第14話 王宮の人達は不安よな。ルドルフ、動きます。

 精霊の箱庭は、一見すると普通の森に見えた。

 でも王族以外の、たとえば近衛騎士などが入ろうとしても、透明の壁に阻まれて入れない。

 だから王族がここに入るには、護衛をつけないで行くしかない。

 でも王族以外ほとんどの人間が入れないのだから、ならず者も立ち入ることはできない。

 ある意味、一番安全な場所ではあるのだけど。


(万が一、王族の中に悪意のある人がいたらやばいよねぇ……)


 王位継承権争いのもつれで、王子が王子を森の奥に連れ出して……なんてこと、過去にはあったりしなかったのかな。

 って、そんな不穏な妄想している場合じゃない。


「ルドルフ、嗅いで」


 わたしはセオドア殿下の宝物、ぬいぐるみのティモを、ルドルフの鼻に押しつけた。

 ルドルフはそれを丹念に嗅ぐ。

 そう、わたしたちは日本の警察のやり方で、セオドア殿下を探そうとしていた。

 神獣として覚醒したルドルフなら、同じ神気を共有する王族を探すなんてわけないそうだけれど、今の彼はまだ不完全だ。

 だから神気を辿ることはまだできないみたい。

 こうなったら、昔取った杵柄よ――全然昔じゃないけどね。

 アーフェンドの人たちにしてみれば、こんな探し方は想像もしたことがなかったみたいで、後ろに控える臣下の皆さんは、微妙な表情でわたしがやることを眺めている。


(……まぁそうよね。でも、絶対に見つけてみせるから!)


 何せ、あなた方が崇める神獣様が自ら探すのだから、文句は言わせないわ。


「……こんなもんか。ミレイユ殿下、これを持っていてください」

「分かったわ」


 ミレイユは結局一緒に行くことになった。

 ルドルフとわたしがいれば迷うこともないだろうと、レオン殿下とわたしが判断した。

 ぬいぐるみは一応持ち歩く。ルドルフには要らないと思うけれど、臭気を見失った場合に嗅がせるため。


「ルドルフ、探せ!」


 わたしが合図をすると、ルドルフはまっすぐ森の道を辿り始めた。

 森の入口に差しかかった時、わたしは本当に入れるのだろうかと心配になったけれど、すんなりと通ることができた。

 境界を越える瞬間、ふわりと温かいものを感じたくらいかな。

 精霊の箱庭の環境はルドルフに馴染んでいるのか、足取りがとても軽そう。


「あぁ……今日はすごく調子がいいですね、ルドルフ」

「何故そう思うんだ?」


 わたしがひとりごとのように言えば、すぐ後ろを歩いていたレオン殿下が、不思議そうに尋ねてきた。


「普通、警察犬が足跡追及をする時は、地面の匂いを嗅ぐんです。対象者の足から移った匂いを辿るので。でもルドルフは条件さえ許せば、空中の臭気を追うことができます。……今日は、すごく調子がよさそうです。神獣の神気と環境がそうさせるのかもしれません」


