第11話 テディベアの名前の由来は……
「――つまり、リン殿の世界では手紙は紙を使わなくても書けるのだな。しかも一瞬にして相手の元に届くという」
「そうです。もちろん、紙のお手紙もまだまだ健在ではありますが、友人同士のやりとりなんかは、ほとんどEメールやメッセージアプリですね」
「時間と紙を無駄にせずに済むというわけか。興味深いな……」
今日はメールやメッセージアプリでのやりとりについて説明した。
わたしは専門家じゃないので説明が難しかったけれど、なんとか理解してもらえたみたい。
レオンハルト殿下は自ら持参した紙の束に、わたしが話したことをつらつらと書き込んでいく。
熱心だなぁ。
ぶつぶつと呟きながらの姿は、元の世界にいた研究者にも似ていて、この人本当に王子様なのかしらと、不思議な感覚になる。
(見た目と違って、地道な作業とかが好きなのね)
ふふふと笑いながら、彼を眺めていると、沈黙に気づいたのか、殿下が顔を上げた。
「……なんだ?」
「いえ、殿下があまりに一生懸命なので。わたしから聞いたことがこの国の発展につながれば、と思ってらっしゃるんですよね? もしそうなったなら、わたしも嬉しいです。わたしが知っていることであればなんでもお話ししますから、どんどん吸収してくださいね」
この生真面目な王子様は、本当にこの国のことを考えているのが分かる。
(アーフェンドの国民は幸せね。レオンハルト殿下が国王になったら、この国はますます発展すると思うもの)
「っ、ぅ……」
ニコニコしていたら、殿下がペンと紙をテーブルに置き、眉間を摘まむように抑えて唸り始めた。
「ど、どうしました?」
頭でも痛いのかとあたふたしていたら、彼は「大丈夫だ」と言って、手を上げた。
「……すまない、具合が悪いわけではない。……本当に、大丈夫だ」
頭をブルブルと振った殿下は、ふー……と細く長く息を吐き出した。
「本当に大丈夫ですか? エルマーさんお呼びしなくていいですか?」
エルマーさんとは、レオンハルト殿下の専属侍従だ。今は殿下の執務室で仕事をしているはず。
「体調は極めていいので心配ない。……それより、Eメールの話を――」
殿下の表情がいつもの無愛想フェイスになった。
どうやら立ち直った模様。Eメール談義を続けろと促されたその時――
「あー! 兄上ずるーい! ぼくも入れて!」
バン! と扉の開く音がして、少し高い子供の声がした。
「セオドア殿下」
第三王子のセオドア殿下が、タタタッとわたし……いや、ルドルフの元へ駆けていった。
「ルド様!」
セオドア殿下は、嬉しそうにルドルフのお腹へダイブした。わたしが今朝もふったのとまったく同じところだ。
「わー、ふわふわだぁ」
すりすりと頭を擦り寄せる姿は、まるで天使のよう。
(可愛い……っ。めっちゃ可愛い!)
見ているだけで癒やされるわぁ。
ルドルフもやぶさかではないのか、されるがままだ。セオドア殿下の頭に鼻を寄せ、クンクンしている。
どうやら彼とは相性がよさそう。
「セオドア殿下、お菓子を召し上がりませんか? 兄君がお持ちになったものなので美味しいですよ。わたしが毒味しますから。ほら」
クッキーの詰め合わせからひとつを取り、食べてみせる。
「食べる!」
殿下は私の隣に跳ねるように座り、クッキーを口に入れた。
一度に入れずに、ちゃんとひとくちひとくちを大事に食べている姿はお行儀がよくて、さすが王子様だなぁって。
「美味しいですか? セオドア殿下」
「おいしい! リン様も食べて?」
「はい、いただきます。……でも殿下、わたしのことは『様』とつけなくていいですよ。ただのリンとお呼びください」
「でも……」
きっと殿下の侍従から「随伴士様ですのでちゃんと『リン様』とお呼びしましょうね」とでも言われているのだろう。
でもわたしは平民だし、相手は王族だもの。
「では『リンちゃん』でいいですよ。わたしもテディ様と呼ばせていただきますから」
「リンちゃん?」
「『ちゃん』というのは、わたしの国の言葉で、仲がいい相手の名前につける愛称のようなものです。女性につけられることが多いですが、男性にも使います。わたしとテディ様だけの時にそう呼び合いましょう」
そう提案すると、セオドア殿下の表情がぱぁっと明るくなった。
「分かった、リンちゃんって呼ぶね。でも……今は、兄上がいる……」
テディ殿下がレオンハルト殿下を気まずげにちらりと見た。
「わたしがいる時もそう呼ぶといい、セオドア。怒ったりしない」
「ほんとに?」
探るように兄君を見つめるテディ殿下……可愛い。
そんな弟殿下を優しげに見守るレオンハルト殿下は、いいお兄様。
「よかったですね、テディ様」
「うん! ティモも嬉しいって」
そう言って殿下は持ってきたクマのぬいぐるみに話しかける。
ティモという名前のぬいぐるみは、彼の宝物でお友達らしい。
わたしが思い出したのは、もちろん、殿下と同じ名前を持つアメリカの大統領だ。
天使がぬいぐるみを抱っこしている姿に癒やされていると、扉がノックされるのが聞こえた。返事をして入ってもらうと、エルマーさんだった。
「――失礼します。レオンハルト殿下、バウムガルト公爵が殿下への謁見を願い出ていらっしゃいますが」
「……分かった、すぐに行く」
語り足らなさそうな殿下はゆるゆると立ち上がった。
「リン殿、話の続きはまた次回に」
「あ、はい。分かりました。今日もお菓子をありがとうございました」
殿下はエルマーさんの後につき、退室しようとして……最後に振り返りざま、ほんのわずかに表情を緩めた。
「……二人でいる時は、わたしのことも『レオン』でかまわない」
そう言ったレオン殿下の耳がほんのり赤かったのは……わたしの気のせいだったかもしれない。
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