第5話 動物さん

 モドキは、猫としては飼いやすい部類にはいるだろう。

 トイレは人間用の物を難なく使いこなし自分で水まで流せるし、猫缶は、プルトップさえついているタイプであれば、自分で開けて食べる。見た目も、長毛種の猫のそれを踏襲していて可愛い部類だろう。


 だが、徹底的に生意気で役立たず……。オヤジくさい。


「モドキ、あんたさあ、何か家事出来ない? ほら、ファンタジー世界の人語を話す動物さん達はさ、ケーキを焼いたり森でレストランを開いたりするんだよ。そんなビール片手に時代劇観てるだけの猫もどきは、あんただけでしょ」

私が当然の主張をすれば、


「ケーキだと? レストランだと?」

とモドキが鼻で笑う。


「何よ。何が変なの?」


「この愛らしい肉球ハンドを見よ。この手で包丁やフライパンが握れるとでも思うのか? しかも、このラグジュアリーフワフワバディ。どんな料理を作ろうが、猫毛が混入しない確率は、限りなくゼロに近いだろうが」


 確かに。あの小さな手では、包丁もフライパンも扱うのは難しそうだ。猫毛の混入も、あの毛むくじゃらの体では、防ぎようがなさそうだ。

 悔しいが、一理ある。


「それに、玉ねぎやネギが混入していたらどうする。一撃でぽっくりあの世行きだぞ。危険な」


 そこは、猫の性質を踏襲するんだ。ビールはガンガン飲む癖に。カニだってたくさん食べるくせに!

 じゃあ、やっぱりあの憧れの可愛い動物のレストランなんてものは、我が家では無理らしい。残念だ。


「猫という物はだな、古来エジプトのバステト女神より、人間に崇めたてまつられて、優雅にコタツでぬくぬくと丸くなっているのがデフォという物だろう」


「待て。エジプトにコタツは無いだろう? それに、モドキが猫だとは、限らない」


 そう。大前提として、モドキが猫であるかどうかが怪しい。

 こんな風に、主人を論破しようとする物体が、猫だなんて。世の中何か間違っている。


「まだ儂を猫だと認めんのか。面倒くさい奴だ。では、薫の言う猫の定義とはなんだ?」


「猫の定義……。ねこ、猫。耳が三角で、毛皮がフワフワ。ニャアと鳴いて可愛い」


 改めて定義と言われると、困る。そんなの考えたこともなかった。

 だって、猫というものは、猫なのだから。


「はいはい、ニャア、ニャア。これで、全ての条件を完ストしたぞ」


 ケッと笑って、モドキはチュールを開けてなめる。

 美味そうに目を細めて、両手で大事そうにチュールを持つ姿は猫っぽくてちょっとやっぱり可愛い。猫好きの心をくすぐる。


「くっそムカつく」


 私は、モドキのもちもちほっぺをグリグリといじる。

 触り心地は、ラグジュアリー。

 程よい温みと柔らかさ。モフモフの毛がフワッと手を包んでくれるのが、何ともしがたい触り心地を生み出している。

 ま、いいか~。これで~。

 驚異のモフモフ触感に、脳が機能しなくなる。

 完全に術中にはまっている気がしないでもないことはないのだが。

 

 いいのか?


 こうして、何もしない居候は、今日も元気にわが家で時代劇を観ながらくつろいでいる。

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