第13話 けん玉娘は伊達じゃない

「そういえば、クロハほどではないにしろ、ここってオタクが多いよな」


食後の時間、突然にしてけん玉娘赤坂夢が話を始めた。


「なんで?」

「だって、ほら。約2名はゲームオタクだし、十香だってアニメとか見るじゃん」

「私は……別に」

「そうか?十香もけっこう見たりするほうだろ?」

 

 それこそうちにおいてあるテレビはほぼ十香が使っている。最近では深夜アニメとか、サブすくで過去作を追う始末だ。


「……そんなのじゃないし」

「それにほら、私は──」

「どうせ、けん玉とか言うんでしょ?」

「正解っ」


 びしっと指をさすけん玉娘。


「実際どんなもんなんだ?」

「おっ、見ます?」


 待ってましたと言わんばかりに赤坂は準備を始める。どうやらけん玉本体をここに持ってきているみたいだ。


「ていうか、女子高生のかばんにけん玉入ってるってどういうこと?」

「どうせこーんな小さいポーチに入るのけん玉ぐらいだろー?」

「じゃあなんで持ってるの……」

「マネさんに言われたんだよ。バッグを持つならこういうのにしとっけって」

「ああいうの、実用性皆無よね……」


 横から毒を吐くクロハ。たしかに、女性が持っているような小さなポーチには一体何を入れられるんだろうか、それは持ち運びの上で役立つんだろうかと疑問に思ったことがある。どうやら、本人たちもよくわかっていないようだった。


「ファッションよ。ファッション」

「女子高生はすぐ利便性・実用性を造形美の犠牲にする……」

「クロハも女子高生でしょうに……」


 十香とクロハがおしゃべりしている間にけん玉を取ってきたようで、目の前で赤坂は構えの姿勢を取っていた。


「じゃ、見ててくださいねー?」

「はいはい、がんばれー」


 適当に応援する十香。これまでも散々見せられたのだろう。若干眠たそうに彼女の方を見つめていた。それに対し赤坂は気にもとめずパフォーマンスを始める。


「まずクラッチ」

「おお」


 けん玉の玉を回したかを思えば、それを剣にさしてけん玉全体が指の上で回っていた。何を言ってるのかわからないと思うが、事実その通りなのである。


「次はジャグリング」


 今度は玉とけんを交互に持ってジャグリングし始めた。何を言ってるかわからないと思うし、それ何が難しいの?と思うかもしれないが、目にも留まらぬ速さで持ち替えながらジャグリングしているところを見ては感嘆するしか無い。


「っ……で、バタフライ……からの扇風機」


 今度は……もうわからん。なんと表現すればいいものか……なんか、ちょうちょみたいになって、次に玉が螺旋を描き始めた。何を言ってるかわからねえと思うが、俺もわからねえ……


「月面着陸……日本一周……世界一周……」


 どんどんスピードが早くなる。なんというか……もう肉眼で追えなくなってきた。けん玉をくるくるさせたりしてがんがん皿の上に載せたり剣に指したりしている。


「……こっから本気だしますねー?」

「……おぉぉぉ」


 そこからは声を出すしかなかった。本当に『ずがががが』みたいな速度で剣と玉を持ち替えたり玉の方を持ってけんをはじいて浮かせていたり、けんも常に回転してるし足に通すわ脇に通すわ、しまいには逆手に持ってグルングルンして放り投げてるしでとにかくすごいとしか言いようがなかった。


