第15話 殿下、感情が漏れてます。
セオドア殿下の熱は翌日には下がった。
昨日も一度だけお見舞いに行ったけれど、その時はベッドの上で熱に浮かされた表情で寝ていた。
今日も許可をもらい、改めて顔を見にいった。
「あ、リンちゃん……って、あ、ふたりだけじゃないのに呼んじゃった」
殿下はベッドの上で起きて、摺り下ろしたリンゴを食べさせてもらっていた。
わたしの顔を見るや、ぱぁっと表情を明るくして迎えてくれる末っ子王子様……可愛い。天使かな。
「いいんですよ、今日は特別です。わたしも皆さんの前でテディ殿下と呼んじゃいますから。もうお熱は大丈夫ですか?」
「うん、もう元気だよ。……あのね、リンちゃんとルド様がぼくを探してくれたんでしょ? ありがとう」
セオドア殿下がわたしの耳元で、内緒話のようにお礼を言ってくれる。可愛い。天使だね。
「わたしも少しはお手伝いしましたけど、ルドルフの方がたくさん頑張りましたので、後でルドルフを褒めてあげてくださいね。……それと、ティモも頑張ってくれたんですよ」
わたしは殿下の枕元に置かれていたティモをそっと持ち上げ、彼の目の前でフリフリした。
「ティモが?」
「ティモがルドルフにテディ殿下のいる場所を教えてくれたんです。さすが殿下のお友達ですね。だから、ティモも褒めてあげてください」
「分かった。……ティモ、ありがとう!」
セオドア殿下はわたしからティモを受け取り、ぎゅっと抱きしめた。超可愛い。うん、天使確定。
あまり長居してもいけないので、この辺で失礼しようとすると、ベッドから離れた場所に立っていたレオン殿下に呼び止められた。
「リン殿、少しいいか?」
「あ、はい」
彼に促されるまま部屋を出て後をついていくと、王太子殿下の執務室へ通された。
シンプルな部屋だけど、様々な書物や書類が書棚に詰まっている。
「そこに座ってくれるか」
執務机の前に置かれた応接セットのソファを示され、腰を下ろせば、殿下はわたしの前に座った。
エルマーさんがお茶とお菓子を出してくれる。
「これも新作だそうだ。遠慮せず食べてくれ」
ガラス製の四角いお皿の上に、マドレーヌがあった。色がほんのり赤いので、何か果物が練り込まれているのかも。
一つ取って口に入れる。バターたっぷり、しっとり甘酸っぱい。フランボワーズかしら。
自然と頬が緩んでしまうわ。
「すごく美味しいです」
「口に合ってよかった。……ところで」
そこで言葉を切って、レオン殿下は背筋を伸ばした。
「――改めて、昨日は本当にありがとう。そなたはセオドアと……王家の恩人だ。心から礼を言う」
穏やかな声音でお礼を言われ、恐縮してしまう。
「あ、いえ……わたしができることをしたまでです」
「医師によると、セオドアはもう少し発見が遅かったら命の危険もあったそうだ。リン殿とルドルフ様には感謝してもしきれない。きっと父上……国王陛下から報奨が出るはずだ。今から何がいいか考えておくといい」
「報奨なんてそんな……。見返りがほしくて協力したわけではないですし」
これは本心からの言葉だ。
昨夜寝る時、セオドア殿下の件を思い出していろいろ考えていた。
わたしはルドルフのオマケでただの巻き込まれだ。
日本でたまたまルドルフを見つけて、たまたま名前をつけただけのド平民なのに、随伴士なんて大それたお役目をいただいてしまった。
そのおかげで王宮に住まわせてもらって、侍従やメイドをつけてもらって。
美味しいお食事をいただいたり、きれいな服を着せてもらったりもしている。
しかもそれだけでも恐れ多いのに、こうして殿下方と交流させていただけてるんだもの。
わたしはとっても充実した日々を送らせてもらっているけれど、本来の随伴士になったであろう、三大公爵家の皆さんに、本当に申し訳ないと思っていた。
なので昨日、日本の警察犬訓練士のスキルを使ってセオドア殿下を探せたことが、本当に嬉しかった。
少しでも、この国の……王家の役に立てて、心の底から安心したのだ。
ここにいていいよと、言ってもらえてる気がして。
だから、レオンハルト殿下に「ありがとう」と言ってもらえただけで十分なのだ。
貴重すぎる経験というのは、何にも代えがたい財産だと思う。
もしもいつか、王宮を去ることになったとしても、ここで得たものは忘れないだろう。
「国王陛下からの報奨を辞退すると、不敬罪に問われるのを知っているか?」
「……え、え、そ、そうなんですか?」
いきなりの不穏な言葉に、ビクリと身体が反応した。
不敬罪だなんてそんな!
でも何をおねだりすればいいのかなんて、分からないし。
心臓がバクバク言っている。
あからさまに挙動不審になってしまうわたしを見て――
「ふはっ……、そこまで怯えることはないだろう? ただの冗談だ」
レオン殿下が、吹き出した後、笑って言った。
「……っ!!」
(レオン殿下が……笑った?)
思わず「ク○ラが立った!」みたいに口走りそうになって、慌てて口元を押さえた。
しかも嘲笑とかの類いではなく、屈託のない笑顔でわたしを見つめてくるんだもの。
(し、心臓に悪い……っ)
超絶美形の笑顔は武器ですよ、武器! 心臓直撃の武器!
怖いヤンキーが捨てられた仔犬に優しくしているのを見て、ときめいちゃうのと同じ原理じゃない? これ。
「じ、冗談でもそんな怖いこと言わないでください、レオン殿下!」
「あははは」
あははは、ですって、レオン殿下が、あははは。
「報奨については、考えておきます」
「リン殿はこの国の随伴士で、第三王子の命の恩人なのだから、堂々と要求すればいい」
「あれ、随伴士
わずかばかりの意趣返しをすれば、殿下はくつくつと笑った。
「そういや、そう言ったな。でもそれには理由があったから」
「理由?」
「……それはいずれ話すから、しばらく時間が欲しい」
わたしが首を傾げると、レオン殿下は含みのある声音でそう言った。
「……はい」
いつになく感情を隠さない殿下に戸惑ってしまい、わたしの心音はいつもより乱れていた。
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