第9話 早くも嫁を取らされそうになった。
「今宵はわたくしのためにこのような素敵な晩餐の場を設けていただき、また王族の皆様方に拝謁する機会を与えていただき、大変光栄に存じます」
アルダから教わったとおり、胸に手を当てて膝を軽く折って挨拶をする。
これがこの国の男性の挨拶なんだそうだ。
女性であればドレスを着るのでカーテシーをするらしい。
わたしが今、身につけているのは、男女兼用の随伴士の服だ。
湯上がりに着たものに加え、晩餐会に向かうにあたり、装飾品として木と金のビーズを使ったロングネックレスと小さなイヤリング、それに金属のバングルをつけられた。
随伴士が公の場に出る時は、性別にかかわらず、こういうアクセサリーをつけるのだそうだ。
そしてわたしの左側にはやっぱりルドルフがいる。
部屋で待つように言ったのに、珍しく言うことを聞かずにわたしについてきた。
そして王族の食堂は、やはりすごい。
とにかく広いし豪華だし、周囲に給仕の男女が大勢立っているし。ダイニングテーブルも椅子もアンティーク調だ。
王族を目の前に緊張しながら挨拶をすると、上座に座している国王陛下が鷹揚に笑った。
「そなたが神獣様とともに来られた随伴士殿か。聞いていたとおり、神獣様がぴったりと離れないとはな」
「随伴士
レオンハルト殿下がことさら『候補』を強調して訂正した。
「候補、か。して随伴士候補殿、名をなんと申す」
「随伴士
わたしも強調してやったわ。これでいいんでしょ。
勧められるままに椅子に腰を下ろす。当然のようにルドルフは私の後ろに控える。
目の前には一枚いくらするのか想像もしたくないお皿とか、曇りひとつないグラスが並ぶ。
ピッカピカに磨かれたカトラリーのセットもあった。
元の世界のフレンチと似たようなものかしら。
「リン殿は今日我が国に来られたばかり。こちらのマナーなど気にされず食事を楽しむがよい」
「寛大なご対応、ありがとうございます」
料理が運ばれてくる間に、陛下が王族の紹介をしてくれた。
国王はアルフレッド・ヴァン・アーフェンド陛下、威厳のあるイケオジ。若い頃はそれはドイケメンだったことでしょうね。
王妃殿下のクラリッサ様は金髪碧眼の超絶美人。四人も子供を産んだとは思えない美魔女中の美魔女。
王太子のレオンハルト殿下はきっと王妃様似ね。
第二王子のクラレンス殿下は陛下似で、精悍な面持ちだけれど、少し目が垂れていて、親しみを感じるわ。
第一王女のミレイユ殿下も王妃様にそっくり美少女。キラキラしてる。
第三王子のセオドア殿下は、六歳くらいかしら。ウェーブがかったダークブロンドの髪がふわふわ。めちゃくちゃ可愛くて、天使のよう。どうやらルドルフに興味津々みたい。目を輝かせて私の後ろを見ている。
皆さん、王族とはいっても割と気さくに接してくれる――レオンハルト殿下を除いては。
彼だけはどうも渋い顔をしている。
わたしのことが気に入らなくて、随伴士だと認めるのも嫌なのだろう。
わたしがなりたくてなってるわけじゃないのにな……。
ちょっと胸が痛くなった。
料理はコースで、味もすごくいい。
野菜も私が知っているものばかりだし、スープもマッシュルームのポタージュだったり。
メインはお肉で柔らかくてとろけそうだった。
デザートのケーキもほどよい甘さで、別腹が無事発動。
唯一の不満は……温かいものが出てこないことだ。
理由は分かりきっている――王族の食事だから。
毒味を通さないと食べられないんだもの。温かいものも冷めてしまうわね。
王族って物理的には不自由ないけど、生きていくには不自由だらけだ。
大変だなぁ……と思いながら食事を終えると、陛下がわたしを見て目を見張っていた。
「いや驚いた。リン殿はテーブルマナーもしっかりしておられる。まるで我が国で学んだようだった」
(そういえば、特に困ったことはなかったような)
私のナイフとフォークの使い方やその他の所作は、マナー違反などはなかったみたい。よかった。
「母が外国人だったもので、いつか母の祖国に行った時に困らないよう、幼い頃からテーブルマナーは習っておりました」
小学生の頃から、お母さんは簡易的なコース料理を作ってわたしに作法を教えてくれた。
『テーブルマナーは覚えておいて損はないわよ』
と言って、チャーミングに笑っていたのをよく覚えている。
食後のお茶をいただきながら、わたしは皆さんに向こうの世界でのルドルフの話をした。陛下に聞かれたからだ。
わたしが警察犬の訓練士になった時に拾われたこと。
幼い頃からルドルフは警察犬としてたぐいまれな才能を発揮していたこと。
向こうの世界では狼ではなく、大型犬の姿だったこと。
「優秀だったのだな、その、警察犬……といったか、神獣様は」
「神獣様は、そなたの世界では犬の振りをしていたということか?」
レオンハルト殿下が少し鋭い口調で尋ねてきた。
「……はい。ジャーマン・シェパードという、向こうでは警察犬としてメジャーな犬種の姿でした。色も黒と茶色で……今の銀狼とはまったく違う見た目をしていました。しかも召喚される前のルドルフは推定二歳だったのですが……」
「二歳……」
殿下は興味深げに目を見開いた。
「神獣様は姿を自在に変えられるということなのか?」
「
ぶつぶつとひとりごとのように呟いている殿下に提案してみる。
「そなたは神獣様と言葉を交わせるのか?」
「いえ、私はルドルフの言葉は分かりませんが、ルドルフは私たちの言葉をちゃんと理解しています。……ルドルフ、君は向こうの世界では自分の意志で姿を変えていたの?」
後ろで伏せているルドルフに声をかけると『わふっ』という、いつもの返事が聞こえた。
「詳しくは分かりませんが、姿を変えることはできたみたいですね」
私とルドルフのやりとりを見て、王妃殿下が感嘆の声を上げる。
「神獣様は本当にリン様を信頼されているのね。素晴らしいことだわ」
彼らが言うには、神獣がここまで随伴士にべったりなのは過去に類を見ないらしい。
だからか、王族の皆さんのわたしを見る目が尊敬を帯びている。※但し、王太子殿下を除く。
あまり過剰に期待されても困ってしまう。
「神獣様とリン殿の親密振りに、早くも国内の有力貴族の娘と婚約させるべきでは、という意見も出ておるのだが、そのあたりリン殿はどう思われる?」
陛下のいきなりの言葉に、お茶を噴きそうになった。
「っ、い、いえ、わたしは、貴族のご令嬢と結婚できるような立場ではないので……」
ここで性別を打ち明けてしまった方がいいのかもしれない。でも逆に、ここで私が女だとカミングアウトすれば、今度は貴族の子息に嫁げなんて言われかねない。それこそ断れないじゃない。
(まだまだ黙っておいた方がよさそう)
私はこっそり、口にチャックをする仕草をした。
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