第40話 緊急依頼

 ワイバーンの召喚をしてから1週間。

 この1週間はB級ダンジョンの低階層を毎日探索し続けて、魔石集めとレベリングをしていた。


 朝食を食べていると、不意にシーカーリングが起動し、緊急アラートと共にディスプレイが浮かび上がる。

 

 ディスプレイの画面には、官邸の記者会見場が映し出されている。


『え〜これより、内閣総理大臣による緊急記者会見を行います』


 緊急記者会見?……


 支給されるシーカーリングには、緊急事態が発生した時に素早く情報が届くように、自動的にディスプレイが起動する機能が備わっている。


 探索者のマニュアルには書いてあったけど、まさか本当に使われることがあるとは……余程の事態が起こっているんだろう。


 そして記者会見が始まり、後藤ごとう総理大臣が壇上に現れる。


『ただいま東京近辺において、未確認のウイルスによると見られる感染症が確認されています。え〜、現在探索者を中心に感染が拡大しており、医療機関の逼迫に加え、治療法も一切判明しておりません』


 この前天道さんが言っていた、奇妙な病のことだろうか?

 総理大臣が記者会見してるってことは、相当感染者が増えているんだろう。


『政府といたしましては、治療法の発見を急ぐとともに、国民の皆様にもご理解とご協力をいただきたく――』


 総理の説明が終わり、質疑応答の時間になった。


 今の説明をまとめるとこうだ。


 まず、未知の感染症が流行している。

 感染者は探索者を中心に3000名ほどにまで増加。

 

 症状は多種多様で、発熱や嘔吐に始まり、手足が腐っていく症状も確認されている。 

 死者は出ていないが、感染者全員がベッドから動けない危篤状態である。


 感染者は現在東京、埼玉、神奈川、千葉の4件の狭い範囲で確認されている。

 この感染症を通称「キメラウイルス」と呼称。

 感染元は不明で、治療法も見つかっていない。

 海外では報告があがっていないことから、他国によるテロ攻撃も想定している。


 とまあこんな感じかな?


 天道さんはダンジョンで発生しているかもしれないと言っていた。

 今までダンジョンでは、地球に存在しないウイルスなどを発見した記録はない。

 

 これがもし何者かからの攻撃だとしたら、目的はなんだ?


 仮に奇術師を名乗るルアンの仕業だとしたら、何がしたいのかさっぱりわからない。

 俺のコアを狙っているんじゃ無いのか?


 他国によるテロ攻撃の方が、現時点ではしっくりくる。

 

 しばらく質疑応答を聞きながら食事をしていると、家のインターフォンが鳴った。


――ピンポーン


 誰だ? こんな朝早くに……


 鈴が玄関に向かいしばらくすると、どうやら俺に客だったようだ。


「お兄ちゃん、レイナちゃん来てるよ!」


 レイナ? とりあえず行ってみるか。


「今行くよ」




 そして玄関に行くと、レイナが待っていた。


「どうした? こんな朝早くに」


 俺がそういうと、少し呆れたようにレイナが言った。

 

「やっぱりね……パパからのメッセージ見てないでしょ? 私たち二人で、至急池袋支部に来るようにって」


 そう言われてシーカーリングを確認すると、天道さんからメッセージが入っていた。


 最近、俺宛に企業やらクランやらの勧誘が毎日届いていて、その度に音が鳴るのが鬱陶しかったから通知をオフにしていたんだった。

 

 メッセージを確認すると、至急レイナと一緒に池袋支部に来るようにと書かれていた。


 仕方がない……午前中の探索は中止かな?


 俺は渋々、レイナと一緒に池袋支部へと向かった。

 



 そして池袋支部に到着し、俺とレイナの二人は受付嬢に先導されて支部長室に向かう。


 受付嬢が、支部長室の扉をノックする。


「支部長、レイナさんと天霧英人さんをお連れしました」


「入ってくれ」


 そうして支部長室に入ると天道支部長の他に、二人の女性がソファに座っていた。


「二人とも来てくれたか」


「おはようございます天道さん。えっと、そちらの二人は……」


 二人は日本人じゃない事はすぐにわかったが、特に見覚えはなかった。

 ブロンドの髪に、剣を腰にいて白銀の鎧を装備した、まさしく騎士と言ったような風貌の女性。

 そしてもう一人は、赤毛を腰まで伸ばし、神官のような法衣を纏った女性がいる。


 しかしレイナは二人の内、赤毛の女性のことを知っていたようだ。


「ちょっと英人! 失礼でしょ! 初めまして聖女様。うちのバカがすみません!」


「ふふ、構いませんよ。私はあまりメディアには露出しないので無理もありませんし」


 赤毛の女性は口元に手をあて、にこやかに微笑んでそう言った。


 というか今……聖女って言ったか?

