第二章
第10話 異世界ぐらしが始まりました。
「リン様、おはようございます」
「おはよう、シェリー」
王宮のベッドは快適すぎて、毎日ぐっすりと眠れてしまう。
繊細さの欠片もないわたし。
宛がわれた寝室は一人用とはとても思えないほど大きい。だからルドルフがベッド脇で寝ていてもちっとも邪魔ではない。
むしろ――
「おはよー、ルドちゃん!」
わたしはベッドから起きると、大きなラグの上で眠っているルドルフのお腹に顔を埋めた。
「いい匂い~、サラサラもふもふ~」
召喚された翌日、ルドルフは全身を洗った。
神殿に行くのに身体を清めてから……ということで、わたしもルドルフもきれいにしたのだけれど、ルドルフを洗うのに、メイドと侍従五人がかりだった。
身体大きいもんねぇ……。
シェパードのルドルフを洗うのですら、私一人では結構大変だったのに、わんこルドルフの数倍もある神獣ルドルフは、一人じゃ無理よ。超重労働だわ。
でも、全身あわあわになったルドルフ可愛かったなぁ。
それ以来、朝起きた時にこうして顔を埋めるのが日課になりつつあった。
気持ちよくて、このまま寝たい。
近い内に絶対にこうして寝てやるぞー。
「リン様、ご朝食の後、レオンハルト殿下がまたお話をお聞きになりたいそうですが」
「あ、はい。分かりました」
ルドルフが完全な神獣になるには、三日に一度、神殿の大司教様に祈祷をしてもらうことが必要だということで、一昨日、初めて祈ってもらった。
わたしも祈ってもらうのと同時に、随伴士としての資質を鑑定してもらった。
『リン様は、随伴士として十分な資質を持っていらっしゃいます。しかも神獣様との相性は過去に見ないほどよいと思われます』
わたしの額に手を当てた大司教様が断言してくれて、なんとなくホッとした。
その後、わたしをまじまじと見つめてきたので「な、なんですか……?」とこわごわ尋ねると、大司教様が大らかな笑みを見せた。
『――あなたは間違いなく、この国の随伴士の気質をお持ちの方。必ず彩狼神様のお導きがございますから、ゆったりとしたお気持ちで
なんて、意味不明なことを言い出した。
(……完っ全にバレてるよね、これ)
そりゃあね。王家と対等な立場の神殿のトップオブトップなんだもの。
わたしの性別くらい、見抜いちゃうよね……。
でも黙っていてくれるみたいで助かった。
最初にわたしの手を清めてくれた、神官のミヒャエルさんの機嫌もすごくよかった。
『神獣様がお帰りになっただけでなく、随伴士様が稀に見る能力をお持ちになってらっしゃるということで、ようございました』
徐々に脇を固められているというか、外堀を埋められている感じがして、私はきっと、この国に骨を埋めることになるのだなぁと、覚悟を決めつつあった。
空いた時間は、アルダからこの国の歴史や貴族のマナーを教わったりしている。
気分転換に王宮の案内もしてくれた。
庭園を散歩すれば、空には明らかに地球ではない光景。
いくつもの惑星が元の世界の月よりも近い距離で見えているし、夜には月が二つ昇る。
そのたびに、やっぱりここは異世界なのだなぁと実感する。
それと……毎日必ずレオンハルト殿下がわたしの元にやってくる。
目当ては『地球の科学技術の話』だ。
殿下は根っからの理系人間、しかも技術者気質らしく、王立科学アカデミーを首席で卒業しているそうだ。
実はアーフェンド王国は、大陸五ヶ国の中では一番科学が進んでいる。
それは二十五年前の皆既月食の日に端を発している。
仔銀狼の失踪により、帰還術の開発、国防のための武器開発など、科学技術を発展させざるを得ない状況になってしまったからだ。
次世代の神獣が不在の危機を迎えたことで、アーフェンド王国の科学が大発展したのは、なんとも皮肉なことだ。
戦争に負けて経済に勝った日本みたいなものかしら。※但し、バブル期まで。
そして驚くことに、この国には『魔法』は存在しないけれど『魔術』は存在する。
魔術というのは、実は科学技術の粋を集めたものなんだそうだ。
ただ、その科学技術は超自然的な材料の上に成り立つもので、この国で言えば『魔素』が材料となる。
そしてその魔素とは一体なんなのかと言えば――
『魔素は、彩狼神様や神獣様の神気の残滓なのですよ』
アルダが教えてくれた。
つまり、言い方は悪いけれど、彩狼神様や神獣が神力を使う時に消費した神気の絞りカスということだ。
それを人間が科学技術に使う――なんというエコ。
アーフェンド王国は魔素を貯蓄してエネルギー化する装置や濃縮して効率よく出力を上げる技術に関して、大陸の中ではダントツに進んだ国なんだそう。
そしてレオンハルト殿下はその発展に寄与している。彼自身が開発した技術もあるそうだ。
そんな御仁なので、異世界=地球の科学に興味津々みたい。
わたしが住んでいたところはどういった技術があるのかを、聞きたがった。あの無愛想な雰囲気で。
でもわたしが甘いものに目がないことをアルダかテルマに聞いたのか、毎回高級なお菓子を持ってきてくれる。それはとてもありがたかったし、実は結構楽しみにしていた。
それに毎回、困ったことはないかとか、何か必要なものはあるかとか、わたしを気遣ってくれているので、アルダの言うように、彼はとても優しい人なのだろう。
うん、きっとアレね。ツンデレなのね。
晩餐会の時に見せたあの態度は一体なんだったのかしら。
今日も今日とて、彼は手土産片手にわたしの居室へとやってきた。
「昨日は『スマホ』について聞いたな。遠く離れた相手と直接話ができる装置だったか。今日は何を聞かせてくれる?」
地球がこの世界よりも技術がかなり進んでいると聞いた殿下は、目を輝かせていた。表情は無に近いのに、目だけキラキラしてるから、なんだか変。
ただやっぱり表情は硬いというか、愛想がいいとは言えないのだけれど。
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