第7話 ようやくこの国について知る時間が来ました。
「リン様、お疲れでございましょう。お菓子とお茶をどうぞ」
髪を後ろに一つに結んでもらい、身支度を終えた頃、居室の応接セットにお茶の準備がされていた。
朝ご飯にバナナを食べたきりだから、小腹が空いている。おやつは正直ありがたい。
室内は不要な調度品が撤去されていて、空いたスペースにふかふかの大きなクッションが敷かれている。
そこにルドルフが丸くなって寝ていた。
わたしが浴室から出るや否や、耳をぴくりと動かし、スッと立ち上がる。
そして当然のようにわたしの左側にぴたりとつく。
わたしがソファに座れば、その脇にスッと伏せた。
このルドルフの一連の行動を見て、テルマたちはほぅ……と感心していた。
「リン様は本当に神獣様と心が通じてらっしゃるのですね」
「そ、そうですね……」
(確かにそう見えるよねぇ)
まさに忠狼・ルドルフ。揺るがないわ。
テーブルに目を移すと、花柄の白いお皿の上に焼き菓子が何種類か置かれていた。
ふむ、元の世界とそう変わらないラインナップ。
「いただきます」
お皿と同じ柄のティーカップには、紅茶が注がれている。フルーティな香りが美味しそう。
そっと口に運び、ひとくち。
「ん……美味しい」
焼き菓子も……フィナンシェみたいなやつがバターたっぷりで美味しい。
ニマニマしながら食べていると、テルマにクスリと笑われた。
「リン様は甘いものがお好きなんですね」
「あはは……そうなんです。
さりげなく自分が男であるかのようなワードを盛り込んでおいた。バレたくないからね。
和やかムードでアフタヌーンティーを楽しんでいると、アルダが「失礼します」と言って、わたしの前に座った。
「リン様、いきなり見知らぬ世界に来られたのに、混乱されることなく落ち着いて現状を受け入れてくださっていること、感謝いたします」
「あー……はい。自分でも不思議ですが、割と落ち着いてます。こちらが、わたしが住んでいたところとそんなに大きくかけ離れていないからかもしれません」
ここの大気が合わなかったり、住んでいるのがグレイタイプ宇宙人だったりと、明らかにわたしたちと相容れない環境だったなら、こんなに落ち着いていられなかったと思う。
でも「実は地球上にある、とある国です」と言われても信じてしまうほど、この世界はわたしたちのそれにとても似ている。
浴室を見る限り衛生観念も差異はないし、味覚もほぼ同じ。住む分にはそれほど困らないのではと思った。
ここは
「先ほどレオンハルト殿下がおっしゃったように、わたしからこの国についてのご説明をいたします。リン様も、お聞きになりたいことがありましたら、遠慮なくお尋ねください」
「よろしくお願いします」
わたしは膝に手を置き、頭を下げた。
「ではまず、この国の成り立ちからお話ししましょう。それは、リン様や神獣様にも関わってまいりますので」
アルダが神妙な表情で居住まいを正したので、わたしもつられて背筋を伸ばした。
***
その最たるものが、二十五年に一度、二つの月が同時に起こす皆既月食だ。
月が隠れた夜は大陸の時空が非常に不安定になり、時には異世界との接点を生み出してしまうことさえあった。
混乱を回避するため、彩狼神は五頭の眷属を大陸の各地方へ送り出す。
『
五つの国からなる『彩狼大陸』は、彩狼神の神気を分け与えられた五頭の神獣が生成する結界で、時空の歪みから守られてきた。
神獣は神力で国を護り、王族は神獣を通して彩狼神からわずかな神気をいただき、神獣を敬い祈りを捧げる。
人々の祈りと国の平和は、彩狼神の神気の源となる。
こうして大陸は繁栄してきた。
各国には、神獣につき添い癒やし、神獣と王族との架け橋になる『随伴士』という役目がある。
いわば『神獣のお世話係』だ。
随伴士は通常、各国の三大公爵家から神獣自らが選ぶ。
選ばれた者が神獣に御名を与え、契約を結び、随伴士となる。
神獣と言葉を交わせるのは随伴士しかおらず、その特性が『神獣と王族の架け橋』と言われる所以だった。
彩狼大陸五ヶ国の一つ――アーフェンド王国は、別名『銀狼国』と呼ばれる大国だ。
銀狼を始祖として崇め、気候もよく豊かで、情勢も安定していた。
しかし二十五年前の皆既月食の日――王家に対し謀反を起こす者が現れた。
王家直轄の騎士団と神獣は、国を守るために造反者の討伐に注力した。
それによって、国を守る結界から神獣の神気が削がれ弱まり――アーフェンドの王都に異世界への接点ができてしまった。
それに巻き込まれたのが、当時まだ生まれたばかりだった神獣の仔だった。
幸い謀反は、神獣のおかげもあり、そう手こずらずに鎮圧できたものの、代償は大きかった。
仔銀狼の失踪――国を揺るがす大事件だった。
たとえ異世界でも仔が生きている限り、神獣は次の仔を望めない。
それは次世代の神獣が不在になるということだ。
アーフェンド王国の有識者が知識を総動員し、仔銀狼の帰還術の開発を始めた。
しかし帰還術を展開させるには、皆既月食を待たねばならないという結論に辿り着く。
次の月食は二十五年後――アーフェンド王国は次世代の神獣を持たないまま、国を維持しなければならなくなった。
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