第42話 感染源

 次の日の早朝、いつものように庭で剣を振っていると、誰かが声をかけてきた。


「良い太刀筋だな」


 声がした方に振り返ると、アンナさんがトレーニングウェアを着て立っていた。


「おはようございますアンナさん」


「英人殿はいつから剣を? その年齢にしては様になり過ぎている気がするな」


「大体10年前でしょうか、剣の訓練をするようになったのは」


「10年……そんなに前から……いや、そう言うことか」


 10年と聞いて少し考え込むようにブツブツと何かを言っていたが、うまく聞き取れなかった。

 

「どうかしましたか?」


「いや、なんでもない。それより、私もここで稽古をしても良いだろうか?」


 うちの庭は広いから、数人で剣を振っていても邪魔になることはない。

 俺は快く承諾した。

 

「構いませんよ」


 そうしてアンナさんは剣を振り始めた。

 アンナさんが使っている剣は、一般的に広く使われているタイプのロングソード。

 

 一切のブレがない綺麗な太刀筋、父さんとは違ってものすごく静かだ。

 父さんはなんというか……一見綺麗な太刀筋なんだけど、よく見ると荒れ狂う何かが内包されている太刀筋をしていた。

 

 そうして俺とアンナさんは、朝食の時間まで剣を振り続けた。


 


 そしていつも静かな朝食は、賑やかな時間に変わった。


 アンナさんと二人でリビングに入ると、ルーシーさんが揶揄ってくる。


「あら? アンナ、いつの間に英人さんと二人っきりで訓練する仲になったんですか?」


「やめてくださいルーシー様、私たちはただ同じ場所で稽古していただけですから!」


 年齢は聞いていないが、ルーシーさんの方が二つ年上らしい。


「アンナ少し顔が赤いですよ? それと、ここは公の場ではないのですから、いつものように姐さんと呼んで良いのよ?」


 なるほど、普段の二人はこんな感じなのか。


 アンナさんは外では職務を全うしているからか、口調が固いからな。

 ルーシーさんがアンナさんをいじっていると、レイナが口を挟んでくる。


「英人! 明日からは私も参加するから! 起こしてちょうだい!」


 いや……参加するのは別に良いけど、自分で起きてくれよ……


「自分で起きてくれ。別に強制しているわけじゃないんだから」


 俺たち4人のやりとりを見て、母さんは楽しそうに笑う。


「賑やかになって良いわねぇ。ルーシーちゃんにアンナちゃん、それとレイナちゃんも、好きなだけウチにいて良いからね」

 

 そうして賑やかな朝食が終わり、それぞれの予定で各々動き出した。

 ルーシーさんたちの3人は病院へ、俺は一人でいつも通りダンジョンに向かった。

 

 


 そして俺は、低階層での探索を終えて帰宅した。

 

 現在B級ダンジョンの攻略は7回層まで進んでいる。

 魔石を集めつつ、ソラとサクヤのレベル上げを進めているところだ。


 魔石もぼちぼち溜まっている。

 

 ______

 インベントリ

 魔石

 ・F級:7689

 ・E級;480

 ・D級:418

 ・C級:323

 ・B級:144

 ______

 

 サクヤとリュートにはワイバーンの龍装を追加して、そちらも同時にレベリングしている。


 聖女の依頼を引き受けてしまっているため、B級を本格的に攻略する時間が取れない。

 B級は野営がマストだし、丸々2日は依頼を休む必要がある。

 

 聖女の依頼が長引くようだったら、B級攻略のために数日休みをもらうしかないな……


 


 そして翌日、俺は調査のためにルーシーさん達に同行していた。


 やってきたのはC級ダンジョン、どうやら感染者の多くがC級以下の探索者だったらしい。

 ルーシーさんはC級ダンジョンに何かあると見ているようだ。


 俺たちは第1層から階層をぐるっと一周し、何か異変が起こっていないか確認しながら下層を目指した。

 

 そして現在8階層まで降りてきたが、ダンジョンに変わった様子は特に見られなかった。


 道中は基本的に魔物は俺が討伐してきたが、レベルが上がっているせいで大した経験値にはなっていない。

 そしてサクヤとリュートも召喚できないため、二人に経験値が入らない。


 反対に、ソラにはそこそこ経験値が入っている。

 まだ召喚したばかりでレベルが低いおかげで、C級でもレベリングができている。


 ソラの龍装である「蒼翼の王鎧」は上半身の鎧だ。

 青黒い鱗がびっしりと敷き詰められており、両肩には龍の上顎が肩パッドのようになっている。

 見た目とは裏腹に、動きにくさは微塵も感じなかった。

 

 そして見た目はようやくそれっぽい風貌になった。

 今までは足だけが龍装の装備だったから、見た目がガチャガチャしていた。

 そこに主張の強いソラの龍装が追加されたことで、見た目に統一感が生まれた。


 


 8回層を少し回ったところで、ルーシさんが声をかけてくる。


「英人さん、少し休憩にしましょう」


「わかりました」


 するとアンナさんが、結界石を取り出して設置する。

 俺のとは違い、かなり広い範囲で安全地帯が出来た。


 近場の木の幹に腰を下ろして、持ってきたお茶を飲む。


「英人さんは、今後誰かとパーティーを組む予定はあるんですか?」


 唐突に、ルーシーさんがそう尋ねてきた。


「パーティーですか? 今の所組む予定はありませんね」


「そうですか、それなら来月からは鈴さんとパーティーを組むのはいかがですか?」


 話が読めないな、どうして鈴が出てくるんだ?


「どうして鈴が出てくるんです? それになぜ来月?」


「鈴さんは来月から探索者高校の生徒になるんですから、これを機に組んでみてはいかがですか?」


「え?」


 鈴が来月から探索者高校の生徒だって?……

 初めて聞いたぞそんなこと……いやまて、そもそも鈴のジョブはなんだ?

 もう入学が決まっていると言うことは、試験も通過していると言うことだろう。

 

「まさか……知らなかったんですか?」


「え、ええ。今初めて知りました。それに鈴のジョブも知らないです……」


 俺がそう言うと、ルーシーさんには変な目つきで睨まれた。

 

「英人さんはもう少し、鈴さんと話しをするべきですね。妹のジョブも知らないなんて、兄失格です」


 そこまでか……まあこればかりはしょうがないか。


「兄弟なのですから――」


 ルーシーさんの説教が始まろうとしたが、突然耳元で蚊の羽音が聞こえた。


 ――プ〜ン


 俺は咄嗟の反射で蚊を潰す。


 ――パチン!

 

 俺は手を払いながら、話を遮ってしまった謝罪をする。

 

「すみませんルーシーさん、蚊が飛んでいたもので……」


 そう言っている最中にふと気づく。


 ん?


 おかしい……どうしてダンジョンに蚊がいる?


 ”ダンジョン内部には地上の生態系は存在しない”

 

 俺に続いてルーシーさんも異変に気づく。


「英人さん! すぐに魔纏か何かで体を覆ってください! それと念のため浄化します。聖浄せいじょう!」


 俺はすぐに魔纏を発動して、魔力で体を覆う。


 ルーシーさんは何かに気づいたのか、俺に浄化の魔法をかけてくれた。

「聖浄」は聖女の固有魔法で、毒などを浄化する魔法らしい。


「私が予想していた最悪の展開になったようです。おそらくキメラウイルスの感染源は、先ほどの蚊だと思われます」


 

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