第5話冒険者になった日
二人は足を進め城門を潜ることとなった。
出口とういうか、光が差す方向に問答無用で進むと俺の視界は一瞬真っ白な世界だけ広がった。
それも数秒間だけだったが次第にその光は失われ、かの国は本来の街並みを現わした。
「うぉー...すげぇ...!」
眼前には元の世界では味わえない非常に幻想的で歴史的で現実味のある景色が広がっていた。
幻想的...ここでは「妖精族」や「龍人族」が闊歩していたり見たこともない薄青い色が着いていながらもとても透明性が高い「結晶構造体」が見えるところ全てに存在するということだ。
さらに言えば一般人がさらっと自然に魔法のような何かを使っていたこともそうだ。
この世界については何もわからないが、直感はそう言っている。
歴史的...ここでは古風な建物や服装が流行っていることを言う。この国は元の世界で言うとヨーロッパがそれにあたるだろう。俺自体はそういうのには興味がなかったが、それでもイメージとしては大体あっているはずだ。装飾がこまごまとしていて、それら一つ一つが丁寧に作り込まれている。
服装もどこか1960年代以降のヨーロッパを彷彿とさせるようなファッションをする人が多い気がする。冒険者業以外のものは割と自由な格好をしている。
そこらにはスーツを着たお堅いおっさんが歩いていたり、学生であれば近代イギリス風な可愛げのある制服を着ている。
一方冒険者業の人たちはというと...まぁ異世界物でよく見る格好をしている。
一部を除けば普通に見ていても至極まっとうな冒険に最適化された装備をしている。
現実味...ここでは理にかなった建造物の構造や地に足を付けた考えをその目ですぐに感じ取れるほどの利便性が高まった町の移動手段やそれに伴う周辺の近代化の事を言っている。
目の前では宙に浮いた車が走行していたりするが、ちらっと見ている限りではSF的な「反重力物質」を使っているようには見えなかった。だが完全に魔法とやらで動かしているわけでもなさそうだった。
どちらか一方を採用するのではなく、双方の特徴を生かして作られているように思えた。
「ここが俺たちが目指した英雄国タルバットの街か!」
「そうだ。綺麗で賑やかで穏やかで平和で....良いだろ?」
「あぁ!最高だよアルカ!」
「じゃあこの景色はまた今度見ようね。今から飯を食いに行ってもいいけど冒険者じゃないとかなり値が張るから、まずはここのギルドに行こうね。ギルドカードさえあれば何処の国へ行っても5品以上の追加注文しない限りは無料か5割引きされるからお得だよ。」
「分かったよ。じゃあ早速そのギルドに行こうぜ!」
ギルドまでの道はアルカがしっかり丁寧に教えてくれた。
道中にはたくさんの人々が常に往来している。
普通に歩いているとそこら中に建物を避けて地面から生え散らかしている結晶構造体にぶち当たってしまうが、そこはアルカにお任せだ。
アルカは俺の目の前で堂々とその結晶構造体を腰に提げていた直剣で素早く根元から切り落としてしまった。
「よし!じゃあこの結晶構造体はキミが持っておくんだよ?これでもお金になるからね。」
「こんなに生えていたら売ってもそんなに金にならないんじゃないのか?」
「そんなことないよ。この結晶構造体は時を選ばずに無限に生えてくるからね。国が促している清掃ボランティアみたいな感じかな?だから少しでも取っておくとかなりの値で取引してくれるんだよ!」
「それはいいことだな。じゃあ冒険者としてまっとうに稼ぐ前に、ここでボランティアしてた方が稼ぎはいいんじゃないのか?」
「そうね。たくさん掃除すればその分換金されていくし、私たちにとっても、国にとってもマイナスな面はどこにもないんだ。なんなら国はボランティアをしてくれる人により良い待遇ができるようにと、月一のペースでイベントを開催してそのたびにレアな鉱物やお金とか...ほかの街で取引されてるものなんかもそのイベントでポイントと引き換えに手に入れられたりするんだ。」
「ポイント?ポイントってのはなんなんだ?」
「ポイントっていうのは切り落とした結晶構造体の太さ・長さ・硬さ・重さを総合して手に入れられるものだよ。その物によって変わるんだけど、同じ長さ・重さでも硬さが違えば4倍もポイントに差が出るんだ。だから大きい物だけ狙って掃除しても固くなかったり、軽かったりして意外にもポイント効率が悪かったりするんだ。だから国中の小さなものから大きいものまでを掃除するという意味合いでポイントの取得方法が設定されてるんだ。」
聞いてみれば結構面白いイベント内容になっている。
冒険者業ができない人やそれ以外の一般人、老若男女問わずに参加できるこのイベントは国の判断として非常に頭がいいと思った。
アルカがイベントについて話してくれていた間も俺たちは歩きながらも結晶構造体を切り落としていき、ギルドにつく前にはすでに腕に抱え込むほどに大量の物を持っていた。
「アルカ!もうこれ以上は持てないぞ...!ギルドはどこなんだよ!」
