第一章
第1話 私の警察犬は優秀すぎる 1
「
所長の
わたしは出動用のジャケットを羽織りながら、事務所を駆け出した。
「了解しました!」
犬舎に入れば、三頭の嘱託警察犬と訓練中の犬二頭がケージの中で寝ていた。
その中の一頭――ジャーマン・シェパードのルドルフが、わたしの姿を見るや立ち上がり、尻尾をブンブンと振り始めた。
「ルドルフ、お仕事だよ」
ケージからルドルフを出し、リードをつける。
わたしの左側にぴったりとついて歩く姿は賢くて可愛い。
(今日も可愛くてかっこいいな~、ルドルフは)
わたし、有坂
訓練士になるための専門学校に通って資格を取り、東雲警察犬訓練所に入所した。
担当している警察犬はルドルフ。
今、わたしの隣でしっかりと
推定、というのは、この犬の生まれた日を誰も知らないから。
ルドルフは、わたしが訓練所に入所してすぐに施設の前に捨てられていた。
明らかにシェパードである仔犬を手放すなんて、一体何事? と、所内がざわついたけれど、各種手続きや検診、予防接種を経て、訓練所で育てることになったのだ。
「ルドルフ、今日も頑張ってくれよ~」
島田さんがルドルフの頭をよしよしと撫でるけれど、彼は微動だにしない。
まさに『スン……』という表現が似合う、無機質な表情をしていた。
島田さんは二十年以上の経験を持つ一等訓練士正。いわばベテラン中のベテランだ。その彼がこの扱いだなんて。
苦笑いするしかない。
「相変わらず俺には素っ気ないなぁ、ルドルフは」
「なんか……すみません」
わたしが申し訳なさげに言うと、島田さんはいやいや……と、手を振った。
「ともかく、今日も華麗に活躍してこい」
今回、ルドルフに出動要請があった事件は、住宅街で女子高生をいきなり切りつけた通り魔事件。
幸か不幸か、現場は訓練所からほど近い場所だったので、ルドルフに白羽の矢が立った。
そして間抜けなことに、しかしわたしたちにとっては幸運なことに、犯人は革製のナイフの鞘を落としていった。
それの臭いを辿ることになったのだ。
「ルドルフ、嗅いで」
ビニール袋で包んだ鞘をルドルフの鼻に押し当て、十分に嗅がせる。
「ルドルフ、探せ!」
わたしが促すと、彼はすぐさま歩き出す。
地面の臭いを嗅ぎながら、迷いもない足取りでずんずん進んでいった。
住宅街の角を何度か曲がり、数百メートルほど歩いただろうか。
とある一軒家に辿り着くと、ルドルフは伏せをし、わたしを見上げて「わふっ」と一声上げる。
県警の捜査員たちはすぐさまその家に目をつけた。
人の出入りを見張っている最中に、被害者から聞き出した犯人の特徴を共有する。
しばらくすると、耳と鼻をひくひくと動かしたルドルフが「ワンワン!」と一声上げた。
見張っている家の裏手に向かってわたしを引っ張り、さらに吠えた。
「窓から男が逃げようとしています!」
家の裏側の窓枠に男が足をかけて外に出ようとしていたので、わたしは叫んだ。
捜査員は一斉に裏手に向かう。
逃走者を挟むように裏道を塞ぐと、男は刃物を振り回したけれど、相手はプロ中のプロ。
ものの数十秒で、あっけなく制圧された。
通り魔は、その家に住んでいる二十代の無職の男だった。
憂さ晴らしをしたくて女性を襲ったそうだ。
そんなことで人を傷つけるなんて、ありえないわ、ほんと……。
被害者の女性は腕にケガをしたものの、命に別状はなかった。
それを聞いて、わたしは不幸中の幸いだったと安堵したのだった。
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