世界最高の職人をスランプから脱せさせる



 俺は異世界に来ている。

 付与魔法で作った魔道具を売ってみるためだ。


 取引先である銀鳳ぎんおう商会お抱えの職人、マリク・ウォールナットさんのもとへ、目利きを頼む。


 俺の作った百均ナイフ(性能強化済み)を見て、彼女は俺に土下座してきたのだ。

「頼む! このすんげえナイフを作るあんたの! 弟子になりてえんだ!」


 何度も何度も、ドワーフのお嬢さんが俺に頭を下げてくる。

 なんだそりゃ。弟子って。そんな面倒なことをしないといけないんだ……。


「やだよ」

「そんな! たのんます! どうか! おれの、全財産をあげてもいい! あんたに身も心も捧げても良い! だから!」

「ちょ、ちょいちょい……落ち着いてくれよ……」


 もう正直奴隷はいらない。

 現実でも異世界でも、間に合ってるんだよな。


「そんな……」


 青い顔をして、がっくりうなだれるマリクさん。

 ふうむ……。


「なんでそんな必死なん?」


 見ず知らずの人間に、頭を下げるだけじゃなくて、身も心も捧げるー、なんて言い出すのは、正気とは思えない。


 特別な事情があるように思えた。


「おれは……死んだ親父を、超える、職人になりたいんだ」


 マリクさん曰く、彼には凄い父親がいたらしい。

 その父親にあこがれて、職人を目指したそうだ。


 父親にも夢があった。それは、神器を作ることらしい。


「じんぎ?」

「神が作ったとされる、超凄いアイテムのことですよぉ」


 商人のクゥジョーが説明を入れる。

 神のアイテム、ねえ……。


「進化聖剣エクスキャリバー。翡翠の外套。時王の神眼クロノ・サイト。 どれも特級のアイテム……神器。親父はそれに匹敵する、あるいは、凌駕する武器をつくりたかったんだ」


 過去形ってことは、夢破れて死んでいったのだろう。

 この子は父親の遺志をついで、がんばろうとしてるわけか……。


 まあ…………………………………俺には全く関係ない話だな。うん。


「そうかい。がんばりな」

「で、弟子入りは?」

「却下」

「そんな!」


 事情を聞いたところで、俺がこいつに手を貸す義理はない。

 てゆーか、俺はそもそも職人じゃない。


 それに職人でもないのに弟子を取って、それっぽいことを言うなんて、そっちのが不誠実だろ。


「弟子は取らん……が、あんたんとこに、優先的にアイテムを譲っても良い」

「! それは……この素晴らしいナイフを、おれに?」

「ああ、あくまで売るだけな。正当な対価はもらうけどよ」

「そ、それだけでいい! 全部を教えてもらわなくても、この完成品から逆算して、技術を盗んでやる……!」


 そのほうがいい。

 俺にできるのは、そんなくらいだもんな。


「感謝する!」

「別に感謝なんてしなくていいよ。俺は単に物売ってるだけ。あんたが勝手に技術をつけるだけだ」

『おお、主よ。凄い人格者みたいだな』


 一部始終を見ていたフェンリルのフェリが、くっくっくと楽しそうに笑う。

 ええい、うるさいな。


「他にはないか! 全部買い取る! 金はそこの鳥女が代金を払う!」

「……しかたないですねえ。出世払いですよ、マリク」


 金については、こっちの適正価格がわからないので、クゥジョーの出せる値段でってことにした。

 

「ほ、本当によろしいのですかぁ?」

「ああ。あんたに任せるよ」

「……なるほど。さすが紅の賢者様。俗世にまみれた凡人たちと違った、高い次元での価値観をお持ちなのですね。さすがです」


 いや単にこっちでもうけても、あんまり使い道がないだけなんだが。

 前にも言ったが、こっちで金を稼いだところで、現実に金が還元されない。


 ゲームコインみたいなもんなのだしな。

「ほ、他にはないか!? 師匠!」

「師匠はやめてくれ」

「じゃあ賢者さんよ!」


 賢者ってほど賢いとは俺思わないんだが……まあいいか。


 俺はアイテムボックスから他の百均ナイフと、魔法が付与された装飾品を出す。


「うぉおおおおおおおお! どれもすげえええええええええええええええ!」


 驚愕するマリクさん。


「ちょっと壊さないで下さいよぉ。あとで売るんですから」

「うぉー! なるほど、こうなってるのかうぉー! すげええ! みなぎってきたぁあああああああああああ!」


 マリクさんはクゥジョーなんて眼中にないのか、作品作りに没頭する。

 やれやれ、とクゥジョーがため息をついて、おれに、魔法バッグから取り出した革袋を渡してきた。


「結構ずっしりしてるけど、これでいいのか?」

「それでも安いくらいですよぉ。この世界最高の職人が、ここまで驚く品です。大金を出すに値する品なのはたしかです」


 まあ、そういうもんなのかな。

 

「それにしても……ありがとうございます」

「え? なんだよ」

「このところスランプだったこの女が、ここまで情熱を取り戻せたのは、あなた様のおかげですから」


 別に俺はなんもしてないんだが……。

 単に作ったもん売っただけだし。てゆーか、元々は現実の百均で売ってるもんだしよ。

 

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