「っ──おわり」


 最後には自分もターンして玉をリフティングし、最終的に逆手に持ち替えて剣先に玉を指して演目が終了する。


「おお~」


 思わず拍手した。本当に、これで食っていけるんじゃないかってくらい圧巻の光景だった。


「今年日本ランク3位だったんだって」

「3位? これで……?」

「めちゃ強い人が二人も大会に来ちゃってそれで日本チャンプ逃したんだって」

「いや~面目ない」


 悔しそうに赤坂は頭をかいていた。


「……ツイッターでその人達がツイートしてた。いつも日本の大会には参加しないんだけど、すごい女子高生がいるってことで夢を見に参加したんって」

「すごいな」

「確か一人が世界王者でもう一人もなんかの大会で優勝してた人だよね?世界ランクも9位とかだし」

「はえ~」


 ここまでくると別世界の話だな。俺はそこらへんのモブAみたいな反応を取る。


「ほんと、なんでアイドルやってんのって感じだよね」

「けん玉は趣味だから」

「趣味で日本チャンプになられても困るけど」


 確かに趣味と言うには趣味の範囲を逸脱した演技だった。多分これはエンタメ用の文字通りパフォーマンスだろうから、大会ではもっと別の要素が求められるんだろうが、それでも世界に通用しそうなぐらい美しい腕さばきだった。本当に、もう一度見たいぐらい。


「そういう路線で売り出したりしないの?」

「もう、してる……大道芸人じゃないけど、一発芸持ってる的な感じで……」

「はあ~」


 さっきから俺「はあ~」しか言ってない気がする。いや、それぐらい赤坂のパフォーマンスはすごかった。


「いやいや、それにしてもすごかったよ」

「えへへ、ありがとうございます……」

「それにしても、十香とかはよく見飽きたふうな感じだったよな。俺なら何度見ても飽きないと思うが……」

「そりゃあ私だって2回や3回なら楽しんでみてたよ? けど、事あるごとに魅せてくるんだから……」

「ライブの前に……いきなりパフォーマンスを見せられたときはなにかの宗教かと思った……」

「ああ~……」

「 ”ああ~” 何すか!? 何度見ても飽きないんすよね!?」

「ライブ前とかに見せられるとそりゃ怖いわ」

「なんで!?」

「やばい子だと思う」


 十香が俺の代弁をする。いや、事実色んな意味でやばい子なのだが。


「けんだまはいつから始めたの?」

「けん玉自体はそりゃおばあちゃんちとかで小さい頃から触れてきましたけど、家でもやるようになったのは小学二年生の時からですかね」


 小学二年生か。そんなに小さい頃からやっていればそりゃうまくなるってものなのか。


「でも、私達が出会った頃はまだまともだったでしょ?」

「まともって……十香は私を何だと思ってんだ……?」


 出会った頃というのはたぶん十香がグループに入った3年前のことを言ってるんだろうな。十香のことだし、「けん玉で頭をやられた可愛そうな子」とでも思ってそうである。


「『けん玉で頭をやられたかわいそうな子』」


 やっぱり。


「やっぱり」

「やっぱり!?」

「いけね」


 つい本音が漏れてしまった。


「……でも、渡しがあった頃にはもうこんな感じだった」


 『こんな感じ』と言われる現役JKアイドルというのもいかがなものか。いや、今までのエピソードを聞いていたらしょうがないとも思うが。


「私もな? 別に最初からけん玉中心の生活を送ってきたわけじゃないぞ?」

「今はけん玉中心なんだ……」

「せめて学業かアイドルにしなさいよ……」

「ただ、アイドルになってから人付き合いが減って──」

「ああ……」

「……」


 赤坂が言い終わる前にまたしても二人は何を言いたいのか察し落ち込む二人。そこまでアイドルというものは人間関係が狭くなるものなのか……?