「そんなに慌てなくてもいいから。もうすぐ、もうすぐだよ!」
「それならアルカも少しはもってくれないか?!袋すら持ってない俺に荷物係は無理あるだろ!」
「もう、しょうがないなぁ。少しだけ持ってあげる。」
アルカは足を止めて振り返り、俺の腕に積みあがった結晶構造体を6個だけ自前の小袋に詰め込んだ。
「.....本当に少しだけじゃないか!」
「少しって言ったら少しなの!我慢してよね?」
「分かったよ。」
彼女は口角を上げ、鋭かった目を少し丸くして”ふふん!”とご機嫌な感じで笑って見せた。
単純に可愛い。
それから五分ほど歩き続け、やっとギルドに到着した。
ギルド周りにはあまり結晶構造体は見当たらず定期的に刈り取っているようだった。
おかげで追加されるものがなくて助かった。
「ここがギルドだよ!キミも結構辛そうだし、さっそく中に入っちゃおうか!」
「お、おう....!」
建物の正面入り口の上の方を見ると、異世界の言語で何か書かれていた。
おそらくここの冒険者ギルドの名前なんだろう。
まぁ今後異世界の文字を読み書きできるレベルまで到達しなければいけないんだが、それを考えるのは今じゃないだろう。
とりあえず、アルカが入り口の木製の扉を開けてくれていたので先に入ってみた。
その後アルカも後ろから続いて入って、今度はアルカが先行し始めた。
俺が前にいてもどこに行けばいいか分からないし、先行してくれるのはありがたい。
アルカはギルドに入って真正面3mほど先にある窓口に座っている受付声に”久しぶりー”と声かけていた。
俺も後に続いてアルカのそばまで歩き、頭だけぺこりと頭を下げて”どうも”と挨拶を交わした。
「今回はどのようなご用件で?と、聞かなくても彼が持っている”グランドシルカウス”の買取ですよね?」
受付嬢は良く人を見ている。
優しい目つきをして言葉使いも丁寧だが確かな審美眼を備えている。
「まぁ、そうなんだけど。まず彼の為にギルドカードを作ってあげてくれないかな?彼も冒険者になりたいんだって!」
「そうなんですか?アルカさんもついに男を墜とすテクでも身に着けたんですかぁ~?」
「そんなわけないだろ?!いいから、早く準備してくれ。キミもそれは下に置いていいからね!」
「あぁ、分かった。」
俺はアルカの指示通りに腰を下ろして床に結晶構造体をドサッとおいた。腰を上げると受付嬢が俺を呼んだ。
「お兄さん、こっちに来てくださーい。」
「なんです?」
「お兄さんには手初めに”誓約書”にサインしてもらう必要があります!この誓約書には冒険者になるための注意事項が書かれていますので、よく目を通してからサインを書いてください!たまに”そんなこと聞いてないぞ”なんて怒鳴りながら私に尋ねてくる無礼者がいますのでそのような事態に陥らないためにもご協力お願いしますね!」
「分かりました!」
そう返事をすると彼女は紙と羽ペンを提示してきた。
俺は取り合えず提示された誓約書を上から順番に読んでみることにした。
「あっ....」
「どうされました?」
「いえ、なんでも....あはは」
そうだった!今この世界の文字一つも読めないんだったー!
今回もアルカの手を借りるしかないか...
「アルカー、ちょっと助けてくれない?」
「まぁそうなるよね。じゃあウェル姐さん、ちょーっと長くなりそうだから邪魔にならないうちに外で誓約書を読んでもらうね!それと先にその結晶、精算しておいて!」
「分かりました。周囲への配慮、感謝します!」
「じゃあまた後で!」
アルカが受付嬢に簡単な嘘を言うと左手に誓約書を持った俺の右手を握って、そそくさと外にでた。
外に出てしばらくすると人気のない、ちょっとした広場に出た。
そこには噴水があって、俺たちはその噴水前まで移動した。
「ありがとうアルカ。助かったよ!」
俺はそう言いながら噴水に腰かけた。
「私があそこで読み上げても良かったんだけど...ほら、ギルドの中にある丸机で待ってる人たちもいたし...。なんならキミがここで文字を読めないことがバレちゃうとそれこそ周りから笑われたり馬鹿にされたりして一瞬で噂が広がって耐えれなくなるからね。キミを守ってあげたのよ。」
「そうだったんだ。それを言うってことはアルカも過去に何か噂が広まったりしたのか?」
「いや、私には何もなかったけど...さっきの受付嬢、今でこそああして仕事してるけど昔は貴族にこき使われていた奴隷だったのよ。」
「そうなの?別段顔に傷があったりはしてなくて、綺麗だったけど。」
「あー、それはただ単に化粧で隠しているだけだ。簡単な魔法で傷を治してやりたかったんだけど、その時の私はそれすら使えなかったから、代わりに化粧を私が教えたの。一人で化粧できるようになってから私は彼女に言ったの。”ウェルは可愛いんだからギルドで受付嬢してみない?”って。そしたらやりたいって言って、それからずーっとこの仕事をやり続けてる。」
「そんな過去を持っている人には見えなかったけど...まぁ、仕事に私情を持ちだすのはあり得ないからそう見えないのは当然か。」
