第3話 input (test)
大学入学試験をトップで通過した俺は、もちろん校内で注目される事となった。
しかし、順風満帆なキャンパスライフを信じ込んでいた俺には思わぬ落とし穴が待ち受けていた。
高校の成績が良かろうが悪かろうが、プログラミングのプの字も理解していない俺には地獄の一年が待ち受けていたのである。
特に同じクラスになった
「ええっ! この学部目指したいうのに、プログラムのプゥの字も知らんの?」
「いやいや、何でおたくPythonもJAVAの基礎も出来てへんのに、此処に入ったん?」
「アカンやろ、長瀬教授にそりゃあ失礼やわ、ねえ教授」
幸い先生は苦笑いしただけだったが、彼の突っ込みで大半の同級生にもドン引きされ疎まれた。何でお前のような人間が此処に来たんだって。
まさか受験勉強よりもハードな生活が待ち受けているとは考えても居なかった。
俺は授業だけでは追い付かない事に気付くと、授業後早速書店へと足を進めていた。ジュンコ堂書店という大きな本屋へ入ると、専門書コーナーのある階を目指した。実際に専門書のコーナーへ着いたのはいいものの、予想よりも遥かに多くの本が陳列されており、どの本を手に取れば良いのかさっぱりで、一人ひたすら本と睨めっこしていた。
「一体どの本から始めればいいんだよ、ちょくしょう」
そうぶつぶつと呟いていたときだった。
急に誰かが俺に声を掛けて来た。
「あら、ボク大学生? プログラミングでも始めるのかしら?」
そこにはうっすらと笑みを浮かべた黒髪ロングの美魔女が立って居た。黒のスーツに黒のパンツ、そして黒いサングラス。グラス越しなのでハッキリと顔は分からないが、輪郭とセクシーな位置に黒子が有ることで間違いなく綺麗な人だと分かった。
「はい、工科大学に入ったのはいいんですけど、全然プログラムに関して知識がなくて、これじゃあ授業にもついていけないと思って」
って、何を俺は見ず知らずの女性に説明してるんだ……。美人の前で緊張していたせいか、言う必要のない情報をペラペラと喋っていた。これが所謂ハニートラップか。
「そっか、ボク頑張ってるじゃない。それじゃあ……」
「はい、コレ」
何かを言いかけたかと思うと、徐に胸ポケットに挿したボールペンを取り出すと、メモ帳にすらすらとペンを走らせ、二枚に折り曲げると俺の手を包みこむように握ると、それを一緒に渡した。
「これは?」
「私の連絡先よ、今日はちょっと用事があるけど、お互い都合が良ければデートでもどうかなって思って」
「えっ!?」
「あはは、嘘嘘。私が開設してるプログラムに関してのブログのURL。興味有ったら読んでみて。あっ、それと始めるならこの本も良いと思うわよ」
"起きてから眠るまでのPython"
━━あの、天才利根川も大絶賛のこの一冊。
初心者はもちろん中級者の復習にも持ってこい。━━
「起きてから眠るまでの……。あの、コレって、あれ?」
ちょっと本のタイトルと帯に目を奪われているほんの束の間、いつの間にか彼女はフロアーから忽然と消えていた。
「まだ聞きたい事が有ったんだけど、まあいいか」
俺は取り敢えず渡された本を手に取り読みながら、レジカウンターへと足を進めることにした。
ドスンッ!?
「きゃあっ!?」
俺は必死になっていたとはいえ、よそ見をしていたのが行けなかった。ながら歩きはするものじゃないな。俺はすぐにぶつかった相手に謝ろうとしたが、逆に謝られてしまった。
「いや、こちらこそごめんね。大丈夫だった」
「いえ、私の方こそ……ついながら歩きをしていたものですから」
えっ、この子もながら歩きしてたのか。俺は思わず笑いそうになったが、さすがにまずいと思い口角を下げるよう努めた。彼女は眼鏡をくいっと上げると立ち上がろうとしたが、少しよろけていたので俺は慌てて手を差し伸べることにした。緊張しているのか眼を物凄くパチクリさせている。
彼女はやおら立ち上がると、両手で制服のスカートの埃を払うように身なりを整えるとペコリと頭を丁寧に下げた。こんな時、俺もどうして良いものか分からなかったので、同じくペコリと頭を下げることにした。
ぶつかった際に落とした本を手に取り渡そうとしたのだが、その本のタイトルに思わず目を奪われた。
"メイクコードでブロックを組み立てるだけで簡単に誰でもゲームできちゃいます"
何だと!? プログラミングしなくてもゲームってできるもんなのか? 俺は彼女に本を手早く渡すと、『ごめんね。それじゃあ』と一言告げると、先程のプログラム専門書のコーナーへと慌てて引き返えすことにした。
「あっ、ちょっと……。ムゥ」
その時、何か彼女が言おうとしていたのが見えたが、一刻も早くプログラムを身につけたかったので、その時の俺には余裕と言うものすら無かった。
「メイクコード、ブロック……ブロック……。おっ、有ったこれだ」
俺は彼女が先程手にしていたものと同じ本を手に取ると、今度はながらは止めて、二冊の本を手にレジへと並んで購入することにした。
俺は家に帰ると早速あの子が持っていたのと同じ本を開く事にした。そういえば、あの制服って何処かのお嬢様学校だった気が。まだ高校一年生かな、髪型が三つ編みだったし、それともまだ中学生か。いやいや、そんなこと考えてる暇が有ったら、プログラミングの勉強をしなくちゃな。
表紙の題名でもそうだったが、大学の授業の説明で聞いたものとは全く異なっていた。本当にプログラム言語を打ち込まなくともゲームが作れることに驚いた。それはまず本書に書かれているマイクラソフトのアーケードサイトの画面にアクセスすることから始まり、チュートリアルに従う。慣れたらビギナーコースをクリックし、問題を解きながら進めていく。それを学んだあと、応用として実際にブロックみたいなものを積み上げるだけでゲームが出来てしまうというものだった。
マジか、俺マジで一人でゲーム作れたじゃん。しかもこんな短時間で。まあ、ちょっと適当なところはあるにはあるけど、絵心は無いので仕方が無いっちゃ仕方がない。俺は初のシューティングゲームを完成をさせて、一人部屋の中で自分の作ったゲームをしてはしゃいでいた。
アーケードの方は約三日間で終わらせると、今度はあの美魔女からお勧めされた本を開いて、Paythonについて勉強する事にした。今でこそ物凄く簡単なプログラムなんだけれど、その当時はある意味単純な命令の為、その凄さに実感が湧かなかった。
print ("Say Hello")と入力して実行すると、
Say Helloと表示されるだけだからだ。
頭を悩ませながらも俺は必死にプログラムの勉強に喰らいついた。本での情報だけでは足りない場合は、彼女のブログ1840、ウィザードBandouに目を通しそれを学んだ。全ては妹の為、妹をこの現実空間へ戻すため。
……それだけだ!?
