第10話 けん玉娘はアイドルなのか?
30分、俺は30分という長い間、ひたすら気まずい沈黙に耐え十香の帰りを待った。向こうはどう思っているかわからないが、姪の友達のゴスロリ娘が同じダイニングにいるなかいじくるパソコンはそれはそれは虚無に感じた。できることならもう二度と体験したくない。
「ただいまー!疲れたよー」
「おかえり」
俺の声はいつもより若干弾んでいたと思う。なんだか、自分が知っているものがこの場にいることが何よりも嬉しかった。
十香は買い物袋を両手に持っていた。おそらく切れていた豆腐やら納豆やらを買ってきてくれたのだろう。結構な大荷物でわるかったなと少し申し訳なく思うと同時にありがたさがこみ上げた。
「ちょりーっす。おじゃましまーす」
「……」
え、何この子。俺知らない。
「……」
「あ、くろは!来てたんだー!」
「ああ、買い物の途中に出くわして、十香の友達ってことだったから上がってもらってた」
「いつ来たのー!?言ってくれれば迎えに行ったのにー!」
「30分前……うちの高校、最寄りの駅から遠いから」
ゴスロリ娘は低い声量でぼそぼそと語る。これは身内びいきではないが、テンションの高い十香と低いゴスロリ娘ではなぜだか月と太陽を思い出した。格好を見てもまさに陰と陽、対極である。
「あ、えっと、こっちが同じユニットのクロハ。ゴスロリ衣装とかが好きで、メンバーの中でもそういう路線で売ってる感じ」
「先程はすいませんでした……よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
本当に、どんな理由で俺をつけていたんだろうか。謎が深まるばかりだ。
「それで、こっちがもう一人の赤坂夢ちゃん。同じユニットのメンバーでけん玉ばっかしてる」
「けん玉……?」
そういう路線で売ってるってことか?
「ぼっちだから」
「ボッチとか言うな」
「だってそうじゃん。夢、私達といるとき意外いっつも振り付けの確認か次のライブか、そうじゃなかったら一人でずっとけん玉触ってるじゃん」
「暇だからしょうがないだろ」
「……ライブ前の楽屋でずっとけん玉してるのを見てたときはやばい人なのかと思った」
「だよねー!?やばいよね、けんだまだよ。けんだま。そりゃ日本のおもちゃにしても、ライブ前に触ってるのがそれって、私宗教かと思ってたよ」
「けん玉宗教とかねーよ」
ずいぶんと仲がいいみたいだ。玄関でさん人がわちゃわちゃとしている間に俺は十香の買い物袋を冷蔵庫にしまおうとする。
「あっ、ありがと」
「十香の部屋で遊ぶんだろ?夕ご飯はどうするんだ?」
「どうするって?」
「食べてく?」
来客二人に聞いてみた。
「えっ、いいんですか!?」
「……悪いです」
こちらの返答も対極的である。
「夢は少し遠慮して」
「いたっ、なんで叩くんだ!?」
「けん玉に脳みそ乗っ取られてるみたいだったから、叩けば治るかなって」
「叩けば治るのはブラウン管だろ!?」
(ブラウン管がすぐに出てくるのか……)
どういう女子高生だよ。
「いいの、おじさん?」
「ああ、まあ。二人の親御さんがOKしてくれれば作れないことはないが……」
「私の親は、たぶんいいとおもう……」
「こっちもオッケー!」
「夢はまず確認」
ということで、ギャルの方は携帯で親に電話していた。ゴスロリっ子の方は電話してなかったみたいだけど、いいのだろうか……?
「いいって!」
「お願いします、でしょっ」
「いったー!またぶったー!?」
「……二度も打ったな、親父にも殴られたこと無いのに」
ぼそりとゴスロリっ子がガンダムネタをつぶやく。ファーストとは……まさかニュータイプか?
