第16話 覚醒
***
「俺が王都を離れている間に、そんなことがあったのか~。大変だったなぁ、セオドア」
第二王子・クラレンス殿下が大きな手でわしわしとテディ殿下の頭を撫でくりまわす。
「いたいよ、クララ兄上」
テディ殿下が眉をひそめて、兄殿下の手から逃れる。そのままルドルフの元へ行き、お腹へ頭を載せた。
「ルド様~」
殿下はもふもふを堪能するように、頭を擦りつけた。可愛い。やっぱり天使ね。
何故か今、テディ殿下のお部屋に殿下方が勢揃いしている。
わたしだけがお邪魔な気もするけれど、元々はわたしとルドルフが末っ子殿下と遊んでいるところに、次々と兄姉殿下がやってきたのだ。
だからわたしのせいじゃない。うん。
「それにしても、神獣様と随伴士殿はけったいな能力を持っているのだな。匂いでセオドアを探すとはねぇ」
クラレンス殿下はくくくっと笑うと、今度はわたしの頭を撫でる。
相手は第二王子だ。テディ殿下みたいに拒否することもできず、されるがままになっていると、横から手が伸びてきて、クラレンス殿下の手を剥がしてくれた。
「リン殿が困っているだろう、クララ」
レオン殿下が目を細めて注意する。
「おっと、これは失礼」
ニヤニヤと兄殿下を眺めるクラレンス殿下は、セオドア殿下行方不明事件の時、王宮にはいなかった。
国境付近に出没した賊の討伐を指揮するために、辺境まで遠征していたのだ。
基本的にこの大陸の五ヶ国は神獣に護られているものの、諍いがまったくないわけではないらしい。
神獣の神力が働くのは、大いなる脅威に対してで、それは主に他国からの侵略、大規模な自然災害などにおいてなのだと、王宮の教師に習った。
だから国内に出没する犯罪者は、騎士団や兵団で追跡・捕縛する。
クラレンス殿下は、剣術に関しては王国一で、アーフェンド王国の軍事力の頂点に立つお方。
カリスマ性もあり、国内の騎士・兵士にとっては憧れの存在だ。
この統率力を重視する貴族からは「クラレンス殿下を王太子に」という意見も出るそうだが、当の本人はそんな気は一切ないらしく。
『俺はレオンハルト兄上のような、国を支える技術を開発する頭も政治力もカリスマ性もない。だから一武人として、兄上とこの国を支えていくつもりだ』
と、王位を継承する気はないという声明を出しているそうだ。
レオン殿下が繊細で芸術的な美を持つお人なら、このクラレンス殿下は精悍で野性味ある美の持ち主だ。
「しかしリン殿は線が細いお人だ。……男にしておくのはもったいないな」
クラレンス殿下が意味ありげに目を細める。
「クララお兄様、それはリンに失礼よ」
ミレイユがわざとそっけなく諌めてくれる。
彼女の言葉に殿下は一瞬目を丸くして……それから、クスリと笑った。
「……確かに。失礼、リン殿」
「いえ……」
わたしは軽く頭を下げた。その時――
「ねぇねぇ、リンちゃん。見て、ルド様が」
テディ殿下から呼ばれ、全員がそちらに視線を向けた。
わたしたちが見たのは――
「ルドルフが光ってる……」
「本当だわ。ルド様が……」
「これは一体……」
わたしとミレイユとクラレンス殿下が驚く中、レオン殿下だけが冷静な台詞を口にした。
「どうやら、神獣様に覚醒されたようだ」
そこにいた全員が、顔を見合わせた。
「なんて神々しいのかしら」
「元々毛並みは美しかったが、さらに輝きを増したな」
「ルド様、きれい~」
ルドルフはその銀の毛並みに、キラキラのキューティクルをまとっていた。
まるで超高級なトリートメントでもしたかのよう。
そこにいる発光体は、ゆっくりと立ち上がり、ぶるぶると身体を揺らした。
犬ドリルならぬ狼ドリルだ。
何度か全身を振るった頃、強かった光は収束した。
『ふぅ……やっと元に戻った。身体が熱くなって鬱陶しかったんだ』
「……え?」
今、聞こえた声は誰のだろう……?
明らかにここにいる人たちのものではないのだけど。
(まさか……)
わたしはルドルフをじっと見つめた。
「……ルドルフ」
低い声で名前を呼んでみる。
『何? リン』
やっぱり。これはこの銀狼の声だ。
「……ルドルフの言葉が分かるんだけど」
『あぁ、僕の言うこと分かるんだ? やっと、君と話せるようになったんだね、リン! この日をずっと待ってたよ!』
ルドルフは嬉しそうにわたしの顔をべろんと舐めて。そして肩に前足を置いた。重いんだってば。
想像していたよりも、なんだか軽い言葉遣いだわ……。
もっとこう「我は神獣・ルドルフである――」なんて、威厳たっぷりな声音で言うのかと思っていたのに、一人称が『僕』だなんて。
「……レオン殿下、わたし今、ルドルフと会話してます」
「何? 神獣様の言葉が分かるようになったのか?」
「はい……」
目を見開いた殿下に、わたしは苦笑いで返した。
「ということは……そなたはもはや『候補』ではなくなった、ということだな」
「おめでとうございます、リン様」
そばに控えていたアルダが静かに言った。
「これでリンが正式な随伴士になったということね。おめでとう、リン」
ミレイユが嬉しそうにわたしの腕に手を添えた。
「――神殿に行くぞ、リン殿」
レオン殿下が早速、といった様子でエルマーに馬車の手配を命じた。
それからは怒濤のような時間が過ぎた。
まずは殿下やルドルフたちとともに神殿へ赴き、大司教様に経緯を話すと、
「神獣様と随伴士様の契約状態を確認しましょう」
と言い、わたしとルドルフを向かい合わせにし、お互いの額を合わせるように指示をした。
契約済みの神獣と随伴士が額を合わせると、そこが光るんだとか。各国の狼の色の光が出れば、契約はなされているということ。
促されるがまま、わたしとルドルフは額を合わせた。
途端、銀色の光がぱぁっとその場に広がった。
さっきルドルフが発光した時のものより、少し優しい、温かみのある光だ。
「――神獣様のご帰還、ならびに随伴士様ご就任に際し、改めてお慶び申し上げます」
大司教様がにっこり笑った。
「わたし……本当に随伴士なのね……」
改めて神殿から認められ、なんだか信じられない気持ちになった。
「そもそも『精霊の箱庭』に入ることができた時点で、正式な随伴士であると証明されてはいたのですよ、リン様」
「そういえばそうですよね……」
随伴士でなかったら、あの森に足を踏み入れることもできなかったのだから。
「祝祭の日には神殿でも儀式を行うことになりますので、ご準備のほど、よろしくお願いいたします」
「リン様が無事、随伴士になられまして、ようございました」
いつもお世話をしてくれる神官のミヒャエルさんも、大司教様の隣で笑っている。
「ありがとうございます」
「リン殿、これから忙しくなるぞ。ルドルフ殿が神獣に覚醒されたので、祝祭に向けて一気に準備が進むことになる」
レオン殿下がわたしの肩にぽん、と手を置いた。
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