「……アイドルって言うほど友達減るものなのか? むしろ、俺のイメージだと逆な気がするんだが……」

「普通はそう……けど、私たちは──」

「ぼっちだから……」


 十香がクロハの言葉を継ぐ。彼女の言葉にその場の空気は鉛よりも沈んだ沈黙に包まれた。


「えっ、えっ、君らが……ぼっち?」


 全然そんな風には見えなかった。むしろ、陽キャ街道の真っ最中なのかと……


「アイドルは……時間がない」

「わかる。時間が縛られるから人付き合いとか悪くなって、学校でのコミュニティにおいてかれるよね」


 クロハの言葉に十香は共感の言葉を示す。赤坂も同調するようにして話に乗った。


「自分が知らない間に知らない場所で知らない時間をみんなが過ごすようになって、段々と学校から離れて供養になる」

「「「ああ……」」」


 3人共、お互いが口走ったことに共感してダメージを受けていた。そんなになのか、アイドルという職業は。


「だから、基本メンバーが交友関係の中心になる……」

「けど、ユニット内もユニット内で人間関係が──」

「「「超だるい」」」


 顔を見合わせるようにして三人は声を合わせた。


「わかるー!」

「それな!!それな!!」

「僻み嫉みが水面下で行われる世界……女って……怖い」

「先輩とか上下関係超キビシーし!」

「言いたいことあるくせに直接言わずに周りの人に広めたりするよな」

「わかる!!」


 村雨十香、魂からの叫びだった。


「病む子も多いし……競争が、激しい」

「わかる。めっちゃネガティブな子とかいるよね!?」

「基本上辺だけの会話か愚痴話しかしてなくて、それ、何が楽しいのって感じだし、メンバーと休日も遊ぶとか仕事をしてるみたいで……」

「けど、この3人で遊ぶときは違うんだな」

「二人は……違うんすよ」

「ボッチ仲間だからね……」

「単一動物にも……仲間は、必要……」


 クロハの言葉に二人はウンウンとうなずいていた。なるほど、アイドルというものが実際どうなのかわかったかもしれない。


 いや、流石に全部のアイドルグループがこんなことにはなっていないだろうし、グループそれぞれに空気感というものはあるだろうが、たしかに十香を見てても放課後とか休日とか、下手したら学校の時間にまでアイドル稼業は侵食しているし、まともに友だちと遊ぶ時間はとれなさそうだ。さっき言っていた通りアイドルという肩書を持てば周囲が勝手に一歩引いてしまってそのまま疎遠になるということもなくはないだろうし、グループのメンバーで仲良くできなさそうであれば必然的に学生アイドルはボッチになりやすい。そういう穴を埋めるのがマネージャーの仕事でもあるんだろうが、一人ずつマネージャーがつくなんてのは人気グループに限っての話だ。まだ一般アイドルとして駆け出しの彼女らにそんな待遇があるわけもない。最近は十香のとこも真っ当にアイドル活動ができるようになったようだが、それでも規模的に言えばまだまだなのだろう。


「まあ、なんだ。いつもこんなふうに遊べるわけじゃないだろうけど、もし時間があったらいつでもここを使ってくれ。遊ぶ分にはかまわないから」

「マジっすか!?」

「ああ、なんならお泊まりとかもしていいよ。親御さんが良ければだけど、十香の部屋で寝ればいい」

「ああ~、それはぁ……」

「……?」


 そういえば、さっきも十香は自分の部屋に入れてくないような素振りを取っていたな。


「もしかして、なにか隠していることがあるのか?」

「ん~、いや~……」


 目線を泳がせる十香。


「……そういえば、ここに来てから一度も十香の部屋は掃除してなかったな。ちゃんと掃除してるのか?」

「あ~、えぇっと……」

「抜き打ちチェックします」

「あっ!?待って~!!」


 十香をひきずりながらドアを開ける。その先には……


「……うへぇ」

「あぅ~……」

「あぅ~じゃありません。なんだこれ」


 そこはまさにゴミ屋敷だった。


「うわ、やばっ」

「……整理整頓できない、部屋はその人の頭の中を表す」

「ゴミで散らかってるわけじゃないからー!!」


 確かにゴミが放置されているわけではなかった。雑誌に化粧品、ぬいぐるみに脱ぎ捨てられた服。一つ一つは可愛いのに、乱雑にほっぽりだされて部屋は見るも無惨なことになっていた。


「まったく……整理整頓は自分でできるーっていうから放っておいたのに、これじゃまるで駄目じゃないか」

「うー……ごめんなさい……」

「これじゃあ当分はお泊りお預けだな」

「ええ!?そんな……!」

「そんな、じゃない。こんなところに二人を止まらせるわけにいかないだろう?」

「片付ける、片付けるからー!!」


 それから二人を見送るまで十香の部屋の掃除に取り掛かる俺たちだった。

 



 後書き:第7話について確認しました。貼り付けミスにより第6話の台詞を間違えて貼り付けていました。現在は修正・加筆しているので訳解んないことにはなっていないと思いますので、第7話「アイドルさんは労いたかった」がよく分かんなかったよーという人は是非確認してみてください。多分まともに読めるようにはなっています。蛇足、失礼しました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る