心配なのは英人さんの方です」


 俺の?


「ライカンスロープの出現に吸血鬼が絡んでいるのは間違いないと思います。そして吸血鬼の目的は英人さんなのでしょう? 四国だけに現れたのも何か意図があるのかもしれません」


 なるほど確かに……元々四国にはブレイバーズがライカンの討伐のために滞在していたみたいだ。

 わざわざこの国最強の男がいる地域に出現させるメリットがあるようには思えない。


「それに私の治療の方も明日には終わる予定ですし、その後私達とパーティーを組んでB級に挑むわけには行きませんか?」


 ふむ……確かにルーシーさん達が近くにいれば、万が一の時は助かるかもしれない。


 俺は少しだけ考えて、やはりこの提案を断ることに決めた。


「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。眷属も頼りになるのが二人増えましたし」


「ですが……」


「それに、みんなを巻き込むわけには行きません。ルーシーさんは残りの患者の治療に専念してください」


「……」


 ルーシーさんからは何も言葉が返ってこなかったが、俺はそのまま玄関を出てB級ダンジョンへと向かった。


 ルーシーさんの提案はありがたいが、俺は1秒でも早くEXダンジョンにいかなければならない。


 


 そして家を出た俺は、浅草にあるB級ダンジョンにやってきた。

 

 家から近いB級ダンジョンはいくつかある中で、家から離れた浅草にやって来たのには理由がある。

 この浅草B級ダンジョンのボスは、全国のB級ボスの中でも屈指の強さを誇るダンジョンだからだ。


 今回はB級の攻略ついでに、少し自分を鍛えようと思っている。


 今回のダンジョンでは龍気の使用を制限して、MPのみを使って攻略する。


 最近は龍気に少し頼りすぎていた気がする。

 ステータスもかなり高くなってきたし、通常のスキルだけでも十分勝てるはずだ。

 それに吸血鬼との戦いで龍気が無くなって、まだそこまで龍気を貯められていないというのもある。

 

 そしてB級ダンジョンからは中ボスが出現するようになる。

 30階層あるB級では15層で中ボス部屋が有り、その中ボスを倒さないと16階層に行けない。


 さらにはこの中ボス部屋にはボスを倒すと、地上への帰還魔法陣が出現する。

 中ボスだけを倒して帰還するパーティーが結構いるため、それなりの時間を中ボス寝屋の前で過ごす必要がある。

 おかげで高い敏捷値を生かして、30層のボス部屋まで直行する選択肢が取れない。


 中ボスはC級の魔物が出現し、討伐報酬もC級ダンジョンボスよりも豪華だ。

 収入だけを見ればこの中ボスの報酬だけで十分だし、A級を目指していない探索者には人気だったりする。

 

 どれくらい中ボス部屋が混雑しているかわからないけど、とりあえず行ってみるほかない

 

 俺はダンジョンに入場し、ひとまず15階層を目指してB級ダンジョンの攻略を開始した。




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