第4話入国準備
あれから大分時間が経ち、距離も歩いた。
そういえば国の壁を越えてからずっと道を歩いていたんだった。
ここからでも街は見えるが…かなり遠い。
まだ時間はかかりそうだ。
「なぁ、アルカは騎士なんだろ?何か馬とかに乗ったりしないのか?」
「馬?」
彼女は首を傾げた。
まぁ、この世界では地球のような惑星をナルダドダイとか言うし、固有の名前が存在するんだろう。
俺は俺がいた世界の馬について簡単に話した。
「馬って言うのは四足歩行の足の早い動物のことだよ。草を食べる所謂草食動物に分類されていたな。」
「なるほど。そういう動物なら心当たりはある。だけどその動物がキミが思い描く物と同じなのかは、保証出来ないよ?」
「良いよ、ここは俺にとっては異世界なんだ。どんな違いがあっても気にしないさ」
そう。俺はもう気にしない。
気にし続ければ多分気が持たないと思うしな。
「それで、キミはどうするんだ?冒険者になってみない?」
昨日の誘いか。
正直この誘いにありがたく乗っても構わないとは思うが…やっぱり恐怖心が残っている。
獣を1人で討伐して自給自足なんて出来たら1番いいんだけど、刃物と言えば包丁ぐらいしか触った事ないし、とても出来るとは思えない。
でも、今の俺の傍には剣を教えてくれそうな騎士様がいる。
助けてもらってなんだが、少し頼らせてもらいたい所。
「アルカが剣を教えてくれるなら冒険者に
なろうかな?」
「なるほどね。まぁ、それも仕方ないか!キミの身体つきを見ても剣術が広まっているわけじゃないことぐらい分かってたからね。ギルドカードを手に入れたら私がミッチリ仕込んであげるわ!」
意外とすんなり受け入れてくれた。
これはとても嬉しい事だ。
なのだが、やはり昨晩の抱きつかれ事件については少しと言うかかなり気になる。
「それと1つ気になってるんだが…なんで抱きついて寝ていたんだ?」
「昔読んだ本に書いてあったんだ。"寒い日は2人で暖めるのが吉"とね!」
「あー…」
そういう分かりやすい嘘を書いた作者も頭がおかしいが、その嘘を信じている彼女もなんというか…もしかしてアホの子だったりするのか?
流石に騎士を名乗っている彼女だ。そこまで頭が弱いはずは……無いと信じたい。
それから数時間歩いた。
見える所には乗り物など一切なく人影すら見えなかったが、ようやく小さく見えていたはずの街が眼前に現れた。
「キミ、体力的に大丈夫か?無理ならここで一旦休憩しようか?」
「あぁ、頼むそうしてくれ。流石に疲れた…」
2人は道の端に寄って木陰の下で休憩を挟んだ。
「俺って結構あの街から離れてたんだな。にしても乗り物とかないのか?この道に通ってくる奴らが入ればかなり楽できるんじゃないのか?」
「乗り物?あるにはあるが…かなり金を取られるんだ。例えば街中で乗り降りするだけなら安いもんだけど、外でいきなりってなるといつもの10倍は取られる。これも仕方ないけどね。」
「そんなに取られるのか?!」
いつもの10倍取られるのか…
それはかなり財布には厳しいものがあるな。
ここまで高くなる理由はおそらく乗り物の維持費と停車した分の仕事量の補填だろうな。
そうでもしないと会社も回らないようになっているかもしれないな。
「でもこんなにも乗り物が通らない事もあるのか?街の近くだし人気もあってもおかしくないけど?」
「あぁ…それは今から向かうタルバットが原因にある。
英雄国タルバット。ここから見えるあの国は1000年前に英雄タルバット・ナスティールが建国したんだ。」
あの国はタルバットというのか。
しかも英雄の名前をそのまま使っている。
当の本人も名前を変えて欲しいと思っていたりするんじゃないか?