 ルドルフは空中に漂うセオドア殿下の匂いを嗅ぎ取っている。しかも一切迷いなく、確実に殿下の足取りを辿れているみたい。

 よしよし、いい子だ。

 歩いている内に、辺りは入り組んで若干暗くなってきた。木漏れ日が差し込んではいるけれど、青々とした葉が多い茂っているので、日陰になっている。

 途中、拓けた場所に出たかと思うと、そこは小さな湖だった。その周りの泥濘に、小さな足跡がいくつもあった。


「っ、お兄様、この足跡……!」

「セオドアのだ」


 レオン殿下はその場にしゃがみ、泥にくっきりと残された跡を見つめた。


「まさか……セオドアは湖に……」


 ミレイユがティモを握りしめたまま、ガタガタと震え始めた。


「ミレイユ落ち着いて。大丈夫、ルドルフはまだ探してるから」


 ルドルフは湖をスルーして、足跡が向いた方向へ進んでいる。

 わたしたちは後についていくだけだ。

 それから何度も道を曲がり、どれくらい歩いただろう。


「あの小さな子の足で、そこまで奥に進めるとは思えないが……」

「そうですね」


 そろそろ見つかってもいい頃……そんな会話をしていた刹那、ルドルフの歩調が速くなった。

 何かを目がけて小走りで進んでいく。

 しばらく走って辿り着いたのは、樹齢何千年かしら、という巨木。おそらくクスノキだ。

 わたしが二人抱きついても、まだ余裕があるほどの太い幹。


(大きい木……)


 なんとも言えない威厳がある樹木だ。

 その巨木の根元でルドルフは立ち止まり、スッと伏せをした。

 そしてわたしを見上げ『わふっ』と一声上げたのだ。


「ここなの? ルドルフ」

『わふっ』


 ルドルフの身体の向こう側、クスノキの根元に、大きな樹洞があった。

 その中に、何かが小さく丸まっていて……


「レオン殿下! ミレイユ! セオドア殿下がいました!」

「! 本当か!」

「セオドア! セオドア!」


 二人は樹洞にかぶりつくようにしゃがみ、中にいたセオドア殿下を揺り起こす。

 目を覚ました殿下は、兄姉殿下の姿を見た途端、大粒の涙を流した。


「あにうぇえええ! あねぅえぇええ!」


 レオン殿下にぎゅっと抱きついたセオドア殿下は、水に濡れてびっしょりだった。

 おそらく、あの湖で泥濘に足を取られて転んだに違いない。

 もし溺れていたらと思うと、背筋に寒気が走った。


「よかった……」


 よくぞ無事でいてくれたと、わたしは彩狼神様に感謝した。

 今まで神頼みなんてあまりしたことがないけれど、ここは神様にお礼を言うべきよね。


「セオドア、ダメじゃないの! 一人でこんなところに来たりなんかしたら!」


 ミレイユも涙を流しながら、ハンカチで弟殿下の顔を拭いている。


「だって……だって……『精霊の箱庭』に入れてうれしくて……散歩していたら、カーバンクルを見つけたの。だから、追いかけてたら、帰り道が分からなくなっちゃって……」

「カーバンクルに会ったのか、セオドア」

「うん」


 カーバンクルとは小型の哺乳類に似た幻獣だ。

 前にアルダさんに聞いたところによると、ウサギとキツネを足して二で割ったような見た目だとか。

 その名に『磨かれた石榴石』という意味が込められているのは、額に赤い宝玉がついているからだ。

 セオドア殿下は、その幻獣を追いかけてここまで迷い込んだらしい。

 まるで『不思議の国のアリス』のよう。


「だからって、一人で行ってはダメよ。お兄様かわたしと一緒でないと」

「だってだって……みんな忙しくて、ぼく、ちゃんとお勉強もしてるのに、誰もぼくと遊んでくれる時間がなくて……。リンちゃんもダンスの練習たくさんしてるから、ルド様とも遊べなくて……ぼくさびしくて……」

「そうか、すまない。皆、祝祭の準備でおまえにかまう時間が取れなかったんだな。淋しくさせてすまなかったな」


 レオン殿下は泥で汚れたセオドア殿下の頭を、愛おしそうに、そして申し訳なさそうに撫でた。


(……ん?)


 兄殿下の肩口に頭を載せているセオドア殿下の顔が、赤くてどこかぼんやりしている。

 それにさっきから、身体が小刻みに震えているし。


「レオン殿下、テディ殿下、ひょっとしたら熱があるんじゃないですか?」


 わたしが指摘すると、ミレイユが彼の額に手を当てた。


「本当だわ! すごく熱いじゃない、セオドア。お兄様、すぐに帰りましょう」

「あぁ分かった。急ごう」


 わたしたちはルドルフの案内で、最短距離で森を出ることができた。

 わたしの警察犬は、異世界でもその能力を遺憾なく発揮したのだった。

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