「まぁ彼女のことが気になるなら一人前の冒険者になってからにしなさい?ああ見えても冒険者業をやらせればかなり強いんだから。まぁ、そんなことはさておいて...」
アルカはここで面当てを取って、俺の右隣に腰かけた。
それから俺が左手に持っていた誓約書を渡せと言わんばかりにアルカは自分の左太ももより少し上でハンドサインをした。
俺は黙って誓約書を渡した。
するとアルカはまるで授業で教科書を忘れた隣席の生徒を手助けするかのように、俺に文字が見えるほどに誓約書を持った手を移動させた。
そしてアルカは”ゆっくり”と読み上げ始めた。
結局読み始めから体感で30分くらいかかった。
俺が文字を読めるんだったら5分で十分だったらしいが、初見で50音表と照らし合わせながら暗号文みたいなのを解読していくのはかなりキツイと思う。
「読み終わったけど、どう?頭に入った?」
「まぁつまりはすべて自己責任だってことでしょ?」
「そういう事!じゃあ直ぐにギルドに戻りましょ!」
俺たちは噴水から立ち上がり、歩いてギルドに戻った。
ギルドに戻ると窓口にはさっきの彼女があくびをしていた。
「ウェル姐ー!戻ってきたよ!」
「おかえりなさい!誓約書はしっかり読んでもらえましたか?」
「はい、細かいところまで目は通しました。」
「分かりました!ではその誓約書に名前をフルネームで書いてもらえますか?それが終われば後はギルドカードをお作りするだけとなってます!」
「分かりました。」
俺は来る途中に自分の名前だけは覚えようとアルカが作ってくれた50音を見ながら何度も手のひらに書き起こしていた。
その成果を見せる時だ!
「えーと...はいはい....ここは....よしよし....確かここは....よし!」
よし、ちゃんと書けているはずだ!
「えーと、念のための確認になりますが、お名前はタ”テ”ミ・ヤマアラシさんで間違いないですか?」
「あっ、えーと間違えましたぁ...タテミじゃなくてタクミです。」
間違えてたー!
頑張って思い出しながら書いたんだけどまさか一文字違いとは...。
まぁ、だって仕方居ないじゃないか。
まだまともに講習すら受けてないんだから。
ちなみに”ク”は”の”の中心、接点部分がなく、ゼンマイの様な書き方をする。
一方”テ”は”=”に小さい”L”を左右に反転したものを右下に”=”に寄った所に書く。
二つとも形は違うのになんで俺は間違えて書いてしまったんだ?
恥ずかしい...
「ではお名前を修正した上でギルドカードを発行しますので、5分ほどお時間もらいますね!」
対応がしっかりしているし、間違えたことを笑ったりしない。いい人だ!
「ありがとうございます!」
俺は一礼して近くの空いた丸机がある場所に対面する形でお互い座った。
「やっぱり、間違えたんだな。アレを見ながら書けばよかったのに」
「うるさいなー。俺だって見ながらやりたかったけど、来る途中に何回も練習してたしいけるかなーって思ってたし?」
「それでアレか....」
「恥ずかしいからやめろ」
そんなこんなで疲れたなーと休憩していると俺の名前が高らかに読み上げられ、俺だけ席から立ち上がり窓口の方に赴いた。
「お~来ましたねタクミさん!ようやく出来ましたよ!はい、これがギルドカードになります!」
受付嬢はギルドカードを両手で持って俺に手渡した。
「おぉー!」
たぶんこの時の俺の目はかなり輝いていたと思う。
どこかの社長や総理になっても冒険者という職業になれたことに対する喜びに勝ることは無いだろう!
「もし、紛失したり折れたりした場合はすぐにギルドにどんな手段を使ってもいいので報告してくださいね。すぐに再発行しますので!」
「ありがとうございます!」
「それとなんですが...」
やっとギルドカードが手に入ったと思えばまだ何かあるのか?
さすがに腹も減ってアルカにおすすめのお店に案内してもらいたいんだが...
でも呼ばれてしまっては仕方がない。
なんですか?と返答すると彼女は言い出した。
「私の目から見てタクミさんは今後お強くなられる方だと思いました!なので、右側の扉を開けて待機してもらってもいいですか?ここでも滅多にやらないことなので成功するかは分かりませんが...きっと大丈夫です!ではお先にどうぞ!」
え、どういうこと?滅多にやらないことを俺にやるの?もしかして...いやいや、さすがに殺されることはないか。
さすがに心配になってくる。
俺はアルカの方に顔と視線を向けるが、アルカは座ったまま気を抜いた声で
「よかったじゃないか~!行ってきなー!」
なんていっている。
こっちは早く終わらせたいんだけどなぁ...
まぁ、アルカもこっちに来る気ないし一人で行くしかない!
俺は窓口から見て右側の”鉄の扉”に近づき、ノブに手を伸ばしてゆっくりと奥へと押し込んでいく。
すると扉からは光が差し込み始め、やがて俺の体を覆った。
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