「なんで彼が建国したんだ?」
「彼は建国を発表する1年前、突如現れた"魔神オトノ"をこれまで鍛えてきたその身体だけで縦真っ二つにして見せたと言われている。当時生きていた人々からすれば魔神のような強大な力を持つ敵から命を守ってくれるのは彼だけだったから、彼に全てを押し付ける形で建国したんだろう。」
「英雄が自ら建国する気があった訳じゃ無いのか。そういう歴史的背景があったのか…」
「いや、魔神を倒したのは事実なんだけど後半部分は私の予想・考察だ。事実じゃないから、この事は他の奴には言わないでね?」
「分かったよ、絶対に言わないから。」
彼女とこれから向かう国の話をした後は本格的に身体を休ませるために太い木の幹に背中を預けた。
俺がこんなにもリラックスしているのに目の前で彼女は直立不動を維持していた。剣を股の前に突き立て、守衛の様な立ち振る舞いだった。
30分ほど経つと彼女の方から
「身体は休まったか?」と尋ねてきたので大丈夫だと答え元の土の道へと戻りながらも英雄国タルバットに向けて足を進めた。
昼頃
「着いたよ!ここが英雄国タルバットだ。」
ようやく目的地であったタルバットの城門前までたどり着いた。
俺が遠くまで逃げなけりゃこんなに疲れる思いをしなくてよかったんじゃないかと思ってしまい、過去の自分を叩きそうになった。
ググググググゥ.....
「あっ...」
俺の腹が鳴いている。
そういえば朝から何も食べてなかった。
昨日のソーセージをもう一度食べてみたいが、それも無理そうだ。
「ごめんね。昨日の分で食料なくなっちゃってここで野宿とかできないんだけどほら、目の前に城門があるでしょ?あそこを潜ればおいしい飯が食べれるからもう少し我慢してね」
「あぁ分かったよ...はぁ、疲れたぁ」
俺たちは城門に近づくと衛兵2、3人が駆け足で寄ってきた。
「私たちはタルバット城門警備兵の者なんですが、身分証明書などお持ちではないですか?」
身分証明書か。
入国するために必要なパスポート的な役割があるわけか。
だが今の俺にそのような身分証明を提示できる物はもっていない。
「(おい、俺はそんなもの持ってないぞ。どうするんだ?)」
俺は彼女の耳元に小声でどうやって入国するのかと聞いた。
「(問題ないわ。私が適当に話を付けるから。)」
彼女はそう言うと警備兵に一歩前に飛び出し、訳を話し始めた。
「私の分の身分証明書、冒険者ギルドカードです。どうぞ」
「確認させてもらいますね...はい、大丈夫です。お返しいたします。」
「ところで後ろの男性は?」
「それについてなんですが...彼は城壁の外で獣に襲われていてな、その時持っていた身分証明書も無くしてしまったらしい。」
「なるほど、そういうことでしたら後ろに緊急窓口がありますのでそこで彼に新しく身分証明書作成してもらいましょうか。」
「ありがとうございます!タクミ、終わったよ」
彼女の適当な嘘で何とか最初の関門を突破できた。
「ありがとうアルカ、助かったよ」
「まだ礼は早いよ。今から身分証明書を作らなきゃいけないんだから。」
「あぁ、そうだったな。早く行こう。」
俺たちは衛兵に案内されて窓口に立った。
窓口の中には一人の少し歳をとった女性が木の椅子に腰かけて目を閉じていた。
「すみません、身分証明書を紛失してしまって...新しく発行してもらえないですか?」
そう尋ねると女性は目をゆっくりと覚まし、少し寝ぼけた顔をした後に俺の言葉を理解しながら、手を動かした。おそらく身分証明書を作る際の書類などの準備をしているんだろう。
「身分証明書を無くすなんてまた珍しいね...って隣にいるのは有名な狂気の刃さんじゃないか!久しぶりだねぇ!」
女性は俺の顔を見たときはあまりぱっとしなかったが、アルカを見た途端に少し上機嫌になった。
「アルカ、この女性と知り合いなのか?」
「あぁ。この人はシェーンさんだ。一時期この人の飯屋でお世話になっていて、それからの付き合いなんだ。」
「へぇーそうなんだ。」
俺たちの会話を聞いていたシェーンは椅子からゆっくりと立ち上がり自己紹介を始めた。
「私はここの窓口と”夜のヤジェスター”ってところで飲食店経営をしてる”シェーン・ハート”だ。兄ちゃんは彼女とどういう関係なんだ?」
どういう関係かと言われても...
「俺を助けてくれた恩人というだけですよ。いろいろありましたけど...」
俺が最後に付け足したかのように言い放った言葉の意味が理解できずにきょとんとしていた。
それでも一応理解はしてくれたようだった。
「彼女に助けてもらえたのなら兄ちゃんはかなりの幸運持ちだね。それじゃ話はこの辺にして兄ちゃん。この紙に名前と指印をくれないかい?」
俺は「はい!」と返事をして名前を書こうとしたのだが、一つ困ったことがあった。
いままで普通に会話していたけど、地球産の言語じゃないじゃないか!
