警察犬訓練士のわたしは、異世界でも銀狼様のお世話係に任命されました――三食昼寝とおやつ、それからもふもふと溺愛もついてきます。

沢渡奈々子

プロローグ

どうやら『少年』と間違えられたようです。

 天国からのお迎えかな? ――初めはそんな風に思った。

 今まで浴びたこともないような強烈な光が、わたしを包んだから。


「おぉおおおおぉぉぉ! 成功だ!」


 周りから聞こえる大歓声に驚きハッと目を開くと、そこは――見知らぬ場所だった。


「……え?」


(たしかわたしは、犬舎でルドルフのケージを掃除していたはず……よね?)


 それなのに、今いるのはまるで童話に出てきそうな、広々とした洋風の大広間。

 舞踏会が催されてもおかしくないほどの、高貴な雰囲気が漂う。

 天井は高く、豪奢なシャンデリアが重そうにぶら下がっている。

 遠くに見える壁には、精緻な模様が彫られた大きなレリーフが等間隔で埋め込まれている。

 クリーム色の大理石の上には魔法陣らしきものが描かれていて、わたしはちょうどその真ん中に倒れていた。


 そして、魔法陣を遠巻きに囲みながらひしめく人・人・人――明らかに日本人ではなさそう。


(一体どうしたの? 何がなんだか分からない……!)


 困惑と衝撃でドキドキしている。自分の鼓動が聞こえてきそう。

 でもその鼓動を打ち消す声が、周りから上がった。


「神獣様がお戻りになったぞ!」

「なんと神々しい……」

「やりましたな、殿下!」


 中世なのか近世なのか……よく分からないけれど、とにかく昔のヨーロッパ貴族風の服に身を包んだ大人たちが、こちらを見て歓喜しているのだけは確かで。

 わたしははたと気づく。


「これってもしかして、異世界に転移しちゃったってやつ……?」


 呆然と呟いた時点で、また気づく。


(そういえば、あの人たちの言葉が分かる……)


 多分彼らは、日本語ではない言語を話している……はずだ。けれどわたしには日本語で聞こえてくるし、内容もきちんと届いている。

 これって、最近スマホで読んでいる異世界ものの漫画と同じ展開じゃ……。


「……って、いやいやいや、そんなはずないから!」


 自分でもバカなことを想像しちゃったなと、かぶりを振って。

 身体を起こし辺りを見回すと、どこか違和感があった。

 彼らの視線は一斉にこちらを向いているのに、何故かまったく目が合わないのだ。

 彼らの目はわたしをスルーして後ろに行っているみたい。


(……?)


 思わず振り返ってギョッとする。


「な……っ」


 わたしのすぐ後ろに、それは大きな、とてもとても大きな狼がいた。

 つやつやキラキラとした銀色の体毛に覆われた、三メートルほどもある銀狼だ。

 ここまで大きいともはや軽自動車だと、わたしは口をぽかーんと開いたまま感心した。

 怖さとか畏怖はまったく感じない。

 世界一背が高いと言われる犬種のグレードデンなど、軽く凌駕する大きさだというのにね。

 動物大好き――特にイヌ科激推しの血が騒いでワクワクしているくらいだ。


(――っていうかきれい! 本当に銀色の毛並みをしてる……)


 その狼は、全身に銀粉をまとっているかのように輝いている。

 おまけに顔つきは凜々しく美しい。


(はぁ……美形狼ちゃん。もふもふしたいなぁ)


 うっとりと見つめていて、そこでまた気づいた。

 そうか、周りの人たちはこの子を見ていたのだ。


「――しかし、神獣様と一緒に現れたあの者は誰だ?」

「あの少年は何者だ?」


(え……もしかして、わたしのこと?)


 今度は自分に視線が突き刺さり、途端に居心地が悪くなる――元々居心地がよかったわけではないけれど。


(今、『少年』って、言ったよねぇ……?)


 どうやら彼らは、わたしのことを男だと勘違いしている模様。


「まさか、神獣様の帰還に巻き込まれたのか?」

「……それにしても男とは残念なことだ。女なら使いようもあったろうに」

「こうして見る限り、顔だけはそれなりに美しいですからな。実に惜しい」

「異世界人であれば、稀者まれものとして娼館でも高値がついたでしょうになぁ」


「な……っ」


 見た目だけは高貴な佇まいの男たちから放たれた、下卑た言葉――それを聞いた瞬間、わたしは大きく目を剥いた。

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