第4話 絵に描いたような『王子様』が登場しました。
「なんということだ!」
「神獣様が服従しているぞ」
「信じられない……!」
「あの少年は何者だ?」
ルドルフが暴れなくて安心した……という雰囲気ではない。わたしがルドルフに「待て」と「伏せ」をさせたのが、かなり意外だったみたい。
様々な言葉が飛び交う中、ひときわ大きく響いたのは――
「ひょっとしてあの少年は、『
(ずいはん……し?)
耳慣れない言葉に、わたしは眉根を寄せた。
周囲のざわめきが一層大きくなった。
「随伴士だと? あの者が?」
「まさか! 随伴士は三大公爵家から出るはずだろう」
「それに今世代の随伴士は……」
中には顔色が悪くなっている人さえいる。
(何事なの……?)
ここに連れてこられてから、耳にする何もかもがわたしにとっては意味不明。
それもそうだ。そもそもわたしはここがどこなのかすら知らないのだから。
自分は一体、これからどうしたらいいのか……。
一つだけ言えるのは、今この場において、わたしは『男』として振る舞わなきゃならないということだ。自分の身を守るために。
幸いにも今のわたしは、黒いTシャツにベージュのコットンパンツ、足下はスニーカー。それに訓練所のロゴが入ったジャケットには胸ポケットがあるから、Bカップの胸をカモフラージュしてくれている。
(まったく気づかれないのも……それはそれで複雑なんだけどね)
まな板ではないものの、大きいとは決して言えない己の胸を見下ろし、わたしは苦笑する。
後ろで一つにくくった茶色の髪は長いけれど、ここに集っている人々を見る限り、男性の長髪はそう珍しくもないらしい。
なんとか男でいけそうだ。
女・有坂倫、娼館行きを阻止するためなら、男を演じてみせましょう。
(よし……!)
改めて決意し、自分を奮い立たせる。
すると、周囲の群衆から、一人の男がカツカツと足音を立てて進み出た。
「殿下! 危険ですのでお下がりください!」
「神獣様は興奮されておられるご様子、何とぞ離れてくだされ!」
(殿下……?)
周囲の引き留めなど意に介さずこちらに向かってくる長身の男を、目をこらして見てみる。
(わ……すごい美形……)
プラチナブロンドにブルーアイ、抜けるような白い肌は陶磁器のよう。
目つきはやや鋭くて、冷えた美貌の持ち主だ。
顔のパーツすべてが罪なほど美しすぎて眩しい。
上品な衣装に身を包んだその
いかにもやんごとなき御仁の佇まい。
ルドルフが銀粉なら、この人は金粉をまとっている。高貴なオーラが、キラキラと彼に降り注いでいるよう。
こんなきれいな男の人、初めて見た。王子様みたい。
実際彼は『殿下』と呼ばれている。きっとこの世界のリアル王子様なのだろう。
その美貌の王子様が、周囲が止めるのも聞かずにわたしに近づいてくる。
「ルドルフ、待て」
隣にいるわんこ……もとい、狼に、小さく呟くように命令する。でもわたしが言わなくても、ルドルフは彼に何もする気はないみたい。その場で動かずにわたしを見ている。
きっと目の前の王子様には手を出しちゃいけないことを、ちゃんと分かっているのだろう。
さすが、空気を読める犬……もとい、狼! 賢い子!
殿下はわたしの目の前で止まり、じっとこちらを見つめた後、手を伸ばしてわたしの顎に手をかけて、上向かせた。
(あ、顎クイ……!)
リアル王子様に顎クイされるなんて、一生に一回あるかないか! 多分、99%の人は経験しないままだろう。
レアな体験ができたという意味ではラッキーかもしれない……なーんて。
「……」
殿下が一瞬だけ目を細め、はぁ、とため息をついた。
(な、何かしら……)
いきなり処刑とかされたらどうしようかと、ドキドキしてしまう。
「そなた、今、この神獣様のことを『ルドルフ』と呼んでいたな? ……まさか、そなたが神獣様に御名を授けたのか?」
「え……」
何を聞かれているのか、よく分からなくて首を傾げると、殿下はまたため息をついた。
「……もう一度聞く。そなたが、神獣様に御名を授けたのか?」
ルドルフの名前のことを聞いているのかしら。
「あの……名づけ親、ということであれば、わたしですが……」
『ルドルフ』という名前はわたしがつけた。『民族の狼』という意味があり、警察犬には比較的よくある名だ。
我ながらいい名前をつけたなぁと、思っている。
正直に答えれば、殿下は目を見張った。
周囲からは歓声が上がる。
「やはりこの少年が随伴士か!」
「まさか随伴士も召喚できたとは」
「インチキではないのか?」
いろんな言葉が聞こえてくる中、殿下がスッと手を上げる。
途端、騒いでいた人たちが黙りこくった。あちこちから息を呑む音が聞こえる。
「――この者が随伴士殿か否かは、これから見極めていく。それまでこの者は随伴士候補で、王家の客人として扱うものとする。皆もしかと心得よ」
鶴の一声で、その場にいた皆がうなずいた。
「そなたもそれでよいな?」
殿下は今度はわたしに尋ねた。
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