 聖女って……あの聖女?


「レイナと英人君に改めて紹介しよう。こちらのお二方は今日、フランスから急遽来日した聖女・ルーシー様と、その護衛を務めるアンナ殿だ」


天道支部長が二人を紹介すると、二人の女性は立ち上がり挨拶をする。


「私はルーシー・ルーと申します、聖女をしています。将来有望なお二人にお会い出来て光栄です」


 赤毛の聖女ルーシーさんは、淑やかにお辞儀をする。


「私はルーシー様の護衛を務めているアンナ・ベルナールだ。よろしく頼む」

 

 見た目もそうだが、本当に姫を守る騎士のような人だ。

 挨拶の間も一部の隙も無い振る舞い……かなりの手練れだとすぐにわかった。


 二人が再びソファに腰掛け、続けて天道さんが俺たちを紹介する。

 

「二人は存じ上げているだろうが、この二人が天霧英人と天道レイナだ」


「天霧英人です」

「天道レイナです」


 聖女とその護衛が俺たちを知っている?

 レイナはわかるけど、俺はどうしてだ?


「さて……英人君とレイナも今朝の記者会見は観たと思うが、 今回のキメラウイルスの件で、既存の薬も回復魔法もキメラウイルスには全く効果がなかった。そこで日本はフランスに救援依頼を送ったところ、こうして聖女様を極秘に派遣してくださった」


 なるほど……聖女のジョブは確か、上位の回復魔法が使えるという噂がある。

 病気も毒も怪我も完全に治ってしまうという。

 日本に来たということは、噂は本当だったか。 


 聖女様が日本にいるのはいいとして、なんで俺たちがここに呼ばれたんだ?

 

「聖女様には日本で感染者の治療と、感染元の調査を依頼している。そこで案内役兼補佐役として、君ら二人が選ばれたというわけだ。期間は無期限とし、ウイルス事件が解決次第終了とする。もちろんこれは協会の依頼になるから、報酬は良いぞ?」


 案内に補佐だって? 

 俺は早くランクを上げる必要がある。

 確かに未知のウイルスは大変だろうけど、俺の出る幕じゃない。

 

「待ってください天道さん。このお話は断ってもいいんでしょうか?」


 俺は思わずそう口にしていた。


 聖女様といえば、フランス唯一のS級探索者で、聖女というジョブは唯一無二のヒーラーだ。

 他のユニークジョブに比べて、その希少価値は高い。

 そんな国際的にも貴重な人物には失礼かもしれないが、俺には他にやることがある。


「まあそういうな、英人君のことも理解しているつもりだが、今回ばかりは頼まれてくれないか? 君たちを補佐に選んだのは、他でもない聖女様自身なんだ。こちらが無理を言って日本に来てもらった以上、聖女様側の要望は叶えるべきだろう」


「ですが……」


 そう言われてもなぁ……ルアンの件もあるし、どうしたものか。


 俺が悩んでいると、天道さんが俺に小声で耳打ちしてきた。


「この件を引き受けてくれたら、S級に上がった時点でEXダンジョンの攻略許可が出るみたいだよ」


 ぐぬぬ……そうきたか……

 多分そう言っているのは財前会長だろう。

 

「はぁ……わかりました。その依頼引き受けます」


 俺は渋々ながら、今回の依頼を承諾した。


「レイナはどうするんだい?」


「私は断るつもりなんかないわよ。聖女様とコネができるなら、今後の活動に有利だろうし」


「じゃあ決まりだね。二人とも、聖女様に失礼がないように頼むよ」


 まあ仕方がない……レベル上げは空いた時間にすればなんとかなるだろう。


「英人さん、レイナさん。お二人ともこれからよろしくお願いいたしますね」


 聖女ルーシーさんは、嬉しそうに微笑みながらそう言った。


「護衛は私がしますので問題ありません。お二人には、ルーシー様のサポートを全力でしていただければ、それで構いません」

 

 そうして俺とレイナは、聖女様の案内役兼補佐役として、無期限の依頼を受けることとなった。

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