第8話 帰還はあっても送還はないらしい。
***
「――つまり、ルドルフがその『異世界に飛ばされた仔銀狼』で、二十五年後の皆既月食というのが今日だったんですね?」
「そういうことになります」
わたしが尋ねると、アルダが笑みを浮かべたままうなずいた。
「そして、ルドルフに懐かれて名前をつけたわたしが、その……随伴士? だと思われている、と」
「えぇ、おそらくリン様はルドルフ様と契約を結んだ状態なのだと思われます」
「でも……わたしは、ルドルフと言葉を交わすことはできません」
随伴士は神獣と会話ができると、アルダが言っていたけれど、ルドルフは今まで一度も人間の言葉を話したことはない。
「試しに話しかけてみていただけませんか?」
アルダに頼まれ、隣で優雅に尻尾を振りながら伏せている狼に話しかけてみる。
「ルドルフ、君は二十五歳だったの?」
『わふっ』
ルドルフは嬉しそうに返事をしたけれど、あくまでも
どうやらルドルフはわたしの話す内容を分かっているみたいだけど、わたしには彼の言葉が分からない。
アルダが話してくれたとおり二十五年前の皆既月食の少し前に生まれたのなら、少なくともルドルフは二十五歳にはなっている。
二年前に捨てられていた時は、まだ数ヶ月の仔犬だったと思うんだけど……。
「やっぱり分かりません」
分かったら楽しいのになぁ……なんて思いながら、少し落ち込み気味に伝えた。けれどアルダは笑みを崩さないままだ。
「おそらくそれは、ルドルフ様の神気が今現在、空っぽだからでございます」
「空っぽ……?」
「先ほど申したとおり、神獣様は彩狼神様から神気を分け与えられながら、国を護ってくださっています。しかしルドルフ様は二十五年もの間、この国を離れてらっしゃいましたので、彩狼神様からの神気を持ってらっしゃいません。ですからまだ神獣としては不完全なのです」
「なるほど……」
それならどうすればルドルフは完全な神獣になれるのだろう? 首を傾げていたら、アルダがすぐに答えをくれた。
「こちらで普通に生活をしていただき、大気に溶けている神気を取り込めばよいそうです。さらに三日に一度ほど、神殿で大司教様に祈っていただけば、おそらく十五日程度で神気が満たされ、ルドルフ様は完全な神獣様となられます」
「ということは、それまでルドルフはただの大きな狼、ということですね」
「ご無礼を承知で申し上げれば、そうなります。でも神気が満ちて神獣様となられれば、随伴士様――つまりリン様と言葉を交わせるようになるだろうというのが、殿下のお見立てです」
「……殿下? って、レオンハルト殿下?」
「そうです。レオンハルト殿下は、十二年前から神獣様帰還術の開発責任者を務めてらっしゃいます」
「王族が自ら陣頭指揮を執ってらっしゃるんですか?」
「この国には王子殿下が三人、王女殿下お一人いらっしゃいます。王太子であられるレオンハルト殿下は、人一倍、神獣様が不在になることを危惧されておりました」
幼いルドルフが失踪した後も、この国には神獣――ルドルフの親がいた。
でも皆既月食の一年ほど前に、前神獣は儚くなってしまったらしい。それによって、アーフェンド王国はついに神獣不在の期間に突入する。
レオンハルト殿下は、帰還術開発と並行し、神獣が不在になるのを見越した国防を何年も前から計画していて、この一年、国内の混乱を抑え、他国からの脅威をかわしてきたんですって。
ふむ、有能な王子様なのね。
皆既月食のピークに合わせて帰還術の準備を始め、完全に月が隠れた瞬間に術式を展開させたそう。
結果、無事にルドルフを呼び戻すことに成功したというわけ。
「レオンハルト殿下は、一見冷たく見られがちですが、実はとても情が厚く、お優しい方なんです。この国と民の繁栄を誰よりも祈っておられます」
「なるほど……」
「ルドルフ様のご帰還を、誰よりも喜んでらっしゃるのが殿下なのですよ。ご苦労されてらっしゃいましたからね」
「……」
ふと思った。
もしルドルフとわたしが一緒にいなかったら、ルドルフだけが召喚されていたのかな。
ルドルフが完全に神獣になって……わたしがもし随伴士ではなかったら。
――わたしはどうしたらいいのだろう?
「……あの、聞きたいことがあるんですが」
「なんでしょうか?」
「わたしは……元の世界に帰ることは可能なんですか?」
おずおずとアルダの顔をうかがえば、彼は申し訳なさげに眉尻を下げた。
「申し訳ありません。ここから異世界への送還術は開発されておりません。もし開発されたとしても、帰還術と同様に皆既月食を待つ形になるかと……」
「月食……」
帰るにしても、二十五年待つということ……?
「それに、リン様がルドルフ様の随伴士であることはほぼ間違いないですから、元の世界へ戻ることをご希望されても、是が非でも引き留められるのではないかと思います」
「……そっか」
予想していた答えだったけれど、改めて聞かされるとやっぱりちょっとショックだ。
「リン様は元の世界にご家族が?」
「ううん、わたしにはもう家族はいません。父母も祖父母も亡くなっていますから、だから……」
かえってよかったのかもしれない――そんなことを思ってしまった。
「リン様には申し訳ないことをいたしました。せめてこの国でご不自由のない生活をしていただくよう、わたしも微力ながら尽くしますので」
「わたしたちも協力させていただきますから」
「えぇ! わたしたちもおりますからね、リン様」
アルダもテルマもシェリーもいい人たちだなぁ。彼らがいれば、ひとまず安心できそう。
『わふっ』
ルドルフが一声上げながら、わたしの顔を舐めた後、前足を肩に置いた。重いよ。
「ありがとう、ルドルフ。……それに、皆さんも」
(そうよ、わたしにはルドルフもいるんだもの。なんとかなる)
わたしはガッツポーズをし、自分を鼓舞した。
それから夕食まで、アルダたちは引き続きわたしにこの国のことをいろいろ教えてくれた。
年月の概念は、元の世界とほぼ同じ。ただ区切り方が違う。
一年は三六十日で、一ヶ月は六十日、つまり一年は六ヶ月だ。
時間に関してはもう完全に同じ。一日二十四時間で一時間六十分。
アルダが言うには、そもそもこの世界と地球の環境が極めてよく似ているため、接点ができやすくなっているのではないかということだ。
だから習慣や文化、食べ物がほぼ同じなのは必然ってこと?
国の運営は、王家を筆頭に貴族が政治の実務を行っている。
随伴士は神獣を護る役割を担っているので、王族と同等の扱いを受けているそうだ。
だから代々、三大公爵家から輩出される。
今回、わたしというイレギュラー分子が随伴士になってしまった場合はどうなるのかと言えば――
「おそらく一代限りの公爵位を叙爵されるはずです」
アルダがにっこり笑った。
「えー……」
そんな地位は欲しくないし、むしろ地味に平和に食べるものに困ることなく暮らせればそれでいいのだけど……。
でもアルダ曰く、随伴士を平民や下位貴族に留めておくのはかえって危険なのだそうだ。
「貴族の最上位の公爵であれば、随伴士様を利用して神獣様に害をなそうとする者など出ませんので」
「そういうことかー」
下位貴族だと、その上の貴族たちにつけ込まれてしまう可能性があるということね。
(はぁ……いろいろめんどくさい世界だなぁ……)
わたしはそっとため息をついた。
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