第13話 精霊の箱庭
「神獣様は、あと四日か五日ほどで覚醒されるのではないかと思われます」
召喚されてから明日で十日。三度目の祈祷を受けた時に、大司教様がそうおっしゃったので、王宮内は大忙しだ。
国を挙げて神獣帰還の祝祭を行うことが決定したから。
わたしの周囲もどこか慌ただしい。あれだけ毎日のように来ていたレオンハルト殿下も、ここ二日はまったく姿を見せない。
……淋しいなんて思ってないからね、うん。
当の本人――ルドルフは相変わらず。自分のために周りが忙しくしていることなどどうでもよさそう。
今も、すっかり定番の位置となったソファの脇で、横になっている。
わたしはわたしで、祝祭の日の夜には貴族を集めた夜会が開かれるということで、パーティマナーやダンスを叩き込まれている最中……。
「やっぱり男性パートを習っているのね。念のため、女性パートも習っておくべきよ、リン」
すっかり仲良くなったミレイユが、忙しい中、筋肉痛でへばっているわたしを労いに来てくれた。
「でも……男性として出席すると思うし……」
「もし男性として出席するのなら、わたしをパートナーにしなさい、リン。そうすればあなたに下手なちょっかいを出せなくなるもの」
確かにミレイユがそばにいてくれたら、わたしに変なことを言ってくる人もいないだろうけれど。
ある意味最強のセ○ムよね。
「え……でもミレイユは婚約者とかいないの?」
「婚約者候補、はいるわよ。ラスガーナ王国の王太子殿下。まだ一度しかお会いしたことはないけど、素敵な方だったわ」
ミレイユは十七歳。こういう世界なら婚約者の一人や二人いてもおかしくないもの。むしろ嫁いでいてもいいくらい。
「わぁ……じゃあいずれ王妃殿下になるかもしれないのね」
ラスガーナ王国は、アーフェンドの隣で別名『
(青い狼かぁ……見てみたいなぁ……)
いつかミレイユがラスガーナの王妃様になったら、わたしを招待してくれないかしら――なんて、身のほど知らずなことを考えてしまった。
夜会では美味しい食事もたくさん出るらしい。
ダンスを踊るのは正直嫌だけど、食事はちょっと……いや、かなり楽しみだなぁ……なんて思っていたら。
「――がせ! 早く探すんだ!」
「侍従は何をやっていたんだ!」
扉の向こう側から、バタバタと忙しない足音や叫び声が聞こえてきた。
「一体どうしたのかしら」
ミレイユがそばにいた護衛の騎士に目配せをした。彼は部屋の外を走る誰かを捕まえて事情を聞いたようで、戻ってきた時は青い顔をしていた。
「ミレイユ殿下! セオドア殿下が行方不明になられたそうです!」
「えぇっ」
「どうやら王宮から抜け出してしまわれたようです」
ミレイユは慌てて部屋を飛び出した。わたしも後についていく。
途中、厳しい表情のレオン殿下と出くわしたので、捕まえた。
「お兄様! セオドアがいなくなったって本当なの?」
「あぁ。メイドが茶菓子を用意している間に抜け出したらしい」
「本当に王宮の中にはいないんですか? 殿下」
「城内の者が総出で探しているが、まだ見つからないんだ」
レオン殿下も少し顔色が悪いように思える。
セオドア殿下は六歳。王宮内外を出歩くにも誰か大人がついていないと、広大な王宮では迷子になる可能性がある。
ましてや城内は、貴族や商人が出入りをする区画もある。
そこに迷い込んでしまうと、下手をすれば外に出てしまう危険性も。
城壁付近の衛兵たちが、超絶有能であることを祈るしかない。
「――レオンハルト殿下! どうやらセオドア殿下は『精霊の箱庭』に入ってしまわれたようです。こちらが森の手前に落ちていました」
近衛騎士の制服を着た男性がこちらに駆け寄ってきて、ぬいぐるみのティモを差し出した。
「精霊の箱庭にか!?」
『精霊の箱庭』とは、王宮の庭園の奥に広がる森のことで、この国で一番清浄な場所だと言われている。
何種類もの幻獣が生息していて、他の自然とは完全に別の生態系を形成しているそうだ。
そしてその森に入ることができるのは、彩狼神様の神気を持つ人たちだけだそう。
つまり、王族と神獣と随伴士、それに神殿の上級神官だけ、ということになる。
「セオドアが精霊の箱庭に入れたというの?」
ミレイユが青い顔で、騎士に詰め寄る。
するといつの間にかそばにいたエルマーさんが静かな声で言う。
「おそらく、神獣様の神気が満ちてきたのと同時に、王族の皆様方にも神気がわずかながら分け与えられ始めたのではないでしょうか」
王族は神獣から少しばかりの神気をもらうことで、身体機能が強化される。だからある程度のケガはすぐ治るし、毒物の排出も可能なんだとか。
でも神獣不在の一年間の間、神気を取り込むことが叶わず、ルドルフ召喚の時点では王族の神気はルドルフ同様空っぽだったそうだ。
だから精霊の箱庭にも、ここ半年ばかりは入ることができなかった。
それがここ十日ほどでほんの少しずつ、神気が回復しているため、セオドア殿下は森の中に行けたのではないかと、エルマーさんが説明してくれた。
「そんな……セオドアが一人で精霊の箱庭に入るなんて……」
精霊の箱庭は、入口からある程度までは、道もはっきりしていて危険もほぼないのだけど、奥に行けば行くほど入り組んでいて、神気の薄い者であれば確実に迷ってしまうそうだ。
わずかな神気しか持たず、しかもまだ幼いセオドア殿下が、一人で奥まで入り込んでしまえば、まず帰ってこられない。
しかも森に入れるのは王族だけ。
探すのは至難の業だ。
「とにかく! わたしは探しに行く」
レオン殿下が精霊の箱庭に続く扉へと向かった。
「わ、わたしも一緒に行きます、お兄様!」
「ミレイユ、おまえはダメだ。おまえまで迷ったらどうする」
「でも……お兄様一人では……」
ミレイユは今にも泣きそうだ。
テディ様、今頃心細くて泣いているかも。
どうしよう……何かしてあげたい。
(……っ!! そうだ!)
わたしは目をカッと見開く。
「レオンハルト殿下! わたしも行きます! 精霊の箱庭には、ルドルフも入れますよね? ……そして、多分、わたしも」
「リン殿が? 気持ちはありがたいが……」
「ルドルフならできます! セオドア殿下を探せるんです! それがあれば!」
わたしは近衛騎士が手にしていたぬいぐるみを指差した。
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