現実空間に戻すと言っても、もちろん死んだ彼女の魂は戻らないし、まして火葬した肉体が帰って来るわけでも無い。
なので俺が考えてるのはもっと現実的な事での黄泉がえりだ。それはロボットの身体に妹の記憶を移し替えるというプロジェクトだ。もう機械工学の世界ではあと数年もたてば可能だと言われている。現在、色んな国々でその挑戦が行われているのも事実だ。残念なことにその大半は軍事利用が目的なのだけれども。
もちろん、俺の場合は違う……。
肉体を失った人の記憶のデータをインストールするのであれば、違うパソコンに記憶領域のハードウェアを載せ替えるだけで良いので、そんな事はある程度自作パソコンの経験が有れば誰でもすぐに行えるのだが、問題はそこじゃない。ロボットの身体に記憶を載せ替えるだけじゃ妹を取り戻す事はできない。
重要なのは、データをロボットの身体に移し替えたその後、生前の妹の仕草等も完璧に再現出来るプログラム技術に掛かっている。俺はそのためにこの大学に入り、いま毎日寝る時間も惜しまずにプログラムの勉強をしている。もちろん寝ないとマジで死ぬので、通勤時間やこの計画に関連しない全ての授業に関しては、先生方には申し訳無いが睡眠の時間に使わせてもらっている。
そして俺が毎日毎日死に物狂いでプログラムとロボット工学を勉強した甲斐もあり、ついに導き出した計画がこれだ。
Immortal Object Plus
俺の論文のテーマにもなっている。
IMmOrTal Object Plus→I M O T O プラス→妹+だ。元々英語は得意では無かったので、他に良いイニシャルが頭には浮かばなかった。でも、アナログで英和辞書のページを捲りながらImmortalと言う文字が真っ先に目に飛び込んで来た、俺にはその文字が妹という文字にしか見えなかったんだ。そしてこの文字は不死と言う意味を持っており、尚更自分にはシックリ来るものが有った。あと、イニシャルを敢えてIoPとしたのはわけがあり、IoTじゃないが、IoPの到来を願ってこの三文字にした。
因みにImmortal Memorable Objective Trinity Plusなんてのも考えたりはしたが、却下した。Memorableは忘れないと言う意味合いと、Trinityはロボットの身体、妹の魂、AIの結びつきを意味しようとしたのだが、今回はIoTをあやかり、IoPとした。
シンプルが一番だ。
因みに教授や他の連中にはホントの意味は内緒にしてある。そのまんま不滅の物体を構築しそこに更にプラス要素を付け加えるって意味合いで説明をしている。まさか実の妹の為のプログラム開発だとは思ってもみないだろう。
まっ、まあ……当たり前だけど(汗)
もし怪しまる場合は、あの五文字の案を出してもいいと思う。幸いそこまで突っ込まれはしなかったが、IoTの次を意識しましたと言ったら、教授は満足気に微笑んでくれた。
今後の研究のテーマとしてまさかの賛同を勝ち取り、学部内の研究テーマへと発展していった。
研究内容が面白い事も有り、学長からも期待が一気に高まり、なんと研究の資金援助まで降りることとなった。普通なら高額で手に出せないFPGAなる製品を購入することも可能となり、更に一歩実現へと近付けることとなったのである。ちなみにFPGAというのは簡単に言えばCPU等のハードウェア製品へ自らプログラムをする事が可能で、目的の命令だけにチューンする事が出来る製品群を言う、とことん研究者や開発者が研究を突き詰める事が出来る優れものなのだ。デメリットとしてはサポートは基本英語のみで、日本語のサポートはされていないらしい。
(まあ、そこは英語の得意な学友にお任せしよう)
またこの発表の僅か半年後、研究テーマを痛く気に入った企業が製造に声を挙げた。俺の妹+(Plus)いや、IoPの研究はあっという間に波に乗り始めたのだ。
その企業はちょうど俺と同じ境遇の身内を失った人や最愛の人を事故や病気等で亡くした人で、妹が亡くなった当時に普及した記憶の園と言う会社が開発した"エタニティブレイン"を利用し、記憶を現実世界へと移したいと願う声がこの企業へと集まっていた。そしてこれについてある程度研究を始めて居たらしいのだ。しかし有るボトル・ネックが生じ、それについて研究員は大変頭を悩ませて居たところ、俺の考えて居た"Auto Variable Translational Genes"(自動可変翻訳遺伝子)技術に目を付けたのだ。
to be continue ……the younger sister plus
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