羽ペンを片手に持っていた俺だったが、少し後ろで待機しているアルカに耳打ちしてみた。
「(おい、俺この世界の文字なんて書けないぞ?これじゃいつまでも入国させてもらえねーって!)」
「(大丈夫だ。キミのために作った50音表があるからこれを見て書いてみなさい)」
そういうと彼女は腰に付けていたポーチから一枚の紙を取り出し、俺にこっそり渡した。
それを俺は受け取って窓口の台に乗せて、紙を見ながら間違えないように落ち着いて筆を進めた。
...よし!
名前は間違えてないし、あとは指印だけだ。
指印はすでにシェーンが用意してくれていた青い朱肉が目の前に置かれていたのでそれに親指を付けて神にビタリとしっかり指紋が写るように押してやった。
「はい、ありがとねー。じゃあこっちでしばらく手続しておくから完成するまで待っててもらえるかい?」
俺はわかりましたと返事をして窓口から少し離れたところで二人で立ち話をした。
「さっきはありがとうアルカ。おかげでちゃんと書けたよ!」
「いや、当然というかおおよそこうなるんじゃないかと予測はしていたわ。異世界人であるキミからすればそもそも現地人とすんなり話せているのにも関わらずそれに疑問を持たない時点で多分元居た世界でも同じ発話を使っていたからなんじゃないかって思ったのよ。でも発話が同じだとしても同じ文化圏に住んでいたわけじゃない。それも世界規模でね。だから文字を読み書き出来ない可能性を考慮して、キミが寝た後に一度起きてパパっと簡単に作っておいたのよ。」
「そこまで考えていたのか。結構冷静な部分もあるんだな。昨日までの印象とは180°変わったよ。」
「それ、褒めてるの?」
「もちろん褒めてるさ。確かにあのことは忘れられないけど、実際に俺を助けてくれたのはアルカだ。俺は今アルカに恩を感じている。いつかこの恩は返すよ。」
「そ、そうか...わかった。その恩返し、楽しみにしているよ。」
彼女を見ると面当てで隠れて顔は見えてはいないが、少し顔を赤らめているように思えた。
「騎士様と言えどやっぱり女の子なんだな」
俺はそう言って少しからかった。
すると彼女はすぐに反応して
「騎士だって立派な
照れていることを認めたなアルカ...
「まぁそうだけどさぁ?でもそういう一面が見れた俺は結構運がいいな!」
「そういうのやめてくれない?!すっごい恥ずかしいんだから!」
「分かったよ。」
なんだこの会話。
まるで出来立てカップル見たいじゃないか。
そういえば地球にいたときは彼女というか、そもそも女性との縁なんて一つもなかったな。
そうだ!
ここで冒険者になって有名になれば彼女の一人はできるんじゃ...!
「うへへ~。」
「お、おい大丈夫か?目線が空に向いていたけど?」
「あー、大丈夫だ。問題ないよ。少し考えてただけだから。」
「そうか。」
そんな話をしてから30分ほど経った。
すると窓口の方から彼女の声が聞こえてきた。
「タクミ・ヤマアラシさんー?出来ましたよ~!」
「お、出来たみたいだな。早く行こうぜ!」
俺は鎧の上からではあるが彼女の手をとり駆け足で窓口へ向かった。
「あーはいはいすいません。少し離れたところで駄弁っていたもので」
「いえいえ、こちらこそ作成に手間取りまして。で、これが身分証明書になります。」
「...!ありがとうございます、シェーンさん!」
「どういたしまして。入国は向こうの衛兵に聞いて下さいね。」
彼女はそう言いながら窓口から俺たちの後ろに指をさしてくれていた。
俺はも一度感謝をし、衛兵に尋ねた。
「おや、あなたは先ほどの...。身分証明書ができたんですね。少し見せていただけますか?」
俺がスッと身分証明書を提示すると衛兵は両手でそれをしっかり持ち挟み、書いてある項目をくまなくチェックした。
「なるほど。ではこれはお返しいたしますので前へ進んでください!お二人ともよい一日を!」
身分証明書を返却してもらった後無くさないようにズボンのポケットにしまいこんでから一言言って前進しながら衛兵にむかって手を振った。
少し歩くと城門の前にたどり着いた。
俺はわくわくしていた。
「ようやく入れるんだな!」
「あぁ。」
「腹も減ったし早く肉を食いてぇー」
「私も同感だ!後でおいしい肉料理屋に連れて行ってあげるからね!」
「やった!肉だぁ!」
俺はウキウキ・ワクワクしながら。
アルカはうれしそうな表情で。
俺たちは城門へと足を進め、大きな一歩を踏み出した。
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