第2話 私の警察犬は優秀すぎる 2

「今日も大活躍だったねぇ、ルドルフ」


 仕事を終え犬舎に戻り、頭や背中を撫で回すと、ブンブンと尻尾を振ったルドルフは、わたしの鼻をペロッと舐め、肩に前足を置いてきた。

 これが彼の「褒めて」という合図だ。


「うんうん、ほんとよくやったよ、ルドちゃん」


 褒める時は『ルドちゃん』と呼んでいる。ルドルフ本人? がそう呼ばれると喜ぶからだ。

 大きな体躯で可愛くわたしに懐いてくれるルドルフだけれど、実はたぐいまれな能力を持った犬だった。

 仔犬の頃から一度教えたことは二度と忘れず、失敗もしない。

 犬の中ではずば抜けたIQを誇るボーダーコリーよりも、さらに賢かった。

 幼い頃から明らかに人間の話す言葉をきちんと理解しているような表情を見せるので、当時、わたしや訓練所のメンバーは驚いた。

 おまけに嗅覚まで他の犬より鋭くて、雨の中でも犯人の足跡追及ができたし、条件が揃えば地面ではなく空中で臭気を捉えて辿ることさえできた。

 命令もよく聞き、自分がなすべきことを完璧に把握していた。

 あまりに優秀すぎて、県警察が直轄警察犬に召し上げようとしたくらいなんだもの。

 直轄警察犬は、警察犬の中のエリート。厳しい審査をクリアしないと選ばれない。

 ルドルフは、その審査すら軽々とクリアしてしまうほどの犬だったのだ。

 でも結局、直轄警察犬にはなれなかった――ルドルフはわたしの言うことしか聞かないから。

 二年前、捨てられていた仔犬を見つけたのはわたしだ。

 それ以来、ルドルフはわたしにべったり。

 まるで刷り込みのようだと皆が言う。

 とにかくわたしの言うことならなんでも聞く犬だ。

 でも所長の島田さんにも、他のメンバーにも、県警のベテラン訓練士にさえ、絶対に懐かないし命令も聞かない。

 直轄警察犬を管理しているのは、県警の鑑識課――つまりは、警察官にならないと直轄警察犬の訓練士にはなれないわけで。

 警察官ではないわたしが県警の鑑識課には所属できないので、結局ルドルフも嘱託警察犬のままで今にいたる。

 それでも優秀なルドルフは頻繁に出動する。イコール、わたしも同様に駆り出されるということ。

 その分、経験を積むことができてラッキーだと思っている。

 幼い頃から不思議と動物に好かれる体質だったせいか、わたし自身も動物が好き。

 特にイヌ科の生物が大好きで、好きが高じてついには警察犬の訓練士になってしまったくらい。

 愛するわんこたちと毎日一緒に過ごせて、しかも高給取りではないけどお金までもらえる。こんなに幸せなことってない。

 ルドルフがわたしにしか懐かないのは少々困りものだけど、少し嬉しくもあった。

 出逢った頃から愛情込めて育ててきた彼が、わたしのことを全面的に信頼してくれているんだなぁと思えるから。

 これからも警察犬の訓練士として頑張っていこう――嬉しそうにエサを食べるルドルフを眺めながら、わたしは思っていた。

 

 わたしは毎日、誰よりも早く出勤して犬舎の掃除をする。

 本当は掃除は当番制。でもわたしは担当週ではない時も早く来て、当番の先輩の手伝いをする。

 自分が一番下っ端というのもあるし、早く犬たちの顔を見たいのもあった。

 今週はわたしの当番なので、他には誰もいない。

 少しの間、わんこたちを独り占めできる。

 犬舎は事務所棟の隣にあり、そこに犬たちのケージが並んでいる。

 東雲警察犬訓練所では一般家庭の犬のしつけ訓練も行っているので、お泊まりしつけの場合は事務所棟内のケージで預かる。

 今はしつけの依頼がないので、外の犬舎だけやればいい。

 個々のケージを掃除し、犬たちに水とエサを与えるのだ。


「あれ? 割れてる……」


 四頭分の掃除が終わった時、掃除用具を持ち運ぶためのカゴの持ち手が割れているのに気づいた。

 新しいのを買った方がよさそうだけど……


「――とりあえずテープで巻いておこう」


 事務所に入ると、デスクの上にちょうど梱包用の透明テープがあったので、それを持ってきて持ち手を巻いた。応急処置だ。

 なんとか保ちそうなので、掃除を続行。とは言っても、あとはルドルフだけだ。


「ルドルフ、おはよう」


 わたしが声をかける前から、ルドルフは尻尾をブンブンと振っていた。自分の番を待ちわびていたようだ。


「お水空っぽだね。ごめんね、今あげるから」


 水の容器を外に出し、ルドルフの頭を撫でたその瞬間――わたしの身体は強烈な光に包まれたのだった。

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