「それじゃあ俺はキッチンで料理の準備してるから、三人は十香の部屋で遊んでおいで」
「あーっ……そのことなんだけど」
「ん?」
「ダイニングで遊んじゃだめかなーって……?」
「? まあ、べつにいいけど……」
「二人もいい?オジサン、自分の部屋持ってないから一緒の空間で息することになるけど……」
「俺は生物兵器か何かか?」
「……私は大丈夫」
「私も全然オッケー!」
「それじゃあ、ダイニングで遊んでいい?オジサン」
「まあ……二人がいいならそれで……」
なんだろう。一瞬十香の目が泳いだ気がしたが、気のせいだろうか。
「それで、何して遊ぶ?」
「決めてないの……?」
至極当然のことをゴスロリちゃんは聞いた。
「けん玉は?」
「却下」
「ここ、何あるの……?」
「んー、ゲーム?」
「私ゲームそんなにしないからなー」
「けん玉遊びならするけどって?」
「そうそう」
「私は……ものによる」
「あー、クロハは結構やってそうだもんね」
「あ、イメージある」
「「ゴスロリだし」」
「……」
なんだろう、すごくゴスロリっ子が不服そうだ。キッチンで料理してるから後ろ姿しか見えないけど。ゴスロリの矜持というやつだろうか。
「他には?」
「……」
「だよねー」
「……」
沈黙。30分前、俺がゴスロリっ子といたときの雰囲気と何ら変わらぬ静寂がそこにあった。というか、こういうときって女子トーク的なことをするんじゃないのか?俺いるけど、それにしたって遊びの一つや2つ考えてくるだろうに。友だちと遊んだこと無いのか?
「……思えば、友達と遊ぶなんて久しぶりすぎてどんなふうに遊べばいいかわからない」
「……私も」
「私は──」
「「どうせけん玉してたんでしょ?」」
「失敬な!私だって友達の一人や二人、それこそ小学生の時は多かったほうだぞ!」
胸を張って言うギャル娘もといけん玉娘。
「なんで小学生?」
「いや、ほら。アイドルってなると時間が合わなくなるだろ?」
「ああ……」
「で、アイドルってなるとなんだか周りのみんなが見えない壁を一枚貼るようになるだろ?」
「あぁ……」
「おまけにアイドル活動で学校早退が多くなると……?」
「「……」」
昼間からお通夜みたいな空気だった。
「……まあ、なに。やめまようか、この話」
「だから一人で遊べるけん玉が一番──」
「やめよう、本当に……わたしたちが悪かったから」
ゴスロリ娘が語調強めに止める。今の話に二人はどうやらすんごく覚えがあるようだった
「お、おじさーん!なんか遊び道具ないー?」
「なんかって……カラオケとか行ったらどうなんだ?」
じゃがいもを剥きながら答える。
「それだと家に来た意味ないじゃん。なんというか、『それならカラオケで集まればよかったじゃん』的な?」
「的なってなんだ。的なって。全くもってそのとおりだよ」
「せっかくだからみんなで遊べる、それでいて家でやれるものをやりたいんだよ」
「注文が多いな。宮沢賢治かよ」
「ぶふっ」
ゴスロリ娘が茶をむせていた。どうやらツボだったようである。
「いいからー。なんか、いつもみたいにぱぱっと出してよ」
「ドラえもんじゃないんだぞ……」
全くと独り言ち、自分の手をナプキンで拭いた。
「ほれ」
「えー!?こんなの何処に隠し持ってたのー!?」
「十香が暇暇うるさいだろうから、正月にでもやろうかと買っておいたんだ。まさかこんなところで開けることになるとは」
「正月のときも一緒にやればいいじゃーん」
「正月もやるのか……」
それは子供用玩具店に置いてあった人生ゲームだった。
「というか、十香って結構おじさんと遊ぶの?」
「え、そうだけど?」
「珍しいよね。普通、保護者と一緒にはあんまり遊ばなくない?」
「んー……まあ、そうかな」
少しだけ十香の瞳が揺れる。その機微をキッチンに戻ってじゃがいもを潰す傍ら見逃さなかった。なぜだか、彼女の保護者として見逃してはならないような気がしたから。
「それじゃ、やろっか!」
「あっ、破いた!」
「……十香、がさつ」
「ごめんってー、別にいいでしょー?」
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