06.有名作家が描くのを辞めてしまい、元上司が困る
カイトが異世界の扉を使って、新しい人生をスタートさせた、一方その頃。
まず、大手出版社である、タカナワ。その漫画編集部は、混乱をきたしていた。
「え!? 単行本が間に合わない!?」
「そんな! 今週分の原稿がまだ入稿されてないですって!?」
カイトが辞めてまだ1週間程度しか経過していない。
だというのに、職場は大騒ぎだ。
「どうなってるのよ!!!!」
編集部長である、
今まで現場がこんなにももたつくことはなかった。
むしろ毎日スムーズに業務が回っていたはず。
だというのに、この一週間で、あちこちでトラブルが発生するようになったのだ。
「部長……これどうすれば……?」
部下が真々子のもとにやってきて尋ねてくる。
びきっ、と眉間にしわが寄る。
「どうしてこんな簡単なことが、できないの!」
「だ、だって……今まで全部、飯山さんに押し付けてたから……」
「飯山君……」
そう、誰に仕事を頼んでも、やり方がわかりません、と返ってくる。
ではなぜか? と問いただすと皆が口をそろえて、飯山カイトがいないからと答えてきた。
「……確かに、彼がいたときのほうが、仕事が楽だったけど……」
まさか、ここまで飯山以外のメンツが無能だとは思わなかった。
今になって、手放したものの大きさを痛感させられる。
「…………」
だが自分から追い出しておいて、現場が大変だから、今更に戻ってこいだなんて、プライドが許せない。
「そうよ。多少もたついてるのは、飯山君が急にいなくなったからだわ。みんながこの環境に慣れれば、きっと昔みたいに……」
と、そのときである。
「失礼するっす」
眼鏡をかけてた、若い女がいた。
18歳くらいで背が高い。
胸は大きく、タンクトップにホットパンツという、実にラフな格好。
買い物に出かけるような気安い恰好で、であるこの女は……。
「な、
彼女は
大人気作品、【ハーレム系ギャルゲーの親友キャラに転生した】、略して【はーてん】を出版し、アニメ化、映画化までしてる、超大人気作家である。
この出版社、タカナワの出版部門において、世界的大ヒット作品デジマスと並ぶ超人気作品である。
「ど、どうなさったのです、南木曽先生? 編集部に直接来るなんて、珍しいですね」
相手は、あのはーてんの作者だ。
今やデジマスに次ぐ超人気作品。漫画部門で第1位の売り上げを誇る作品の作者。
絶対に、怒らせてはいけない相手だ。
「うち、辞めます」
と、そう一言だけ言って、なぎは踵を返して去っていった。
一瞬、何が起きたのか、真々子は理解できなかった。
だが、なぎの一言、辞めます。
それはつまり……。
「待って、待って待って待って!!!!!」
真々子は慌ててなぎの後を追う。
彼女の腕をつかんで引き留めた。
「待ってやめるって、どういうことですか!?」
「だって、カイトさんやめたんすよね?」
「え、ええ……」
なぎの担当編集はカイトだ。
彼女が新人だった頃から、ずっと彼は面倒を見てきたのである。
「てゆーか、あんたカイトさんをクビにしたんでしょ?」
「ど、どうしてそれを……」
「本人に直接聞いたっすよ。……あんな、すごく仕事ができて、素晴らしい人をクビにするなんて、どうかしてるっす」
なぎが真々子に、そして編集部に向けるまなざしは、冷たかった。
そこには編集部への不信感と敵意がありありと浮かんでいた。
「恩人であるカイトさんにひでーことする編集部に、金もうけさせるようなことさせたくねーっす。だから、もうここでは二度と描かないっす。じゃ」
そう言ってなぎは真々子の手を払って、出て行こうとする。
いけない、だ、だめだ! ひきとめないと!
はーてんは、間違いなくタカナワが誇るコンテンツの一つだ。
それを失うことがどれだけ、会社に、そして自分の人事に係わるか!
「待って! お願い! 書いてくれないと、あたしがクビになるかもしれないの!」
「は、知らねーっすよ。人のこと簡単にクビにしといて、よく言うっすね」
なぎはもう振り返らない。
「まってよぉおおおおおおおおおお!」
足にしがみつくが、げしっと払われる。
「別にうちが一人いなくなっても、他にもたくさん漫画家さんはいるっしょ? ならそのひとらに頑張ってもらってくださいっす。んじゃ」
「そ、そんな!」
すたこらとなぎは去っていく。本当に、この編集部には何の未練もないようだ。
カイトがいたから、描いていたという発言は、本当だったんだ……。
「編集長! これどうすれば……」「原稿が上がってこないんですけどどうしましょう……」
詰みあがる、雑務。回らない仕事。超大人気漫画家の喪失。
それは全部、カイトをクビにしたことが原因、つまり、自業自得だったわけで……。
「あああ! もう! なんて、バカなことしちゃったのよぉおおおお!」
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